免許更新で思うこと

信号先日、運転免許更新の為、新宿にある免許センターへ行ってきました。前回の更新でも利用したのですが、さすがは首都東京のど真ん中にある免許センターだけあって、大勢の人が免許の更新にきていました。(受付に20人前後行列ができていました)

 

受付を済ませ私は1回違反(信号無視)した為に「一般運転者講習」(1時間)を受講しました。その中で映像を観る時間があり、交通事故で娘さんを亡くされた父親が話しをしておりました。

娘さんが帰ってくることは二度とない辛さと娘さんを亡くされてからの車の運転に対する恐怖心についてお話ししており、自分の運転をもう一度見直さなくてはと猛省しました。

昨年(平成26年中)の交通事故死者数は4113人(交通事故総合分析センターのホームページより)で死者数は14年連続減少しているとのことですが、4千人以上の方が毎年亡くなられていることを考えると恐ろしいですし、亡くなられた方のご家族や事故を起こしてしまった人、その家族のことを考えるとおそらく毎年1万人以上の方が交通事故により心を痛め、悩まされている現実があると思います。

車を運転される方には重大な責任があります。安全第一でお互い運転しましょう。また、本門佛立宗は自動車御本尊といって、交通安全の為車の中に御本尊をお奉りします。

ご信者の中でまだ自動車御本尊をお奉りされていない方は、早速自動車御本尊をお奉りし、交通安全のお計らいのいただける一生をお過ごしいただきたいと思います。

平成27年交通安全年間スローガン
   思いやり ゆとりは無事故へ つづく道

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得度して感じたこと

ありがとうございます。私は昨年10月1日、ここ本門佛立宗乗泉寺にて得度(僧侶になること)をさせて頂きました。

得度式昨年4月より僧侶見習いとして入寺。原則外出禁止、飲酒・喫煙はもとより、携帯やパソコンの使用が禁止、毎日御宝前のお掃除とお看経(お題目を唱え続けること)。。。と本当に厳しい環境の中でしたが、時には厳しく、時には易しくご指導下された、お導師、先輩お講師のお陰で、何とか所定の見習いご奉公を終えることができました。

現在、得度をさせて頂き、約半年を迎えますが、当時を振り返って感じることは、“僧侶”になって本当に良かった、私の人生の選択肢は間違っていなかったということです。

私は大学卒業後、二つの職業に就きました。一つ目は老人ホームの営業マン、その後専門学校に通い、言語聴覚師士の資格を取得して病院に勤務していました。特に言語聴覚士という仕事は、脳梗塞等の脳の病気が原因で、うまくお話ができない方、また以前と同じような生活ができなくなってしまった方、あるいはうまく食べ物を飲み込めなくなった方のリハビリを行う仕事です。

この仕事は今後、様々な病院や老人施設での活躍が期待される将来性のある職業でした。そのため、僧侶になるか言語聴覚士を続けるか、本当に悩みに悩みました。最終的に僧侶の道を選択したのは、ただただ、ここ乗泉寺との縁の方が強かったからだと思います。

得度式2私は本門佛立宗乗泉寺の信者の次男として生を受け、その後、父が、さらには兄までも得度をし、僧侶一家で育ちました。小さい頃から乗泉寺にお参りし、大きなご本尊・御尊像に感動し、大きな法鼓の音にいつも興奮していました。また、この御本尊様からは、人生の節目節目で御利益を頂いておりました。

そして、乗泉寺の御講師や御信者さんとの縁に触れ、色々な面で助けて頂きました。ですから心のどこかに、いつか乗泉寺のために役に立ちたいと思う気持ちがあったのだと思います。その気持ちが言語聴覚士への気持ちよりも勝った、その表れが得度だったのだと思います。

現在、助手として先輩教務師について、ご奉公させて頂いております。本門佛立宗のご信心で救われた、お題目を唱えて人生の困難を乗り切った、というお話を御信者さんから伺うと、改めてこのご信心の有り難さ、そして正しさを感じます。そして、微力ながらでも、乗泉寺やご信者さんの為にお役に立たせて頂きたいとの思いが、より一層強く湧いてきました。

