被災地での体験談

去る4月18日より20日まで、仙台妙法寺へ支援活動に行って参りました。妙法寺お講師の奥様からお聞きした、体験談を紹介いたします。 

妙法寺のお講師は、普段から気仙沼清護寺においても御奉公をされています。 

3月11日の地震当日は、その気仙沼清護寺で御奉公をされていたそうです。地震が来る直前まで、清護寺のすぐ下にあるご信者さん宅にて、お助行をされていました。いつもは、お看経後の少しの間、いろいろとお話をされるそうなのですが、その日はなぜかお寺に帰らなければという思いで、お看経後すぐにお寺に帰られたそうです。 

すると、突然、大きな揺れに襲われました。 

これは大変だと思い、先程までお助行をされていたご信者さんのお宅へ行かれたところ、そのご信者さんはすぐに避難をされた模様で、家には鍵がかかっていて誰もいません。仕方なく清護寺に戻る途中(清護寺とご信者宅は徒歩で四、五分)に、周りの人が津波がくるぞと騒いでいる声が聞こえてきたそうです。

その声を聞いて、急ぎ足でお寺まで戻ったところ、大きな津波が気仙沼の町を襲ったそうです。 清護寺は、高台の中腹にあるので何とか津波の被害からは逃れたそうですが、お寺のほんの数メートル下まで、津波が押し寄せていたという事でした。 

実際に被災地で体験されたお話を聞いて、地震の怖さ、津波の恐ろしさを改めて実感した次第です。

4月22日現在、お講師、奥様は仙台の妙法寺で生活をされております。支援活動の最中、いろいろとお話をさせていただきましたが、地震があった事を悲観するよりも、これから先のことを前向きにお考えになられている様子でした。 

我々は、日常生活の中において、なにか不都合なことが起きると、なんで自分だけこんな思いをしなければならないのかと、つい思ってしまうものです。 

しかしながら、妙法寺お講師、奥様のお姿を見て、悲観的に物事を捉えてしまう我々の考え方を改めなければならないのではないでしょうか。 

あれこれと不足を言う前に、今日無事で暮らせること、何とか生きていく事ができる、ご信心をさせていただけることの喜びを常に感謝をすることが、ご信心をさせて頂く上での根本となる精神なのではないでしょうか。

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届け御題目

震災回向今月の20日、私は千葉県にある千葉市斎場に今回の東日本大震災で命を落とされた方のご回向に行かせて頂きました。現在千葉市は岩手県、陸前高田市の犠牲者のご遺体の火葬を引き受け、火葬場が休みである友引の日を使って犠牲者のご遺体を荼毘に伏しています。その数約800体。その際のご回向をたくさんの宗派が来てしているのですが、その中に我等が佛立宗の木更津・妙蓮寺の御住職、竹村堅裕師がご回向をされておられます。 

今回は3回目の火葬で、竹村御住職が犠牲になられた方達のためにもっとたくさんの御題目をお唱えしてもらいたいと、青年教務会に応援の依頼があり、この度御奉公させて頂きました。斎場の回廊に御本尊をお祀りして、竹村御住職を導師に青年教務5師と数人のご信者さんで午前9時半から午後3時まで途切れることなくご回向の御題目をあげさせて頂きました。 

静かな斎場に御題目の声が響きわたっていました。途中、お看経をさせて頂きながら亡くなられた方達の無念さ思ったとき、なんとも言えない気持ちがこみ上げ、一遍でも多くの御題目が亡くなられた方達に届きますようにと強く心に思いました。聞くところによりますと、他の宗派の僧侶は最初だけ来て、すぐに帰ってしまうそうで、その点、佛立宗は最初から最後まで御題目をお唱えしてくれると、斎場の職員の方も喜んでおられるそうです。 

