幸福感

48年前との比較世の中、お金と物が豊かになれば幸せになれると思っている人が多い。ですが、右の表を見てください。(読売新聞今月掲載) 

48年前から比べると国家も個人も大金持ちになった。しかし、不平、不満、愚痴は後をたたない。むしろ、物やお金はなかったけど幸福感は昔の方が強かった。

仏さまは、そんな欲望の強い私共に対して、「少欲知足」(欲少なくして足る事を知れ)と、教えて下さっております。

無限、際限のない欲望に対して、あまりに私共は非力なのです。ですから、私共に、仏の種を下種して、仏と等しくなれるようにして下さったのが信心の道です。お願いばかり、御利益ばかり追求すのるが信心の道ではありません。

いまこそ、仏の魂である、上行所伝の御題目の信心に出会い、目覚めてみませんか。それが、あなたにとって本当の幸せの道です。

御教歌

おもへ人 欲がなければ 楽があり 欲は我身を せむる餓鬼なり

と教えて下さってあります。合掌。

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結婚式+α

結婚式去る18日、乗泉寺において川口日智上人御奉修のもと、結婚式をあげさせていただきました。

当日の天気は雨が予想されていましたが、式の時は雨も上がり、これもお計らいと感謝しております。

また、ご出座いただきましたお教務方、司会や三三九度、接待等の御奉公をいただいた方々のお陰で、晴れやかな結婚式となりました。本当にありがとうございました。

披露宴は新宿にあるホテルでさせていただきました。

披露宴の前に先輩から、みんな2人を祝福するために集まってくれるの だから、こんなに嬉しいことはない。自分達の為だけではなく、皆様をお持て成しする思いでさせていただけば、よい披露宴になるとアドバイスをいただき、私達なりに準備をさせていただきました。

お陰様で、御導師はじめ、上司、先輩、友人より心温まるご挨拶、スピーチをいただくことができ、思わず涙してしまい、友 人からは新郎は泣きすぎと冗談を言われたりしました。また、先輩には素晴らしいBGMを考えていただき、後輩、友人には司会、受付。そして新婦父の友人である映像スタッフのみなさん、衣装さん、美容師さん、会場スタッフ。

披露宴にあたり、いつも気持ちよくご相談にのっていただいたプランナーさん。皆様方のお力添えをいただくことができ、本当に素敵な披露宴となりました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

二次会は披露宴と同じホテル内の会場にて行いました。お持て成しをし過ぎてしまい、ヒップホップダンス、コンガ(太鼓)演奏、ポイ(ジャグリング)などを披露しました。なんだか私のワンマンショーみたいになってしまいましたが、皆さんからは楽しかったとのお言葉をいただいたので、よかったかなと思っております。ダンスの先生、コンガ教室の仲間、幹事の皆さん、ありがとうございました。

そして、皆さんからいただいた温かい思いを胸に新婚旅行へ旅立ちました。教務さんをさせていただいていると、長期の休暇はなかなかとれないので、思い切って日本から遙かに離れた南の島に行かせていただきました。 

現地に着くと、燦々と太陽が輝き、さすが南国と思わせる陽気で、気持ちが更に温かくなりました。旅行中は、懐中御本尊をお供させていただき、朝食前と夕食前にお看経をさせていただきました。お陰様で、2人とも病気や怪我をすることもなく、道中無事に過ごせることができました。 

それだけでなく、天候にも恵まれ、神秘的な海を見ることができ、魚たちと戯れることもできました。また離島ではバンガローに宿泊したのですが、綺麗な海が望める最高のロケーションに位置する(たぶん一番いい所)バンガローで、のんびりとした時間を過ごすこともできました。現地のおみやげ屋さんにも親切にしてもらい、市内観光までしていただきました。いい人達に恵まれ、本当に楽しくゆったりとでき、御法様のお計らいを改めて感じた新婚旅行でした。 

結婚式、披露宴、二次会、新婚旅行と無事に終えることができたのも、御法様のお陰、また日頃から皆様方より頂いているご指導のお陰と感謝しております。

これからもお看経を第一に励ませていただき、また引き続き皆様のご指導を仰ぎ、佛立信心の有り難さを多くの人にお伝えできる教務として成長していきたいと思います。

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他寺院実習

清風寺外観佛立教育専門学校には、他寺院実習という行事があり、普段御縁のない他寺院へ実習に行かせていただくという行事です。

由緒寺院であったり、大寺院であったり様々で、乗泉寺でもたびたび他寺院実習生を受け入れていたそうです。

さて今回の一週間の他寺院実習は近畿を中心としていたようで、私が行かせていただいたのは大阪の清風寺でした。まずその建物に驚きました。乗泉寺も昔風のお寺とは違いますが、清風寺は本当にビルのような外観です。しかし説明を聞きますと、この形は手の「合掌」を顕しているとの事、ちゃんと考えてあるのだなぁと思いました。

