銭湯へGO!

銭湯
皆さん突然ですが、2月6日は何の日か御存知でしょうか?そう!2(ふ)6(ろ)。風呂の日です。また、毎月26日を『風呂の日』として、多くのスーパー銭湯などでは 割引やイベントなどを行う所もあるようです。


そのような情報は、つい最近になって知ったのでありますが、風呂といえば先日友達と食事をした際、話のネタがつき、そろそろ家路に戻ろうかと思った時に、友達から「銭湯行かない?」と誘われました。

なぜ銭湯?と思いましたが、たしかにその日はとても寒く、暖まって帰る事にこしたことはないと思い、二つ返事で行く事になりました。考えてみれば何十年かぶりの銭湯ではないだろうか。

日本の古き良き文化、銭湯。聞くところによると近年では外国人観光客を中心に、人気を集めており、旅行ツアーにも組み込まれるほどだそうです。ですがその銭湯も、現在はお風呂以外にも楽しく過ごせる施設が付いたスーパー銭湯の登場で、昔ながらの銭湯は次々と廃業に追いやられているのが現状だそうです。

その影響からか、私達もいざ行こうと思い立った後、近場に銭湯があるかと探してみましても、なかなか無いもので、あったとしても定休日であったり、時間も時間なだけに営業が終わってしまっているなどで、銭湯を探すのに時間がかかってしまいました。

そしてやっとの思いで一件見つけましたが、場所は食事をしていた所の二駅隣り。普段でしたら電車に乗ってまで行こうとは思いませんが、暖まりたい一心でその銭湯に向かいました。

そして、いざ中に入りますと、そこは実にレトロな昭和の建物で、入る前からなんだか心を和ませてくれる雰囲気でありました。また、番台さんは定番のおじいさん(笑)、脱衣所も昭和のポスターや昭和時代の体重計、ドライヤー、そしてここは有名なのか昭和の著名人方のサインなどがあり、自分の思い描いていた銭湯というイメージがそのまま残っている所でありました。

レトロな自動販売機そして待ちに待った大きな風呂に、ちょっと熱い湯船につかって思う存分体を温め、久々の銭湯を堪能しました

のぼせるのを注意して、湯上りには鉄板のコーヒー牛乳を飲み(腰に手をあてて!)、またこのコーヒー牛乳の自販機が実にレトロ!!(写真添付)お風呂のみならず、「昭和気分」に どっぷりつかってきました!

 


今回久々の銭湯を体験し、心も体も共に温まり、再度「昭和の古き良き文化・銭湯」の良さを実感することが出来ました。
皆様の近所には銭湯はありますでしょうか?一度お時間がある時、是非久々の銭湯を堪能してみてはいかがでしょうか。良いと思いますよ。

 
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状況判断

今年は冬季オリンピックが開催されています。時差の関係で、なかなか競技の中継を見ることはできませんが、ハイライト番組等で競技の模様を見させて頂いています。

カーリング
そんな中、カーリングの中継がちょうど夕時でしたので、何試合か見ることが出来ました。

生放送で見ると、とても緊迫した試合が展開されており、手に汗を握りながら観戦しました。

 

日本代表は、カーママこと小笠原選手、船山選手を中心とした北海道銀行チームが出場していました。小笠原選手と船山選手は20年以上コンビを組んでいるということで、息の合った素晴らしいショットを沢山見ることができました。

カーリングのルールは、皆さんもご存じだと思いますが、とにかく石を円の中心に近づけるというゲームです。そして、石を投げた(氷の上を滑らす)後、滑っている石の前方をブラシで掃いて微妙な距離の調整、方向性の調整を行います。

それは、カーリングが行われる氷上には、試合前に水を撒いて氷の粒を敷き詰めてあり、ブラシでその氷の粒を溶かすことで、石の距離を伸ばしたり、方向(掃くことで直進性が増す)の調整が可能となるからとのことでした。

スウィープ
私も試合の解説を聞きながら、なるほどなあと思っておりましたが、そのブラシで氷をこする、これをスウィーピングというのだそうです。

実は、このスウィーピングが勝敗を左右する大変重要なものでありました。

ブラシでこすっても大して変わらないのではないか、気休め程度なのかなあと思っていたら大間違い。強豪チームは、的確なスウィーピングで相手の石をはじき出したり、相手の石の通り道を塞いだりと、試合を有利に進めていきます。