また、他の宗派はご回向に来るのは僧侶だけですが、佛立宗は「教講一体」でお教務さんとご信者さんでお題目をお唱えしています。本当のご回向はやはり佛立宗だと強く感じました。今後も千葉市斎場では週一回、友引の日に犠牲者のご遺体を荼毘に伏す予定だそうで、最期までこの斎場でのご回向を続けて行くと竹村御住職はお話しされておられました。自分も出来る限りこのご回向の御奉公をさせて頂きたいと思っています。 

ご信者の皆さんも今回の東日本大震災で命を落とされた方の為に、ご回向のお看経をより一層させて頂きたくさんの御題目を送ってあげて頂きたいと思います。

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新たな気持ちで

乗泉寺では、先日春のお会式である門祖会が盛大に奉修され、そこで入寺して1年目の私は、初御法門として「弘めむとおもふ心の一筋に お唱へ申せ妙法の五字」という御教歌を拝読させて頂きました。 

御法門台に立ち、お参詣者のみなさんが私に注目してくださる視線を痛いほど感じつつ、自分のありったけの声(すぐ声はかれてしまいましたが…)で、顔はゆでタコのように真っ赤になり汗はしたたり落ち、終わるまで全く記憶がない緊張での中、一生懸命拝読させて頂きました。 

拝読をさせていただいたこの御教歌は、私たち佛立信者にとって最も大事である、上行所伝のお題目さまのお唱えの仕方、心の持ち方をお教え下された御教歌でありますが、新発意の私はこのお意をまずは自分に言い聞かせ、口唱の大切さ、ご信心の尊さを感得させていただかなくてはならないと思いました。 

そして、これから開導聖人がお残し下された3351首もの御教歌を、一つ一つ、一生をかけて勉強させて頂かなくてはなりません。 お導師が常々に仰せられておりますように、教務は御法門を説いて説いて説き尽くすことが大事というお言葉を肝に命じて、これからも精進を重ねていく覚悟を新たにさせて頂きました。 ありがとうございます。

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入学して二週間

ありがとうございます。東日本大震災が起こってから一ヶ月が過ぎました。色々あり、あっという間に過ぎ去ったように思えます。地震、そして津波、さらに原発による放射能と、一度に大変な災害がおきました。そして私は4月より京都の本山・佛立専門学校に入学させて頂いております。この大変な時期に、余震や放射能被害から逃げるように京都へ向かう形になってしまったこと、後ろ髪を引かれる思いです。

其の分、京都で精一杯本山の御宝前にお給仕させていただき、東日本大震災の早期終息を御祈願させていただこうと思います。 

さて、京都学校に入学しまして二週間が過ぎました。最初は少しの違いに戸惑いました。法鼓の打ち方を始め、言上もやはり少し違いますし、乗泉寺では普段唱えない「此経難持」等も唱えます。ですが同じ本門佛立宗、お祖師様にお仕えするということは当然同じですので、何とか慣れてまいりました。同期の学生も十三人と多いので、この縁は死ぬまで続くような仲間もできました。 

京都はお寺が多いです。というか寺ばっかりです。しかし、そんな中でも本山、宥清寺は一際大きいお寺です。改めて正面からお寺の外観を見ますと、屋根の大きさに圧巻です。このような素晴らしいお寺でお給仕させていただけるこの二年間を大事にさせていただきたいと思います。そして乗泉寺に戻ったら、本山での経験を生かして御奉公できるよう、勉学にも励んで生きたいと思います。

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佛立教育専門学校に入学

宥清寺山門私は4月7日に京都の佛立教育専門学校に入学させていただきました。 これから2年間、京都の学校で勉強、本山でのお給仕をさせていただきます。乗泉寺の皆様方には大変お世話になりまして、誠にありがとうございました。 

3月11日に大地震が起き、未だに余震が続いている中、京都に行かせていただくのは非常に複雑な思いで、中々気持ちが落ち着かない状態です。

とはいえ、引っ越しや本山での御奉公、学校の授業で、やること覚えることがたくさんあり、わけのわからないまま、あっという間に一週間が過ぎてしまいました。 

法要の仕方、法鼓、お給仕の仕方など、乗泉寺と本山の違いはたくさんあり、初めてさせていただくことが多いので、覚えるのに手間取っております。

少しでも多くのことを学び、それを今後の御奉公に生かせるようになることが恩返しだと思って、一生懸命頑張らせていただきます。 

東京でも地震が毎日起きている中、京都にいることを申し訳なく思っております。乗泉寺の皆様方には、どうかくれぐれもお身体には気をつけて御奉公していただけたらと思います。