清風寺での御奉公は乗泉寺と似たところ、全く違うところもあり、全てが新鮮で良い経験となりました。ハタキのかけ方や、かける分類も少し違ったりします。またこちらで御講や口唱会等にもご一緒させていただきましたが、それらの行事がお寺でされたり、夜の時間に奉酬されたりと、乗泉寺ではあまりない清風寺の風習を体験することができました。やっと御奉公を覚えたと思ったら実習期間終了となって残念でしたが、御住職をはじめ御教務方にもよくしていただき、感謝の念にたえません。

今回一番有難いと思ったのは「清風寺の教務方と知り合えたこと」これに尽きると思います。やはり教務として生きて行く以上、御縁がある方が多いというのは色々助けてもらえることもあり、何よりこの世界で生きて行く糧にもなります。

今回清風寺の他に清風寺の生駒別院、さらには西村御導師がいらっしゃる良風寺にもお参詣、御奉公させていただき、本当にたくさんの御教務方と御話しすることができました。こうした交流は今後もドンドン広がっていくことができればよいと思います。

今回のような他寺院にかかわれる行事は、得るものが多くよい経験となります。他寺院実習は学生だけですが、信者の方々も本山奉仕等、色々な行事が探せば見つかるはずです。みなさまも是非、色々な他寺院にお参詣されてみてはいかがでしょうか。

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ありがとうございます

挨拶社会生活をおくるなかで挨拶を交わすことは大切であります。

世間一般では、朝は「おはよう」昼は「こんにちは」夜は「こんばんは」という挨拶を交わしますが、本門佛立宗は、ご信者さん同士の間で「ありがとうございます。」という挨拶を交わし合います。 

一般的に「ありがとうございます。」という挨拶をするときは、困っているときに助けてもらったり、何かをもらって御礼をするときなどに感謝を表す言葉として使われますが、私達は、いつでもどこでも、御礼をするときだけに限らず、はじめて出会った人にでも、「ありがとうございます。」という言葉を交わします。

宗外の人たちが聞くと、なぜ感謝されることもないのに「ありがとうございます。」と言うの?と感じる方もおられますが、「ありがとう」は、元来宗教的な意味を含む言葉として用いられていたのです。

「ありがとう」を漢字で表すと「有り難う」と書きます。つまり、有ることが難しい。滅多にない。貴重で珍しいものという意味があり、仏の慈悲という貴重で得難いものを自分は得ているという喜び尊ぶ気持ちから、神仏に対して使われ、その言葉が近世以降、感謝の意味として一般的にも広がったのです。 

当宗のご信者さんは、人間として生を受ける難しさ。その中でも上行所伝の御題目にお出会いし、正しい信仰の道を歩める我が身の果報を喜び尊ぶことをいつも忘れないように「ありがとうございます。」と挨拶を交わすのです。 

開導日扇聖人は

「我身を顧み 有難う存じますると 口くせに申せ」(扇全七巻二四五頁)

と、明治十五年六月十八日に御指南くださりこの当時から脈々と受け継がれて当宗独自の「ありがとうございます。」という挨拶が確立されてきたのです。 

人は一人で存在するのではなく、多くの人との関わり合いの中で生かされています。常に「あなたのおかげで私があります。」「ご宝前のおかげでまた元気に出会うことが出来ました。」と一回一回の出会いを当たり前とせず、不思議な御縁と喜ばせて頂き、その想いを言葉と態度に表すことは素敵なことではないでしょうか。

お互いご信者さんは「ありがとうございます。と口くせに申せ」という御指南を片時も忘れることなく、大きな声で元気に挨拶を交わし合いたいものですね。

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継続

鍵盤先日、NHKの夕方の番組で、辻井伸行さんの特集が放送されていました。皆さんもご承知の通り、辻井さんは視力に障害がありながらも、ピアニストとして世界的なコンクールで受賞をするなどのご活躍をされています。 

