御尊像・お綿かけ

本堂御尊像本日9時半から、渋谷本寺の御尊像のお綿かけの御奉公をさせていただきました。
御尊像を護持されているご信者さんは、今月中旬くらいまでにはお綿をおかけさせていただきましょう。

この「御綿かけ」は、四ヶ度の大難の一つ、小松原の御法難に由来するといわれます。西暦1264年、お祖師様が43歳の時に、小松原(現在:千葉県鴨川市)で、東条影信が率いる輩共に襲われ、眉間に御傷を受けられます。その御傷を見た一人の老女が、綿入りの頭巾を御供養申し上げたといいます。

お綿折り

その謂われから、11月から明年3月まで、寒さでお傷がお痛みにならないよう、御尊像に御綿をおかけしお給仕申し上げるのです。

ちなみに乗泉寺の御尊像のお綿は、長さ2m、幅50cmもあります。

 

大きなお綿尚、北海道、東北ではもう少し早めにお給仕されるようです。

またお綿の大きさやかけ方などは地方によって違いがあるようです。御綿かけ御奉公が不慣れな方は、受持お講師やお役中さんに教えていただきましょう。

 

①御尊像の大きさを確認し、それにあった御綿、おカトウを用意する。
②御筆、テーブル、模造紙、おしぼり等をお給仕に必要なものを用意する。
③家族や役中後続者にもお手伝い頂き、「お給仕の心」を伝えていく。
④お給仕中は私語を慎み、手の空いている方は静かにお看経をさせていただく。
⑤お傷やシミがあった場合、受持教務に確認していただく。
⑥お給仕後は、御礼と御懺悔の言上とお看経をさせていただく。(言上文寺務所に有)⑦4年に一度は、御尊像全体を受持教務に見ていただく。

以上のことを心得て真心込めてお給仕させていただきましょう。

御教歌
「尊像を いきていますと おもはねば 信心するも 無益也けり」
お綿かけ御奉公

御教歌のお意は、御尊像を生きてましますお祖師様とお敬いする所に、信心が芽生え育つので、御利益を感得できるのだ、ということです。

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ご信心を引き継ぐということ

大法輪

大法輪10月号に記載の随筆を紹介します。
『うろ覚えのお経』  四方田犬彦 (映像論・比較文化研究家)

「小学校に上がるか上がらないころ、意味もわからないままにお経を覚えた。

祖父が大きな仏壇に飾られている、黒い顔をした尊師様に向かってお経を唱えているのをかたわらで聴いているうちに、いつしかそれを真似て唱和するようになったのである。

ムシイライザイショウショウメツコンジツニイタルマデ  ホンモンハッポンショケンジョウギョウショデン、ホンインゲシュノ ナムミョウホウレンゲーショ

本当はもっと長く、キチンと記憶していた。祖父母の前で其れを唱えると、ときにお小遣いがもらえたから、真剣に唱えることができたのだ。長い歳月のうちに記憶がすり減ってしまい。途切れ途切れになってしまったのが残念でならない。

ちなみに冒頭の「ムシイライ」とは「仏師以来」のことである。子供だから聞き間違えたまま、憶えてしまった。 とはいえカタコトではあるがお経を覚えていて感謝されたことがこれまで二回あった。云々」

以下、ベオグラードと萬洲を訪れた時の話が書かれております。続きは本紙でお読み下さい。この方は大阪の御信者さんのお孫さんに当たる方だそうです。うろ覚えのままになってしまったのが残念な事ですが、それでも子供の頃に覚えたことは何時までの記憶に残るのです。

随筆での「祖父のかたわらで」という姿を見せる御信心がとても大事なことなのです。「生活習慣のなかにある信心」をしっかりと努める姿があればこそ受け継がれて行く日常の生活となるのですが、それを怠り、姿を見せずにいては何を受け継げば良いか分るはずもありません。

特別なことではなく、日常生活の「常」が受け継がれて行く事を肝に銘じましょう。

ちなみに「ムシイライ」は「無始已来」と書き、正確には…
「無始已来、謗法罪障消滅、今身より、仏身に至まで、持奉る、本門の本尊、本門の戒壇、本門事行、八品所顕、上行所伝本因下種の南無妙法蓮華経(三唱)」

「むしいらい、ほうぼうざいしょうしょうめつ、こんじんより、ぶっしんにいたるまで、たもちたてまつる、ほんもんのほんぞん、ほんもんのかいだん、ほんもんじぎょう、はっぽんしょけん、じょうぎょうしょでん、ほんにんげしゅのなむみょうほうれんげきょう」