4月24日には本山で門祖会がございます。皆様方にお会いできることを楽しみにしております。

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胃ろう

凄い災害。困難に直面しても、混乱・パニックという事のない東北の方々を、TV等で拝見させて頂くと、頭が下がるばかりである。死というものがこんなに間近にある日常というものに、今更ながら人間の小ささを感じる。50も半ばになると、分かってはいるが凡智が出てきて、愚かにも自身の終焉を考えてしまう。勿論、最良は「唱え死」に越したことはないが・・・・ 

母は、晩年自宅で転び、骨粗鬆症もあり大腿骨骨折をし、より認知症が進み完全介護の病院に入り、そこで臨終を迎えた。90過ぎまで生きていた父は、教職舎の自宅で老衰で一期を終えた。子供・孫達に看取られて幸せだっただろうか。最晩年は栄養水?が中心ではあったが、結構食物を自分の口から採り、意識もある程度しっかりしていた。 

現代は、母のように大半が病院死だ。最後は病院で出来る限りの治療をという、家族の希望が繁栄されているのだろう。容態が一変すれば、救急車を呼ぶのが一般的であるからである。ここでの、終末期における延命?治療がやはりどうしても気になる。 

その主なものは、人口呼吸器と人工栄養療法の二つという。呼吸不全には、鼻や口から気管に管を通すやり方と、喉に穴を開けて直接気管に管を通すやり方がある。口から直接食事が摂れなくなると、大静脈に点滴で栄養を補給するやり方と、鼻のチューブや胃ろうによるやり方がある。はたして自分はどんな姿になっているやら、無常の世、父とまでは無理だろうが、高齢者という肩書きは付くのだろうか。 

近年、胃ろうは急速に普及しているそうだ。どうしてか?年をとってくると嚥下障害が出てくる。水や食べ物が飲み込みにくくなり、水や食べ物が肺のほうへ行く誤嚥から、肺炎が引き起こされやすくなるのだそうだ。80歳以上の高齢者の死因第一位は肺炎だが、多くは誤嚥性肺炎との資料もある。それに対処する方法として、胃ろうがある。肺炎にかからないようにする安全策だ。胃に直接栄養を補給するのだ。手術も簡単?だそうで、多くの場合3~4年生き続けられるという。看取りを想定している在宅医が家族との間で胃ろうを控えることで合意していたとしても、病院で胃ろうがついてしまうケースもあるらしい。胃ろうは毎日3回の栄養投与が必要で、原則看護師か家族しか行えないという医療行為だから在宅でも可能ではある。しかし、核家族化と在宅医不足と問題は多々ある。 

在宅医療が日本では、まだまだ浸透していないのが現実で、その裏返しが、最後は病院で最善の治療を、ということだ。それははたして当事者本人が、本人にとって最善、のことなのだろうか。喉から管が出ていて、腹にはチューブがつながれて3年もベッドや布団に寝ている姿は・・・私はイヤだ。自分で判断が出来る意識がしっかりしているうちに、意思を明確に家族には伝えて置きたいものだ。尊厳死などという大それたテーマを投げかけるつもりは毛頭ないが、『あら、うれしや あら、うれしや』と唱え死にが出来るよう、目の前の、たとえ小さな御奉公でも骨惜しみせずさせて頂こうと思う。 

被災者の方々の中には、病院は勿論、在宅で治療をされていた方もいらっしゃっただろう。くれぐれもお身体を大切にしてほしいばかりである。復興の道は険しく長い道のりかも知れないが、皆で手を取り合って、微力ながらも支援をさせていただこう。