そこで思ったことがあります。それは、何事においても、一度始めたこともその状況において、適宜調整をすることが大事であるということです。

一つのことを始め、そして続けていくことは大変なことでありますが、始める時に思っていたように物事が進まないことも多々あります。状況がその都度変化し、想定外のことが次々におこるということがあるからです。

そういったとき、状況に応じて微調整をする、始めは良いと思っていたことでも、状況に応じて修正をしていくことの大事を感じた次第です。

御奉公においても、例えば、お看経のリズムも最初は良くても段々とずれてしまうときは、周りに合わせようと微調整をする。寺内のお役の御奉公も、周りの意見を聞けなくなっていないかどうか振り返って、自分の態度を微調整する。お教化の御奉公も、ご信心の勧め方を常に見なおして微調整をすることが大事ではないかと思います。

カーリングのストーンの曲がり具合を調整する、スウィーピングの姿を見て、色々なことについての微調整、そして自分自身の人生の微調整も必要だなあと、実感した次第です。

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昔取ったきねづか

今から30年前の学生時代、居酒屋のアルバイトをあしかけ5年ほどしたことがある。大変親切なご主人で、なにも判らない私にホールの接客の大事なことや調理技術の基本的なノウハウを手取り足取り教えて下さった!

出刃包丁その中でも特に感銘を受けたのがご主人の包丁さばきである。

元来凝り性な私はすぐさま包丁を購入。それからの私は、家で時間があると大根の桂むきや魚の三枚おろしなどを何かに取り付かれたようにやっていた!

お陰で、私の両親は一週間のうち3回か4回はその残骸《大根のサラダや形の崩れた魚料理》を苦笑いしながら食べていた。

30数年経過した今でも、その包丁《柳包丁、菜切り包丁、出刃包丁》は私の宝物となっており、たまに時間があると当時の記憶をたどって『幻の一品料理』を作り出している。

そんな時、その料理を食べた高校生の娘がひと言、『今日のお料理はお父さんだよね!』と言ってくれる。少々照れくさい思いを持ちながらも、心の中で『当たり前じゃない』と思わずつぶやいてしまう。

『昔取ったきねづか』という言葉があるが、書道にしても字の上手い人に『上手いですね』と聞いてみると、『小学生の時にちょっと習っていましたので』という言葉が必ずと返ってくる。正に『昔取ったきねづか』だと思う!

でも、私達のご信心の世界ではこの『昔とったきねづか』は通用しない。『昔はよくお寺参詣したんですが、今はちょっと休んでいるんです。』とか、『昔はよく御奉公したんですがね。』と仰るご信者さんがいますが、それは『昔とったきねづか』ではありません。

私達のご信心では『日々新たに清く精進する』ことが大切で、そういったご信心を毎日怠らずさせて頂く中に、御宝前のご加護がより強く頂けるのであります。

『皆さん、何時やるんですか?』 そう、今しかありませんよね!

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お塔婆浄書

お塔婆私は、乗泉寺の朝の勤行に上がるお塔婆浄書のご奉公を任されています。

お塔婆とは、卒塔婆(そとうば)ともいい、元々は仏様を供養するために建てた塔のことを指したそうです。このことをインドの古語サンスクリット語では「ストゥーパ」といい、その発音を漢字に当てたものを「卒塔婆」というのです。

インド、中国、日本と伝わっていくなかで、現在では法要や年忌回向お墓参りなど、その時々に精霊の追善供養の為に建てる塔状の木の板や、同形状の紙で出来たモノをいうことになっています。

この塔婆には、必ずその宗派の大事な文字が記されます。当宗では「南無妙法蓮華経」と書かれ、その下に弔う方の戒名や俗名が書かれます。

ご信者さんは、申込み用紙にお戒名を書いて、寺務所に申し込み、その申込み用紙のお戒名を私がお塔婆に浄書させて頂いております。

お塔婆は、一日多い時には30本位の時もあり、1本1本丁寧に浄書させて頂くことを心掛けて御奉公させて頂きますと、浄書に時間がかかってしまったりする時もあります。

お塔婆の申込みの本数が多いと、それなりに浄書するのも大変ですが、ご信者さんの故人に対するご回向の心をお塔婆に込めて浄書させて頂く事が、少しでも御法の為にならせて頂けているのかなと思い、お教務さんならではのお塔婆浄書がとても有り難く感じます。