このように勤行の始めに読みあげております。

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台風の中

宇宙からの台風
今年は台風がとても多く発生しており、最近では台風26号によって伊豆大島で大きな災害が発生しました。

この度、台風による災害に遭遇し、その地区並びに関連した人々に心からお見舞い申し上げます。

乗泉寺においても16日に台風が接近、朝6時ごろピークとなりまして、回廊は大雨と強風になりました。横雨と水たまりというより、水の池がそこら中にあり、衣の上からレインコートでも羽織りたくなるような状態でした。このような状況が予想されたため、寺務所は午前中はお休みです。電車もほとんど止まっている状態です。

雨跡5時半の朝の御給仕の時、いつもいらしてる信者の方はさすがにいない、というか本堂内にいても雨風の音がすごい、これは今日の朝参詣は厳しいと思っておりました。しかし朝参詣の時間が近づくと、なんとご信者さんが暴雨の中、お参詣に来ました。

思わず台風が過ぎたのかと外を見ましたが依然として暴雨、どうやって来たのか考えてしまいました。それからも1人、また1人とお参詣が増えて行き、7時45分の御法門の時には結構な人数となりました。 

この天気じゃお参詣は来ないだろうと思ってた私は、もしも自分がその立場であったら、たぶんお参詣しなかったのではないかと思い、改めてご信者さんのご信心の強さを思い知りました。

現在も台風27号と28号が接近中ということで、お寺では教区長会義を明26日9時半から、28日18時に変更し、高祖会御奉公打ち合わせ会を26日11時から、3日11時に変更しました。

雨蛙明日も暴風雨が予想されております。お参詣される方はどうか十分にお気をつけください。

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みんなに、あげたい!

あめ先日、八王子別院での法要に参列した小学生の男の子が、受け付けの前に置いてある飴を、10個くらい鷲掴みにして持って行きました。

一人であんなにたくさん食べるのかな、と思いきや、その子は、その飴を他の参列者達に配って歩いたのです。

 

この子の行いを見たら、スーパーマーケットのタイムセールで我先にと人を押し退けるお互い大人の行為は、如何に浅ましく恥ずかしいものでありましょうか。

否、その程度ならまだしも、異性にしつこく交際を迫り、断られれば殺してしまう、そんな信じ難い、というより信じたくないような出来事も、現実に起こっている世の中です。

さて、インドの釈尊が50年もの長きに亘って教えを説かれたのは、真の救いの法を自分だけのものとせず、一人でも多くの人に授けたい、全ての人を救いたい、とお考えになったからです。

そして、その当時の人々ばかりでなく、末法という何千年も後の時代に生まれ出て来るであろう私共のために法華経の教えを説かれました。

その本門八品において、ご自身のお悟りの全てがこめられた御題目を一番弟子の上行菩薩へとお手渡しになり、この真実の御法を末法の世に弘めよと、ご命令なされたのです。

ですから、私共佛立信者がお持ち(おたもち)させて頂く上行所伝の御題目は、元より誰か特定の人だけのためではなく、娑婆世界に生きる全ての人が救われるための御法なのです。

このような言い方をすると、難しい話のように聞こえるかもしれませんが、その心根は、先程の男の子のように、良いものは何でもみんなに分けたい、という思いと同じなのです。

この子の純真な心をお手本として、私達も、自己中心の欲張り信心ではなく、あなたも一緒にお寺やお講席にお参詣をして、一緒に御利益を頂きましょう、と常に他の人々にも誠意をもってお勧めする、真の菩薩行に徹してまいりましょう。  

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御遺品を頂戴して

私は最末弟でございますから一緒に御奉公をさせて頂き御教導を頂く機会はそれほど多くはございませんでした。ですので日慶上人のお話も人から伺った話をなるほど、その通りだとうなずく事が多ございました。

その中でも当にという話を御披露いたします。以前お役中さん方とお助行に歩いている時、移動のさなかの話です。

「以前はよく御講師とお話をしながら、御講席へのご案内や巡回助行に歩かせて頂きました。日慶上人とも御導師に成られる前、お受持ち御講師として御奉公なされた時にお話をしながら歩いたものです。その時に御導師は移動中に鞄から煮干しをとりだして召し上がりながら、率先して歩かれてました。その移動の時間で、身の上話や細やかな疑問や質問などの話を聞いてくださり、ご教導くだされたものです。」