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仏教ブームと佛立信心

3月1日のNHK「クローズアップ現代」にて、「岐路に立つお寺~問われる宗教の役割~」というタイトルの番組が放送された。その番組の中で、仏教、お寺、僧侶のそれぞれに対して、良いイメージを持っているかというアンケート結果が紹介されていた。 

結果は、

仏教に対して90%

お寺に対して25%

僧侶に対して10%

という結果であった。 

解説のある大学の准教授によると、現代の人々は仏教に対しては興味を持っている(現在は仏教ブームであるとのこと)のだが、お寺や僧侶には不信感を抱いているということであった。

確かに、番組の中では、お墓や納骨堂をビジネス的に捉え、お寺を維持している寺院が紹介されていて、このような本来お寺や僧侶が果たすべき役割を果たしていない寺院、つまり、衆生救済の仏の目的を忘れている寺院、僧侶が多く存在しているのが現実である。

それゆえに、お寺や僧侶に対して、世間の人から悪いイメージを持たれてしまっているのである。 

そこで、私達本門佛立宗について考えてみると、朝夕のお寺の勤行はもちろん、積極的にお寺から外に出て、御題目の力で人助けをさせて頂く御奉公を、教務(僧侶)・信徒が常日頃からさせて頂いている。前述の、お墓を世間に売り出して、その売り上げで生計を立てているような寺院は、佛立宗には一つもないのである。 

しかも、この様な人助けを中心とした御奉公は、開講以来(開講は安政4年、1857年。江戸末期。)先師先聖が続けられてきたことなのである。

であるから、私達お互い佛立信者は自身をもって、佛立宗の信徒であることを世間の人に示し、お題目の口唱の有り難さを示していかなければならない。 

仏教ブームと言っても、世界遺産に登録をされているような神社、仏閣に参拝をすることが主としてもてはやされているだけである。本当に成佛の道を歩むためには、日常生活の中において、御題目を唱え、持ち(たもち)続けなければならない。そのことを、常に教わり実践している私達佛立信徒が、仏教に関心を持ち始めた方々に対して、積極的に伝えていかなくてはならないのであると感じる。 

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良いお看経の実践

私たちはお看経の際、お拍子木でリズムを取りながらお題目をお唱えします。先日はある先輩より、お拍子木もただやみくもに打ち鳴らせばよいのではなく、仏様に音のご供養をさせていただくつもりで打つと良い、と教えていただきました。 

私の打ち方はどちらかといえば力任せ。我の強い性格をそのまま現している様で、自分では意識していなくても、少々周囲への配慮に欠けるようです。そこで、「仏様へのご供養」のつもりで打たせていただけば、自然、丁寧な打ち方になり、音も控えめでありながら、芯の通った良い音になるようです。 

これとは反対に御講席などで「たまには別の方にお拍子木を…」とお勧めしても、たいがいの方が、「私は音痴ですから」とか「今日はまだ自信がないので」などとお断りになられます。確かに、大勢の前で音を響かせるものですから、自然慎重になるのかも知れませんが、やはり挑戦してみなくてはいつまでたっても上手くならないと思われます。 

そこで、周りの慣れた方が「もう少しこうしたほうが良くなるよ」と親切に指導してさしあげれば、まったく問題はないはずです。最近では住宅事情の関係もあり、ご近所へも配慮が必要のようですが、そのために、拍子木に手ぬぐいを巻いて防音したり、紙を硬くして作ったものも出ていますので、自信を持って果敢にトライしていただきたいものです。 

音といえば、お看経の唱題もぼそぼそと小さな声でするよりも、御法様に自分の悩みや、助けてあげたい人のことなどを大きな声で聞いていただくつもりで、元気よく堂々とさせていただきたいですね。心で念じるだけでなく、声に出し、その声を耳で聴くことになるわけですから、より五感を動かし、心にも強く働きかけることになるそうです。 