お教務さんになる前は、ほとんど筆を持つ機会もなく、字も下手ですので、朝の勤行で自分の浄書したお塔婆がご宝前に上がっていますと、恥ずかしくなるときもあり、弔主に申し訳ないとも感じます。

お塔婆を浄書させて頂くからには、字も上手く書かせて頂こうという気持ちになり、もっと練習をしなければいけないとも思います。

これからお彼岸の時期になります。たくさんの申込みがありますので、一本一本丁寧に書かせて頂きたいと思います。

 
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えっ!ここどこ…雪国?

ありがとうございます。2月14日の大雪での、八王子別院の様子を撮影しました。

世田谷を出発し、道中は転倒している車もありましたが、何とか順調に八王子へと向かいました。ところが、八王子に入った瞬間に景色が一変して、あれ北国に来たのかなと思いました(笑)北国の人ごめんなさいm(_ _)m。(ちなみに私の家内も北国出身ですが…)

とりあえず写真を見てください。気合いの入っている方は雪かき手伝い宜しくお願いします。お茶ぐらい出しますから!(冗談です)

別院入り口別院の入り口です。スキー場の入り口ではありません!

別院入り口

 

寺務所案内この看板は、このあとスノーボードと化しました!?

本堂前代務師も呆然

東墓地お墓も雪化粧したみたいです。

南墓地

奥まで墓石が雪で埋まっています。

除雪作業植木屋さんもユンボ一号で御奉公して下さいました。

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先入観

香炉
3月で、2年間の京都生活が終わろうとしています。「一寸光陰軽んずべからず」と念頭に置いて1日を送っていますと、とても充実したものとなりました。

最後に、古都の雰囲気が漂う文化に触れたいという気持ちが高まり、このチャンスを逃すと一生後悔すると思ったので、香道の体験に行ってきました。

香道では香りを「嗅ぐ」とは言わず「聞く」と表現します。自然の世界からの贈り物である香木の神秘的な香りを文字通り「聞く」ように静かに心を傾けて下さいと説明いただきました。

香道に使う香木は仏教の伝来と同じ時期の6世紀頃に流れ着いたそうです。そして室町時代には香りを楽しむ宮廷遊戯として一つの形が整ったといわれ、江戸時代になってから現在の香道の形式に完成されたということです。

その聞香様式の一つに組香というのがあります。これは、数種類の香木を組み合わせ、和歌、古典文学、故事来歴などの文物を愛でながら香りの異同を判ずる一種のゲームです。 

組香の中の「三種香」で香りの世界を楽しみました。香りの聞き方にも作法があり、一番印象に残ったのは香りを聞いたら、息は下座に向かってはくことです。自分の息と香りと混ぜて聞いてはならないのです。ちなみにそのゲームには勝ちました。 

京都は「一見さんおことわり」と、人をすぐに受け入れてくれないという先入観がありました。都が約1000年あったので高級、上品、敷居が高いという雰囲気があります。京都に住み始めの頃はお店の前に来たら足がすくんで、実行するまでに少し時間がかかりましたが、勇気を出して一歩足を踏み入れれば、その先入観はすぐに忘れてしまいました。

私自身お寺に入る前、お寺のイメージは「お線香臭い」「ドンヨリしている」「お化けが出る」「断食する場所」「棒で肩をたたかれる」と偏見を持っていました。しかし、想像と現実は全く違うものでした。思いこみよりも実際にその場所に行くことで、見方が随分かわることがあると思います。

残り少ない京都での時間を楽しみながら、自分の見聞を広げていくことができれば、何かしら東京へ帰ってからも御奉公のためになるかと思い、自分の先入観や偏見にとらわれることなく、色々なことに挑戦するエネルギーを持ち続けていきたいです。 

香道もゲームみたいな感じなので、素人でも楽しめるところが良かったです。お寺の御奉公も、誰でも楽しみやすい環境を作って、御奉公の楽しさを直接体験してもらえれば、信心の良さが身にしみて分かってもらえると思います。 