とのお話をお伺いしました。そのおかげでご高齢になられてもがっちりした身でお元気であられたのだろうと感銘を頂きました。

その後、御遷化なされてからも時間が経ち、そんな話も記憶の奥の方へ仕舞われていた頃合い、井上宇慶師より日慶上人の鞄があるからよかったらどうですかとお話を頂きました。

御遺品を頂けるなど夢にも思っていませんでしたので、こんな有難いことはないと頂戴いたしました。綺麗な茶色の合皮の御講鞄でした。ですが使って汚れたり革が剥がれてしまうと思うと、とても勿体なく使えずに仕舞っておりました。

そのまま使わないのも申し訳ないので一度使ってみようと思い、内外を掃除しておりますと、なんと鞄の底板の裏から一匹の煮干しが。見た瞬間に先ほどの話が思い起こされ、何十年を経て煮干しが出てくるなんてこんな事があるものなんだと驚くと共に、御導師の御意を頂いたような気にならせて頂きました。

いまでも、鞄も煮干しもそのままに、お宝として大事に仕舞っております。

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靴好きの戯言 ②

皮革前回は、革の種類について簡単に述べました。今回は、その革を鞣すタンナー(鞣し業者)について書きます。タンナーはやはり、欧米のメーカーが圧倒的に多く、最近ではイタリヤのタンナーが注目されています。が、先進国では廃業するメーカーも少なくありません。

原因は、経営的なことも一因ですが最も問題視されているのは、鞣しの工程の中で発生する汚水処理の問題です。某国では、原子炉の汚水問題が深刻化しておりますが、そこまでいかなくとも環境保護の面から、やむなく撤退という企業もあります。


ドイツでは、あの某有名カバンメーカーに革を供給していたといわれる、「カールフロイデンベルグ」という有名タンナーが、近年、惜しまれながら鞣し業から撤退しました。理由は、汚水処理といわれています。現在、各靴工房にある残り少ないストックはマニアの間ではプラチナカーフです。他にもイギリスのピポデイ社、フランスのデュプイ社という名門タンナーの名前が消えました。

ただ、会社名は消えても、その技術は継承される場合もあります。先の「カールフロイデンベルグ社」は、その下請けであったポーランドの「ワインハンマー」という業者が自社ブランド名で生産を続けています。

スウェード素材で有名なのは、世界中で使われる高級スウェードを一手に生産しているといわれる、イギリスのチャールズ・F・ステッド社です。馬の革(農耕馬のお尻の部分を使うコードバン)では、アメリカのホーウィン社。コードバンは日本でも少量生産されていますが、世界的にみてこれもホーウィン社の独壇場です。

ちなみにアメリカでは、この馬の革は靴以外にも、野球のボールに使われています。日本のプロ野球では、牛革製だそうですが、アメリカでは馬の皮だそうで、牛革に比べるとすべりやすいそうです。日本では、この馬の革、昔は小学生のランドセルに使われていたそうです。今では、クラリーノと言うんでしょうか、人口皮革が主流みたいです。 

話を元に戻しますが、消える業者もあれば、新たに注目される業者もあります。フランスの「アノネイ」は、昔ながらの鞣しの工程に近代の機械化を取り入れて、環境にも配慮しながら成功しています。

皮の鞣しは、その工程や、管理も大変で、非常に手間のかかる業種であり、ご多分に漏れず、その後継者の問題もあるようですが、人間の日常の生活に革製品は切っても切れない側面があるのも事実です。環境問題とうまく折り合いながら、生産を続けてほしいものです。 

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生きている言葉、死にゆく言葉

社会学者の先生から「シャコタン」という言葉を知っていますかと尋ねられました。市役所職員向けの講演会、たった1人中年の男性が手をあげて「北方四島領土問題のハボマイ、シコタンですね」と答えが返って来たそうです。現代の若者言葉だそうで、誰も知らなかったとのことです。

この言葉は「車体を引くした改造車。若者用語。『車高短から』とあります。現代の若者言葉でいつかは死んでしまう言葉でしょう。言葉は生きもので、生き死にがあります。

イタリアの方が日本にやって来て「モボ、モガ」といった所、まったく意味が伝わらなかったという話しもあります。モボ、モガはモダンボーイ、モダンガールのことで昭和初期の流行語です。