ところで、お看経を頂くときは何を考えたらよいのでしょう。ご飯のこと、好きな人のこと、欲しいものの事。入れ替わり立ち替わり心に浮かぶものでございます。

さてどうしたらものか?そこで、ここ数年読んだ本の中でもっとも感銘を受けた「伝記 村田ヒサ女の生涯」という本を思い出しました。 

この方は、明治初年に生まれたといいますから、随分と昔の方ですが、あふれんばかりの慈悲の想いと、強いご信心前で数々の現証御利益を頂かれ、本当に亡くなる直前まで、悩める多くの人々のためにお助行を続けられたすばらしい方だったそうです。 

さてこの本には御利益を頂くコツとして「御題目の文字を一字一字見つめながら、私を捨てて、成るも成らぬもお祖師さまに一切おまかせして余年なく御題目をあげることが大切です」というヒサさんのお話が掲載されています。 

またあるご信者さんは、病気のご主人を治したいため、ひたすらお看経を続け、これでもだめなら、まだまだ続けようとご主人と励ましあいながらお看経を続け、大変なお計らいを頂いたそうです。

私もこうした方たちに習い、良いお看経をいただける時間が少しでも増えるように。そんな時間が今日は一分しかなくても、明日は二分、明後日は三分、と前向きに取り組んでいくつもりです。みなさんも一緒にがんばりましょう。

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応援のメッセージ

インターネットを見ていたら、「北京春秋 応援のメッセージ」という題で心温まる記事を見つけた。以下…転載させていただくと、 

東日本大震災で被災し、仙台市内のビルの屋上で立ち往生して約8時間後に救出された中国人女性の手記が中国のインターネットで話題を集めている。 

「約80人で救出を待っていた。私が貧血で倒れそうになると、赤ちゃん連れの主婦が粉ミルクを分けてくれた。駆けずり回って水を探してくれた若い女性もいた。…みんなの携帯電話のうち、つながるのは2つだけだったが、中国人の私に真っ先に使わせてくれた。その後、行列をつくり1人ずつ家族に電話をしていた」と救出までの様子を紹介。「私を支えたのはミルクではなく、彼らの優しさだった」と日本人への感謝の気持ちをつづった。 

この手記は多くのサイトに転載され、「感動した」「がんばれ日本人」といった感想が数多く寄せられた。震災以降、中国のネットで定番だった反日的な書き込みが減少し、このような日本応援のメッセージが急増している。 

中国政府の愛国主義教育やテレビで毎日のように流される抗日ドラマにより、旧日本兵の残虐ぶりをたたき込まれている中国の若者たち。ただ今回は、メディアの震災報道やネット情報などを通じて、秩序を守り、他人を思いやる日本人のありのままの姿を知ることができた。それが善意のメッセージ急増の原因に違いない。(MSN 産経ニュースより) 

自分も困っているのに、人を助けることの方を優先とする東北の方達の素晴らしさに感動をした。私達も、より一層の支援をさせていただかなければならないと思った。

離れていてもできることはいくらでもある。もっと義援金に協力させていただこう。被災地のために無駄な買いだめは控えよう。より一層の節電にも励もう。

頑張れ東北!頑張れ日本人!

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いまできること

去る3月18日、京都・佛立教育専門学校を卒業しました。卒業式の中で、御講有・小山猊下より卒業生に対してお言葉を頂戴いたしました。

その中で3月11日に発生した、東日本大震災についても触れられ、「大震災が起こった中で、我々ができることは何かをよく考えて欲しい。それは、一回の御題目口唱、一回のお助行、一席の御講を、より一層真剣に行うことである。」とお教え頂きました。 

現在(4月2日)、被災地での救援活動をされるボランティアの姿を、ニュースやブログなどで目にします。そんな中、自分たちに何ができるのか、何かできないものだろうかと手を拱いている方も大勢いらっしゃることだと思います。 

しかしながら、私達佛立信者には、できることがあります。それは、先程の猊下のお言葉のとおり、御題目を真剣にお唱えすること、被災地の方々の早期復興を願って口唱をすることに外なりません。 