佛立開導日扇聖人は御教歌に
「窓のうちに 思ひやるより 木の下に たゝずみまもる 花ぞまされる」
とお詠みくだされて、部屋の中から窓越しに、庭の木に咲いている花はどんなのだろうと眺めるよりも、実際に木の下にいって花を眺めた方が、その花の良さが分かるものだと何事も直接体験することの大事をお教え下されています。

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お寺に入寺するまで

お教務さん私は浜松の正晨寺で約6年間御奉公をさせて頂いておりました。

御会式の時は寺内の掃除など準備御奉公からお手伝いをさせて頂いたり、毎月の御講席はできる限りお参詣をさせて頂いておりました。 

また、出勤前には朝参詣もできるだけさせて頂いておりました。

特に、寒夏のお参詣の時には、正晨寺のご供養は品揃えがとても豊富で、美味しいご供養を頂戴することで、出勤前に元気をいただきました。 

その中でも一番の思い出はやはり御講参詣です。御講席で丸山御導師の御法門を聴聞させて頂き、ご信心のことを勉強させていただきました。また、ご信者さん達とゆっくりお話が出来ましたので、何気ない会話の中から色んなことを教えていただき、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。 

こうした正晨寺での御奉公を通じて、世の中には健康上の悩み、精神的な悩みなど、様々な重い悩みを抱え、途方にくれている方も多いことを知りました。

こういった悩みは他の人の力ではどうしようもないものです。しかし、上行所伝の御題目には、そういった問題を様々な形で解決して頂ける妙不可思議な力があることを、自分自身でも仕事上の人間関係が改善されて、現証ご利益の有り難いことを教えて頂くことができました。

そして、悩みを抱える人達にも、この上行所伝の御題目の素晴らしさをひろく知って頂き、その人自身が抱える悩みや問題を解決してもらいたいという気持ちが強くなりました。

そこで、佛立宗に入寺すればそういった機会に数多く恵まれるのではと考え、入寺させていただくことを決意し、丸山御導師にご相談をしたところ、乗泉寺で色んな先輩方にもまれて御奉公を勉強させていただくようにとご指示を頂き、この度無事に得度をさせていただくことができました。

今後の目標は、乗泉寺での修行を通してしっかりとした自分を作り上げ、少しでもご信者から頼りにしてもらえるような教務になることでございます。

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大雪

雪の本堂2月8日、大雪になってしまいましたね。13年ぶりの大雪警報だそうです。

去年の大雪の時は、御講の帰り、一面銀世界になって駅で30分以上待たされて、やっとの思いで下高井戸に着いたら世田谷線が運休。しかたなく雪道を転ばないように歩いて帰宅したのを思い出します。

雪の境内徒歩での帰宅途中、動けなくなった車を通りすがりの人たちと協力して3台救って帰りました。

スタッドレスを履いていてもハンドルが取られて車が滑る感覚、車が回転して後ろの車の運転手と目が合う恐怖を知る私には、普通タイヤであの雪道の中、買い物に出かけようとする人たちに驚かされました。

雪の駐車場
冬タイヤにするかどうか悩んでいましたが、都内では、雪の日には車を使わないと決めた日でした。

でも、東京の人は冷たいと言われますが、車が動かなくなって困っているところを自然と人が集まりみんなで救出して、喜ぶ場面に3回も遭遇しました。

雪の霊堂雪の中1時間以上かけて帰ることになり身体は芯まで冷え切っていましたが心は温かくなった一日でした。

震災の時も世界を驚かせましたが、困った時はみんなで助け合う日本人の姿がいつまでも続くように、仏教の心を伝えていきたいものです。
雪かきのご信者

昼時点ですでに40人ほどの方が転んで怪我をされてるみたいですが、なるべく不要な外出はしないで怪我などされないことを祈ります。

 

 

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得度の動機

蓮の花
僕の祖父母は新座別院で御奉公させていただいた佛立信者でした。

今から6年前に祖母が亡くなり、その後を追うように4年前の2月23日に祖父が亡くなりました。その当時僕は中学3年生でした。

 