結婚している男性を「うちの檀那さん」といいますが、この言葉は古代インド語で仏教とともに日本に入ってきました。与える人の意味で家族を養う人というわけです。仏教の言葉は日本にしみついています。インド三千年来の歴史ある言葉というわけで、ずーっと生き続けています。

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靴好きの戯言 ①

最近、電車など公共の交通機関を利用して感じるのは、男性がおしゃれになったなあということです。若い方はもちろんですが、おそらく定年を迎えられて奥様とお二人でどこぞえデートという年齢の方(もちろん、こちらの想像ですが)も、特に高価な物を身に着けているというようにお見受けしなくとも、センスの良い着こなしをされているのを見ると思わず拍手したくなることも少なくありません。

ただ、唯一勿体ないなあと思えるのが、足下、つまり、靴です。欧米では、「フットウェアー」と呼ばれるようにファッションの大きな一要素、パーツです。そもそも、「ドレスコード」という言葉があるように、洋服(和服にも、もちろんルールがありますが)には、その場、その場に応じた着こなしというか、ルールがあります。

例えば、タキシードは夜の正装で、昼間に着用するのはルール違反。というように適当に着飾ればいいというものではありません。そういった中で、ぞんざいになりやすい足下について雑感を述べてみたいと思います。

筆者私物①素材
靴の素材とひと言でいっても色々ありますが、通常は天然皮革、特に牛革が一般的です。

「皮は鞣(なめ)すと革になる」というように、天然の皮はそのままでは使い物になりません。鞣すという行為があってはじめて素材になります。

牛・馬・鮫・鹿・豚等々、みな、鞣して使用します。この鞣し方にも天然の素材を用いた鞣し方と化学製品を用いた鞣し方がありますが、現在では、化学製品を用いた「クローム鞣し」という方法が主流です。なぜかと言えば、こちらの方が、短期間で大量の皮を鞣せるからです。

よって天然鞣しの素材は必然的に高価といわれています。牛革なら、靴に最適と言われているのが生後二、三ヶ月の仔牛の皮。いわゆる「カーフ」といわれるものです。それ以後を「キップ」といいます。しかし、今は以前起こった、BSE問題(狂牛病)で素材の絶対数が減少したため、生後六ヶ月までを「カーフ」と位置づけているみたいです。

ちなみに、日本では、スウェードをバックスキンと同じという認識の人がいますが、バックとは雄シカのことで、スペルもBACKではなくBUCKです。英国ではスタッグともいいます。また、最近では人口皮革の素材もあり、どれがベストかは個人個人の好みや使用する環境によって選択すればいいものだと思います。

いずれにしても、天然の物は仮にも生き物の生命あっての物ですから、動物達への回向を忘れず、そして大切に使わせていただきたいと思います。

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慈悲の心

今月22日は日慶上人の御十三回忌法要がいとなまれます。日慶上人は、教講の先頭にたって乗泉寺の再興に努められた大恩あるお方です。 

炎「ある町に長者があって、その家が火事になった。たまたま外にあった長者は帰宅して驚き、子供達を呼んだが、彼らは遊びにふけって火に気づかず、家の中にとどまっていた。

父は子供達に向かって『子供達よ逃げなさい』と叫んだが、子供達は父の呼び声に気づかなかった。

子供達の安否を気遣う父はこう叫んだ『子供達よここにめずしいおもちゃがある。早く出て来て取るがよい』子供達はおもちゃと聞いて勇み立ち、火の家から飛び出して災いから逃れることができた。
この世はまことに火の海である。

ところが人々は、家の燃えていることを知らず、焼け死ぬかも知れない恐れの中にある。だから仏は大悲の心から限りなく様々に手段をめぐらして人々を救う。」(法華七喩)

日慶上人は当時の宗門を背負われていた宗務総長のお立場にあり、ご自身の古里でもあった乗泉寺を救うべく、渦中の中に飛び込んできて下さったのであります。そのお慈悲の深さを忘れたりしたらとても悲しいことです。

御経には
「仏の心とは大慈悲である。あらゆる手だてによって、全ての人々を救う大慈の心、人とともに病み、悩む大悲の心である。子を思う母のように、しばらくの間も捨て去ることなく、守り、育て、救いとるのが仏の心である。『おまえの悩みはわたしの悩み、おまえの楽しみはわたしの楽しみ』とかたときも捨て去ることがない。

母子
仏の大悲は人によって起こり、この大悲にふれて信じる心が生まれ、信じる心によって悟りが得られる。

それは、子を愛することによって母であることを自覚し、母の心にふれて子の心が安らかとなるようなモノである。」(仏教聖典)