得度したばかりで何もできませんが、御信者さんが笑顔になって幸せになれるよう、そして、本門佛立宗を知らない方々がこのご信心で幸せなれるよう、一生懸命お題目口唱に励み、ご奉公に精進させて頂く所存でございます。

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「大声健康法」

最近、大声健康法というものが注目されているそうです。その名の通り大声を出すことで、健康になるというのです。

その効果としては、ガッツポーズ
①心がすっきりする。
②血行が良くなり体が温まり免疫が向上する。
③脳全体が活性化される。
④腹筋が収縮しておなかの働きもよくなる。
⑤肩こり腰痛を和らげる。
⑥ストレス発散になる。
⑦ホルモンバランスがよくなる。
⑧横隔膜の上下運動によって胃や腸、さらには肝臓などの内臓にマッサージ効果が起こる。

というように、大声を出すことで、心も体も健康になるというのです。

この声を出すということは、私達のご信心でも日常させていただいているもので、御本尊に向かって南無妙法蓮華経と口にお唱えしております。

特にお寺の本堂での御題目口唱は、ご近所を気にせず声を出せますし、また朝参詣や夕看経の時には、御導師や御講師、参詣者の御題目の声に励まされ、より大きな声で御題目をお唱えできるものです。

私自身の感想ですが、大きな声で御題目が唱えられたとき、先の健康効果というものを感じられるものですし、また、その日一日は、より仏様のお守りを強く感じられるものです。

一般には、なかなか大声を出す機会や場所とうものがないようで、スポーツやライブ会場に行ったり、遊園地で絶叫マシンに乗ったり、カラオケに行くなどして、大声を出す。または布団をかぶったり、クッションを顔に押し付けたり、車の中などで思いっきり歌う。河川敷や屋上で(屋上では空に向かって)大声を出す。

というように、大声を出すのにも努力や工夫をしなければならないようです。

お寺では思いっきり声を出すことができます。(ただし、ナム・ミョウ・ホウ・レン・ゲ・キョウの声でお願いします)もし、大声を出した方は、特に朝6時半~7時40分と夕方4時から5時にお参りすることをお勧めいたします。

http://matome.naver.jp/odai/2137775606856057401

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世田谷別院掲示板⑤

ありがとうございます。
世田谷別院正門横の掲示板に掲示した文面を紹介させて頂きます。

⑤ 「人生に、卒業証書は無い。」

3月は、卒業シーズン。学生さん達が、次の学校や社会に向け、思い出深い母校を巣立つ時です。

どこの学校の卒業式でも、卒業生には必ず卒業証書が手渡されます。しかし、学校の卒業証書はあっても、私たちの人生に卒業証書はありません。誰もが、臨終を迎えるその瞬間まで、人としての生涯を全うしていくことに変わりはないのです。

そうであれば、お互い「生涯現役の活動者」として、常に精力的な時間を過ごしていきたいものです。是非どなたも足を運んでお寺へお参りし、仏様やご先祖様からも御力をいただき、いつまでも変わらぬ「現役の人」の姿で、毎日を生き生きと充実した日々にしてまいりましょう。

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終戦70周年パプアニューギニア慰霊団参に参加させていただいて 

今年の1月17日から25日まで、第五支庁有志による終戦70周年パプアニューギニア慰霊団参に参加させていただきました。

papua1正直最初この御奉公のお話を頂いた時、私にとってはパプアニューギニアという国は未開の国であり、あまり海外の経験の無い私がはたしてお役に立てるのかどうかと正直不安もありました。しかし、数ある教務さんの中から私に声がかかったのも御法様からのお導き、また何かのご縁と感じ御奉公させて頂くことにいたしました。