何かをしたいと思っていても、思っているだけではいけません。早期復興のための御題目口唱は、どなたにでもできる復興支援ですから、毎日の口唱も一遍でも多く、より真剣な思いを持ってお唱えさせて頂きましょう。 

因みに、乗泉寺本堂において本日(4月2日)より、東日本大震災で犠牲になられた方の大塔婆を建立させて頂き、どなたでもご回向をさせて頂けるように祭壇を設置しております。お焼香の時間は、朝参詣の時間となっておりますので、復興支援、犠牲になられた方へのご回向のためにも、朝参詣されることをお勧め致します。

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復興支援のご奉公に上がって

東日本大震災3月28日より、30日までの3日間に亘り、第五支庁の青年教務会、合計10師のお教務、並びに鎌倉・顕証寺所属の講務さん1名が主体となって、仙台・妙護寺、気仙沼・清護寺、仙台・妙法寺の3ヶ寺の復興支援の御奉公に上がらせて頂いておりました。 

第1日目は、午前8時に出発予定でしたので、早朝より救援物資の仕分けと積み荷をさせて頂きました。

トラック1台、マイクロバス1台に物資や食料などをギュウギュウに詰め込んで、高速道路に入らせて頂きました。高速道路は、どんどん舗装されており、段差や亀裂も数日前に比べても目立たなくなっておりました。日本人の底力、復旧に向けたたくましさを感じました。 

午後2時過ぎに仙台・妙護寺へ到着し、積み荷を全て降ろし、トラックとマイクロバスは、そのまま仙台・妙法寺へ向かいました。その後、妙法寺のお内陣のご宝前のお道具のお片付け、寺内の清掃をさせて頂き、午後8時過ぎには就寝致しました。 

仙台 妙法寺第二日目は、仙台・妙法寺の納骨堂、納戸、また内壁等の清掃と補修の御奉公をさせて頂き、午後三時頃に、6師とご信者さんがそれぞれ帰山され、残る3師に別でいらっしゃった1師が加わり引き続き、妙法寺の補修、清掃の御奉公をさせて頂き、午後8時過ぎに就寝させて頂きました。 

第三日目は、宗務副総長・梅田日芳導師が、清護寺→妙護寺→妙法寺の視察と激励にいらっしゃるとのことで、代務師岡山お講師の先導で、朝五時に妙法寺を出発し、気仙沼の清護寺へ入りました。清護寺はお寺自体は、全くの無傷で、電気等のライフラインもままならない状況の下、各寺院の支援物資をもとに、ご信者方が約15名で住み込みの生活をされておりました。 

何より、海沿いは、映像では伝わりきらない匂い、空気感等と言いますか、東京に住んでいる人間にとっては「映画みたい」の一言で終わってしまうことかも知れませんが、事実として、まさに現実の問題として、目の前に広がっているその光景は、自分自身、教務として、人としての無力さを痛感せざる負えませんでした。清護寺のご信者さん方のお姿に、却って私達が随喜と元気を頂戴致しました。 

破損した天蓋清護寺、妙護寺、妙法寺の各寺院を梅田御導師に視察を頂き、午後6時に仙台を出発。31日の深夜に無事乗泉寺へ帰山をさせて頂きました。 

3月11日より、早いもので、3週間が経過致しましたが、被害状況はこれから更に広がっていくものと思われます。各被災寺院に於いても、被害状況によって異なっておりますが、これから必要な物資等も日に日に変わって来ているような現状です。また、都市部の機能の復旧が急がれる都市と、津波の被害が甚大でどこから復旧が出来るのかすらメドが立っていないような都市も多くあり、被災寺院に所属のご信者異動などの問題も上がってくるものと思います。 

何にせよ、宗門人として、乗泉寺として、物資面の援助は元より、これから必要になってくるであろう金銭的な問題や心の問題等、阪神大震災の教訓などを学ばせて頂きながら、寺院再建や都市の復興の一助とならせて頂きたいと思いました。 

また、このような復興支援等の機会は、受持御奉公に支障のない範囲で積極的に御奉公させて頂きたいと思います。

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