受けた大恩を教化で返すのが、仏立信者としてのお礼の仕方です。今月のご奉公は日慶上人に捧げるつもりで、慈悲の教化折伏行に励みましょう。何よりもお喜び頂けることかと存じます。

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佐渡に向かう途中で

一ヶ月ほど前の話ですが、妻とA.jo師との三人で佐渡歓要寺の三祖会にお参詣させて頂きました。

佐渡島という場所は、東京からのアクセスがとても不便な場所で、まず新潟まで1時間半ほど新幹線に乗り、その後3時間に一本しか運行しないフェリーで2時間半、波に揺られようやく港へ到着するという移動だけでも半日かかる場所です。したがって、予定通りの移動が出来なかったりしますとすべての行程が台無しになってしまうわけです。

出発当日、朝参詣が終わり次第すぐにお寺を出られるよう、前日のうちにできる限りの準備をし、万が一にそなえてタクシーの手配もしました。その甲斐あって無事に渋谷駅に到着、新幹線の乗車駅、大宮駅行きの電車に無事に乗り込めました。

一方、同行人A.jo師は、現在世田谷別院に所属をしており、嫁も世田谷の教宿舎に住まわしてもらってますので2人で直接大宮駅に向かってもらいました。

渋谷駅から大宮駅に向かう電車内でA.jo師からメールが届きました。「すみません。判断ミスで少し遅れそうです。」はっ?判断ミス??どういうこっちゃ???ただ確実に予期せぬ事態が起こっていることに違いない。そう判断した自分はマナー違反を知りつつ、電車内で緊急電話を発信。

自分「もしもし、どうしたん?」
A.jo師「いえ、電車がいっぱいで、一度は乗れたものの途中で耐えきれず降りました。」
自分「へっ?(゜_゜;)」
A.jo師「今タクシーで新宿に向かってるんですけど新幹線に間に合いません。」
自分「はーーーーー(・д・)」

実は苦心の末、新幹線の限定割引の席を確保できてたのですが、その苦労も水の泡。チケットは正規料金になる。朝乗ったタクシー代は無駄になる。前日の準備も無駄になる。なにしろ到着が3時間遅れてしまう。私の心は怒りの感情で支配されました(゜_゜)

電車内ということもあり、いちいち問い詰めることは出来ませんので、とにかく急いで大宮駅まで来るよう伝え電話を切りました。

そして、大宮駅で彼らを待っていると、ノコノコとやって参りました。今にもはち切れそうな感情を抑えながら、とにかく遅れた事情を聞くことにしました。

すると、自分の妻を気遣って遅れたというのです。

実は、嫁はただいま妊娠中でして、A.jo師は、満員電車の中で無理をさせられないと判断し、途中で下車し、タクシーで向かうことにしたのですが、道路も通勤ラッシュで到着が遅くなったというのです。

むむっ、怒るに怒れない。むしろ謝らなければならないような気さえする。しかし、なぜそのことをメールで連絡をしない。いや、とっさの出来事だったので仕方なかったのだろう。というような心の葛藤をした末、結局この怒りをどこへぶつければ良いかも分からず、もんもんとした気持ちを抱きながら、佐渡に向かいました。

待ち合わせの時間に相手が遅れると、どうしてもイライラしてしまいますよね。私たち人間って、どうしても自分を中心に考えてしまい、思うように行かないと、相手の事情や気づかいをくみ取らず、相手を責める心ばかりが働いてしまうものです。

御導師の御法門でよく心はサイコロのようなものだとお教えいただきます。喜び、悲しみ、怒りなどの様々な感情が自分の中にあり、一つの目が出るともう一つの目は隠れてしまい、感情に流されやすい人間は、自力でその目を容易に変えることはできない。人間にとって好ましくない感情は表に出たときは、とにかく御看経をお上げすることだと教わります。

私も、佐渡の歓要寺につき、御宝前に向かって御題目を唱えている内に、もんもんとした気持ちが和らいできて、ようやく相手の気づかいを受け入れることできました。

今回の経験から、たとえ相手が待ち合わせに遅れても、まあ怒ってしまうでしょうが、お看経を通して、相手の立場というものをくみ取れる心の広さを持ちたいと思います。

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お講の大事

先日9月26日、地域外のご信者のお席で御講を勤めさせていただきました。お席をお受けになられたTさんは、長年、乗泉寺や世田谷別院で御奉公をされ、いろんな苦労もありつつも沢山の御利益を頂きながら、ご信心を支えに励まれている御信者さんです。