その辻井さんが、日々の練習に対する姿勢をお話されていました。それは、毎日の練習は絶対に欠かさず、そして、真剣に取り組んでいるということでした。なぜ、そのように毎日取り組めるのですか?と、アナウンサーが質問をしたところ、「ピアノを弾けることがうれしい」「人前で弾くことを目標としているから、沢山練習をしたい」と答えられていました。

なるほど、世界的なピアニストの方も、才能だけで弾いているのではなく、日々の努力の積み重ねなのだなあと感じると同時に、自分自身の生活を振り、毎日の努力が足りないなあとも感じました。

ご信心の上では、御法のお力で、「人様をお救いし、我身も助けて頂く」ということが、我々の目標としているところです。その目標に対して、日々ナムミョウホウレンゲキョウの御題目をお唱えし、そして、他の人に御法の有難さをお話することが、毎日行わなければならない修行、ピアノで云うところの練習になるかと思います。

その修行を、日々真剣にさせて頂いているのかどうか、自分の行いを考えて見ますと、まだまだ努力が足りないように感ます。御題目をお唱えさせて頂いている時、人様のためという思いがどれだけあるのか、悩みを抱えた方に対して、ご信心がお勧めできているのか。もっともっと、させて頂かなくてはならない、信心改良に努めていきたいと思います。

結果だけを見れば、プロの世界は華々しく見えます。しかしながら、その世界にたどり着くまで、または、プロになった後も、日々の努力を怠っては決して、その道のプロにはなれません。

ご信心の世界においても、結果として仏となられた釈迦牟尼佛の姿をみて、有難いと感じることも大事ですが、そのお釈迦様が修行の過程でお唱えされた御題目、この本因下種の御題目を私達はお持ちさせて頂いておりますから、その御題目をお唱えする修行、御題目をお勧めする修行に、毎日真剣に取り組まなくてはならない、毎日の修行の積み重ね、これが大事なんだなあと痛感いたしました。

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サプライズ

サプライズと言えば、他の人を「驚き。驚かせること。」であります。誕生日や記念日大切な日には、盛大にお祝いするため思いがけない出来事やビックリさせて感動や喜びを与える目的で、皆さんも思考をこらしながら、サプライズを試みたことはあると思います。 

仕掛ける側は、相手の事・喜ぶ姿を思いながら、「何をして驚かそうか」「いつもとはちょっと違う演出をしてみよう」など時間を費やして計画をたてるものです。ですからサプライズを仕掛けられた側は、その想定外の出来事に驚きと喜びが同時に押し寄せる為、深く心に残る忘れられない出来事となります。

そこで私は、半年後に迫る友達の結婚式でサプラズ実行計画をたてました。先日結婚式の案内と余興をお願いされ、大学生活を共に過ごした仲間同士で緊急会議。今までも何度か余興をさせてもらい、その度に喜んで頂けるように、みんなで考えて披露をしてました。

そして今回は、結婚式恒例である歌を披露するのですが、ちょっと工夫をこらして、曲・歌詞を友達みなで作ってしまおうと計画しております。オリジナル曲ですから、サプライズになると思いませんか(笑)?

勿論私は曲を作れるようなセンスはありませんので、曲担当からははずれましたが、大学生活を楽しく過ごした思い出、また友達への思いをみなで練りがら歌詞を作成し、感動させたいと思っています。

ご信心においても「人の喜びは、自分の喜び」と感得させて頂く事が大事と教わりますように、大切な方の笑顔を見たいから、相手の方を思い、忙しい中でも時間を作り、人の為に励める事は素晴らしいことです。

その思いが伝われば、相手から感謝され、自分自身も充実感でいっぱいになり、喜びも一緒になって共有できるものです。

まだ半年後ではありますが、嘘、偽りをつくって驚かすようなドッキリではなく、心に残る自分達の素直な気持ちをぶつけて感動をよぶサプライズになるよう、これから考えていきたいと思っております。

今年は乗泉寺教務さんの中にも三師ご結婚される方がおられます。お祝いに参加させて頂く私たちは心から祝福して、そして喜び溢れる一日、一生に一度の忘れられない日を一緒にすごさせて頂く喜びを、私は大事にしたいと思っております。

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How to 絞り染め

絞り染め①

正確には絞り脱色です。先日脱色したTシャツを着ていたところ絞り染めを知らない、知っていてもやったことない人が意外に多かった、というか誰も知らなかったのでまぁ機会かなと思い紹介します。

①ビフォ→

H&M1500円です。お手頃ですね。

 