卒業してすぐ仕事をはじめ3年がたちました。3年間頭の片隅でいつも考えていたことがありました。それは、3年前に祖父のお葬式を務めていただいた新座の担当教務さんの御奉公の姿でした。僕もあんな御講師になりたいと思い、去年3月25日乗泉寺に入寺させていただきました。
 
僕自信、信心をちゃんとさせて頂けていなかったので、恥ずかしい話しですが「ここはなんていう宗派なんだろう?」と思うくらい何も分かりませんでした。

半年間の見習い期間が始まり外出もできず、自分の好きなこともできず、ただひたすらご宝前のお給仕と先輩教務さんへのお給仕の毎日でした。

ですがこの度昨年11 月13日お師匠の川口御導師並びに先輩教務さん方のもと、無事に得度させていただくことができました。いま振り返ると、お師匠、先輩教務さん方、ご信者方のご指導のおかげだと感じています。
 
今後は更なる先輩方のご指導を頂いて、全力で御奉公させていただき、そしていつか立派な乗泉寺教務になれるよう日々精進していきます。

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常識

先日、STAP細胞発見というニュースが、テレビや新聞で大々的に報道されていました。詳しいことは良く分りませんが、今までの生物学の常識をくつがえす大きな発見とのことです。そこで私が感じたことは、常識ということの危うさです。

確かに、常識的に物事を考えるということはとても大切なことで、世間での常識がなければ社会生活を送ることに影響が出る場合もあります。

また、会社や部署、学校やクラブ活動の場面においても、組織の中の常識にしたがっていかないと、その組織で生きていくことが困難になることも多々あります。

ですから、常識をしっかりと認識することは、とても大切なことですが、時としてその常識が、私たちの生き方、考え方、創造性などに制限をかける場合があるのも事実です。

例えば、学校でのクラブ活動において、そのチームでは常識とされていた体罰が、世間の目から見ると非常識であったということは、最近の報道からも見て取れます。

それ故、「そんなことは当たり前」と思えるようなことでも、冷静になって考え、客観的な視点で常識を見つめ直す目を持つ、つまり「サードアイ」をもつことが重要であると思いました。

さらに、私たちの信仰面においても、「そんなことは常識」と思えることでも、家族の視点、宗外者の視点で考えると、非常識なことがあるかもしれません。(もちろん、世間的な考えに迎合するばかりでは、信仰の筋を曲げてしまう危険性もありますが・・・)

ですから、私たちの信仰の上でも、常識と思うようなことでも、いろいろな角度から見つめて、見なおすべき点は「即座に」見直すということが、大切であると感じた次第です。

今回のSTAP細胞発見では、発見までの道のりで、生物学の常識の壁に突き当たり、なかなか前に進めないこともあったようですが、その常識の壁を乗り越えた先に、新たな発見があるものだということを感じ取ることができました。

くれぐれも、常識に凝り固まった考えにとらわれないよう、私自身も注意をしていかなくてはならないと感じました。

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マジック

『 手品師 』
先日、世田谷別院の前にある区の掲示板に目をやると、マジックショーのチラシが張られていまして、ちょっと心が惹かれました。

というのも、今年のれんげまつりというお寺の集いでマジックを披露しようかと考えていたからです。

 

私は以前、先輩の結婚式の二次会で余興を頼まれ、そこでマジックショーをしたのですが、それ以来、れんげまつりや敬老会などで度々、披露をしていました。マジックといっても、テクニックは皆無で、タネ任せですが…それでもまあまあウケていたかな(^_^;)

しかし、ここ数年は披露をしてなかったので気持ちも少し後退気味でした。そこでモチベーションをアップと、またマジックを何か学べればとの思いと、さらには場所がお寺からほど近い宮坂区民センターで夜七時から、入場は無料。とプラスアルファもあって、昨夜、マジックショーを見にいってきました。

区民センターの前はよく通るのですが、中に入ったのは初めて。すこしドキドキしながら会場に向かうと、子供や大人、どちらかというと大人が多かったですが、数十名のお客さんが来ており、なんだか和やかな雰囲気で、初めてでも気軽に行ける感じでした。

マジシャンはサクマタカシさん、ボランティアでマジックをされている方でした。いつもは寄席ぼんじゅう亭(区民センターで無料でやっている寄席)の中で落語の合間にしているそうですが、今回は独演会とのこと。