現在は娘さんと静岡県浜松市で暮らしておりますが、決してご信心を離すことなく娘さん夫婦と共に浜松にあります正晨寺に日々お参詣・御奉公と気張っておられます。

私は本年、Tさんが所属されている部の担当になったのですが、Tさんとは当初からご信心や御奉公のお話を電話でよくお伺いしておりました。その熱心なご信心ぶりに、今年中に一度ご自宅にお伺いしたいとの思いが強くなり、ご自宅でお講をお受けするようにお勧めさせていただきました。

そして、なかなか予定などが合わなかったのですが、なんとか9月26日にお伺いする運びとなったのです。

当日は私を含め、部のご信者7名で晴天のお計らいの中、弘通車で世田谷別院を出発しました。待ち合わせ場所の浜松・正晨寺は娘さん夫婦がいつもお参詣・御奉公されているところです。

正晨寺にて予定より少し時間が遅れてしまいましたが、正晨寺に着き本堂にご挨拶させて頂こうと中に入ったところ、丸山日印導師・奥様、娘さん夫婦のお出迎えを頂きました。

丸山御導師には事前に今回のことをお伝えしておりませんでしたので、恐縮する限りでしたが、こころよくお迎え頂き、さらに本堂にて部のご弘通発展・御奉公成就のお看経をあげて頂きました。

その後、短い時間ではありましたが、私たちにご信心のお話をして下さり、最後はお見送りまでして頂きました。本当にありがとうございました。

Tさんのご自宅に着き、Tさんと初めてお会いすると、お会いした瞬間から大変喜んで頂き、さらに、この日を待ち望んでいたかのように、正晨寺のご信者さん、ご親族、お孫さんに声がけをされ、部の方もあわせて15名のお参詣を頂きました。

お参詣のみなさんと
そして無事に一席を勤めさせて頂いた後も、Tさんは、終始喜びの表情で以前一緒に御奉公されていた部の方との再会を喜んでおられ、この一席をお受けさせて頂いた事で、「皆さんから元気をもらい、これからの信行御奉公に気張る糧となります」と仰っていました。


このような喜びの声を聞かせていただけ、私の心も喜びで満たされ、遠くまで足を運んでよかったと感じております。

今回の体験を通して、お互いの信心増進をはかる場所は、やはり御講席なのだなあと感得したと同時に、これからも一人でも多くの方にお講の大事をお伝えしなければと思いました。そして、今回の経験をいかしてもっと教務としての自覚と自信を持って、今後の御奉公に役立てていきたいと思います。

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終活は「就活」

近頃日本では、「終活」という言葉が流行っているそうです。これは、一言で言えば、人生の終わりを迎える準備の活動、ということです。

具体的には、葬儀や納骨、あるいは遺産相続等について、専門で相談に乗ってくれる機関が設けられ、終活研修のバスツアー等も企画されているそうです。        

このような活動が盛んになってきた背景には、勿論高齢化社会の進行ということがあるのでしょうが、いずれにしても、大方の人にとってこの終活は、「自分にとって全てが終わる時」のための備えであるのでしょう。

しかしながら、本門佛立宗の法要式では、「願わくは生々世々菩薩の道を行じ」とお唱えしております。この御文の意味は、生まれ変わり死に変わり、いつまでも人助けの菩薩行を続けていきましょう、ということです。

ひらめき


したがって、佛立信者の臨終とは、全ての終わりではなく、仮にこの世での生涯を終えた、一つの節目なのです。


そう考えれば、前述の「終活」は、私共にとっては、来世でもまた御仏より菩薩の役割を授けて頂けるように活動する、すなわち未来世における就職活動、「就活」に他ならないと言えるでしょう。

 

この佛立信者の就活とは、偏に功徳を積んでいくことに尽きます。お寺参詣、御講参詣、お助行、そしてお教化と、上行所伝の御題目を、我も唱え、同時に一人でも多くの人にお勧めするという、誰でもできる修行が、お互い信者の就活であり、その容易な就活によって、誰でも菩薩という尊い役割を、生まれ変わってからも頂くことができるのです。

この「就活」は、何時始めても早過ぎることはありません。生まれ変わり死に変わり、菩薩として真の人助けをさせて頂く、という最高の果報を頂戴できるよう、日々御法門の教え通り、より多くの功徳を積んでまいりましょう。

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