絞り染め②


②適度に輪ゴムで縛ります。強く絞める緩くする・綺麗に織り込む雑にまとめる等しばり方で模様が変わります。

③キッチンハイター(のような物)をぶっかけます。綺麗に浸けるのではなく乱雑にかけましょう。

④5分~10分放置 色の抜け具合を好みで調整しましょう。

 

絞り染め③


⑤良く洗います。

しつこいくらい洗わないと次回洗濯時にえらい事になりかねません。

⑥アフタ→なんということでしょう。当に匠の技 まだらが良い感じに上手く出来たかなと自画自賛。

 

 

絞り染め④

 

私は小学校の授業で絞り染めを経験しました。当たり前の様に義務教育なんだろうと思っていましたのでみんな知ってる物だ。と思い込んでおりました。

今の今まで何とも思ってませんでしたが、当時の先生は良い経験をさせてくれたんだなぁとおもい、当時は口うるさい先生だと思っていましたけれども、今にしてみれば有難いことだと感謝に堪えません。

 


教育として良いのか疑問ではありますが、こういう経験の場を作って貰えたことや師事指導してくれたことはその時は何とも思えないでしょうが、後々に思い返してその有り難さを思い起こせるものだと実感しました。
 

なにげに良い少年期を過ごしてこれたんだなぁと幸せかみしめた一コマでした。

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思いを伝える

先日、テレビをみていたら、普段話さない物が子どもたちに話しかけたら、子どもたちはどのような反応をみせるかという番組(日本中でニンゲン観察こんな時…アナタならどうする!?大実験SP)が放送されていました。 

とある幼稚園にあるクマのぬいぐるみが、遊んでいる園児たちに「こんにちは」と話しかけます。子どもたちは、はじめは驚いていたものの、すぐに可愛いと好感をもち、喋ることを疑わずに、クマのぬいぐるみと仲良くなろうとします。子どもたちは、歌を歌ってあげたり、絵本を読んであげたり、特技を披露するなど、友達になったクマさんのために一生懸命、頑張ります。

そして、クマさんから子どもたちに一つの約束事がされます。「喋ることが先生に分ると、気持ち悪いぬいぐるみだと捨てられちゃうから、先生には言わないで」というもの。

そこへ何か話し声が聞こえたみたいと先生が部屋へ入ってきます。子どもたちは先生に「なんでもないと」と必死になって約束を守ります。先生がクマのぬいぐるみの所に行き「このお人形、汚れてきたから違うお人形に変えてもいいかな」と言うと、子どもたちは「汚くない、汚くない」と必死にクマさんを守り、大事にすることを先生と約束します。

先生が部屋をでると、クマさんは子供達に「約束を守ってくれてありがとう」とお礼をいうと子どもたちは照れながら頷いていました。

それから少し時間が経ってから、クマさんは突然「ぼくは今日でお話できなくなるんだ。でも、ずっとここにいるよ。」と子どもたちに話しかけます。子どもたちは、困惑して「どうして、なんで、次の日がきたらまたいっぱい話しをしようよ」と寂しがります。

「もう、さよならなんだ」とクマさんが再びいうと、子どもたちは「じゃあ最後に一言言わせて、ありがとう。バイバイ。」といいます。クマさんも「ありがとう。バイバイ」と返し喋らなくなります。

別れを悲しむ子どもたちは、クマさんに近づきます。迎に来た先生にも「ずっと幼稚園に置いておいて」とお願いをして、部屋を出ようとした時、再びクマさんの所にいき、抱きつきお別れをしていました。

このような番組が放送されており、思わず目頭が熱くなりました。私は子供達の行動で、特に感銘をうけたのは、最後のお別れのときの言葉、「ありがとう」です。

私達人間は、いつかはこの世を去ることになります。その時、旅立つ人、残された人は、どのような気持ちになるのか。そのことを子どもたちがダイレクトに教えてくれたように思います。「これまでいろいろとお世話になりました。ありがとうございます」とお互いにそう思うのが自然なのだと感じます。

そのお別れをする機会が、お通夜とかお葬式なのだと思います。最近は、いろいろな事情でお葬式をされなかったり、家族だけでされる方もおります。大々的にしなくても良いと思いますが、やはり、いろいろとお世話になった方とのお別れの機会、お互いに「ありがとう」と言える時間を作ることが人間として大切なことなのだと感じます。

そして、その「ありがとう」という気持を忘れない場所、常に伝えらる場所が仏壇であったり、お墓であったりするのだと子どもの素直な気持ちから、そのように感じました。

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