北斎 奇術絵マジックは二部構成で、一部は面白おかしいマジックで、タネも分かりやすくお客さんを巻き込んでのもので、みな笑顔でした。

第二部は一部と打って変わって、本格的なマジックで鮮やかな技にみな驚いていました。ちょっと気になったのが、私の後ろにいたお客さんのおじさんでした。

周りの人は「おー」とか「え!」とかの驚きの声を上げているのに、そのおじさんだけが「ん?」といっているのです。気になって後ろを見てみると「ん?」といったあとに必死にメモをとっているのです。

私はなんだかそれが面白くて後半マジックに集中できませんでした。ちょっと気になるおじさんでした。あとで考えるとあのおじさんも何かの宴会でマジックを披露するのかなぁと思いました。

そういえば、一部と二部の間に、中村家東天紅さんという方が動物の鳴き声のものまねを披露されていました。この方の御年はなんと85歳、これまたボランティアでされており、特に東天紅鶏という長く鳴く鳥のマネが印象的でした。85歳が全力で鳴きまねをしている姿に、失礼ながら思わず笑ってしまいました。亀の鳴き声もよかったなあ(^o^)
いろんな人がいるなあと思いました。「ん?」私もか(笑)

全部で1時間半くらい、楽しくてあっという間でした。お陰様でモチベーションもアップし、演技の構成やマジックの勉強にもなりました。これで、れんげまつりで楽しいマジックショーをお届けできる?とオ・モ・イ・マ・ス(^_^)v
 
今度は寄席も見に行きたいと思っています。やっぱりなんでもライブはいいものだなあ。

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気にかけているよサイン

気にかけてるよ先日、ちょっと時間があったので暇つぶしにインターネットのニュースを見ていたら、そのニュースのトピックス記事に「ちょっとしたことで妻の機嫌を〈劇的に〉よくする方法」というのがあった。

ちょっと興味をそそられたので読んでみると、世間の奥さんたちが一番旦那さんに不満を持つのは「私の話を聞いてくれない」だそうである。

記事によると、旦那さんから奥さんへの会話は業務連絡がメインで、「あれ買っといてくれ」とか「来週、出張が入った」とかが多いが、奥さんから旦那さんへの会話は無駄話が多いので聞き流されちゃうことが多い。

だから、奥さんは「私はあなたの話をちゃんと聞いていて、あれ買っておいてくれと言われれば買ってるし、言われたことを覚えているのに、でも私の話は覚えていてくれない。」と不満をつのらせてしまうらしい。

記事ではその不満の解消法を、何も長く奥さんと話す必要はなく、少ない会話でも一方的な業務連絡の通達だけじゃなくて、奥さんが今日何をしてたか、奥さんがどういう一日を過ごしたのかということを旦那さんが気にかけているということが伝わるようにする。

つまり¨気にかけているよサイン¨を毎日送ることが大切なのだと述べている。

私も結婚してから三年。かなり思い当たるふしがあり、少しゾッとした。確かに思い返してみれば、うちの奥さんへの会話も、「明日はこういう御奉公」「何日はどこどこへ泊りで御奉公だから」等と業務連絡の会話になっている。

また「あれ、どうなってたっけ?」等と質問すると、「そのことはこの前伝えたじゃない!」という会話が最近確かに多い。つまりちゃんと話を聞いていないということだ。ヤバい!おそらくうちの奥さんも相当不満をつのらせているに違いない・・・。

お祖師様日蓮聖人の御言葉に
「やのはしる事は弓のちから、くものゆくことはりう(龍)のちから、をとこのしわざは女のちからなり」(富木尼御前御書 昭定1147頁)

手を携えてと仰せで、矢が飛ぶのは弓の力によるもの。雲ができ雨を降らせるのは龍の力、男がしっかり仕事に精を出せるのはこれ、奥さんの力である。と奥さんの勤めを大変重要視され、称賛されている。

確かにお祖師様の仰せの様に、自分が心おきなく御奉公に打ち込めるのも奥さんのお陰である。これを機にもう少しうちの奥さんに対する接し方を改良してみようと思う。まずは「気にかけているよサイン」から実行していこうと思う今日この頃の私です。

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