一路不安を抱えながらも成田から飛行機に乗り約6時間半。いざパプアニューギニアの地に降り立ちました。最初の印象はとにかく暑い。しかもとても湿気が多く、異常に暑がりな私は本当に大丈夫なのか、またマラリア等の伝染病は大丈夫なのかと益々不安が頭をよぎりました。そんな状況の中戦没者慰霊の旅が始まりました。

papua3周りはジャングルの緑と透き通るような海と空。とてもこの地で悲惨な戦争が繰り広げられたとは思えない美しい景色でした。しかし、いざ慰霊地へ到着しその思いは一変しました。目の前には戦後70年も経っているのに飛行機の残骸、輸送用の船の残骸、兵隊さんの武器、ヘルメット、水筒、飯ごう等が朽ち果てた状態で置いてあるのです。

papua4パプアに行くにあたり多少の戦争の勉強はしてきたつもりでしたが、いざ現実を目の当たりにして戦争の悲惨さ凄まじさを肌で感じました。そして数々の慰霊地を回り、当時の話を聞かせてもらうほどに戦争の愚かさ、恐ろしさ、また戦地へ行かれた兵隊さんの過酷さ辛さをまざまざと感じ、

 

papua18何とも言えない感情がこみ上げて来て、改めて今の自分には御題目口唱するしかないと行く先々で精一杯の御題目をお唱えし、日本のご信者さんから託されたお塔婆を建てさせて頂き、世界の恒久平和と戦争犠牲者の冥福を祈らせていただきました。

 

papua7さて、我々団参者一行はこの慰霊の旅の中で不思議な体験をしました。それは慰霊の御奉公も無事に終え、日本へ帰る時のお話です。最後の慰霊地ウエワクのホテルで夕食を食べていた時、別の席で一人夕食をしていた日本人がいたのです。せっかくですから一緒に食事をしませんかと誘いますと是非にということでその方と夕食を共にしました。

その方はジャイカ(国際協力機構)の職員の方で、パプアの首都ポートモレスビーにあるジャイカ事務所で働いて半年になるとのこと。今回は出張でウエワクに来ていたそうで、パプアでの生活や苦労話などを伺い、楽しいひとときを過ごしたのです。

そして無事にウエワクでの慰霊御奉公を終え全日程が終了し日本へ帰る最終日、帰りのポートモレスビーから日本へ向かう国際線飛行機に乗るため、ホテルを朝4時にポートモレスビーまでの国内線飛行機が出るウエワク空港に出発しました。

ウエワクから出る国内線飛行機は6時半の出発でしたが、パプアという国は国土の大半が山とジャングル、そして大きな川がたくさんあるので、都市と都市を結ぶ道路や鉄道が引けず、国内の移動は飛行機しか方法がないのです。

papua11ですから航空会社もその需要をさばき切れず、ダブルブッキングという飛行機の予約を取っていても当日の利用者が多い場合は予約を無視して、来た人から飛行機に乗せてしまうことがよくあるのだそうです。それを防ぐためにはとにかく予約を取っていても早い時間に空港に行ってチェックを済ませてしまう必要があるのです。我々は早めにホテルを出て空港に着いたのは4時 半くらいでした。

papua12ところがなんと小さな空港(ウエワク空港はとても小さな地方空港なのです)は早朝なのにも関わらず黒山の人だかりなのです。一瞬不安がよぎりましたが、それまでの移動は順調だったのでまさかダブルブッキングはないだろうととにかく長い列に並んだのです。

 

papua14しかし待てど暮らせど長い列は進みません。時間だけがどんどん過ぎていきます。そうこうしているうちになんと場内アナウンスで搭乗開始の案内が始まってしまいました。するとそのアナウンスが流れた瞬間、列に並んでいない人達が一斉にカウンターに押し寄せ、皆口々に「乗せろ乗せろ」と航空会社の職員に詰め寄りカウンターは大混乱。最後の最後で恐れていたダブルブッキングです。

papua15しかも日本とパプアを結ぶ飛行機は一週間に一便しか無く、この6時半の飛行機に乗り遅れたら、あと一週間パプアに残ならければいけない状況でした。言葉もろくに通じない中、万事休すです。

そこで困った我々は後は御法様におすがりするしかないと皆で申し合わせてもいないのに、自然と一斉に御題目を空港のロビー中に響き渡るくらいの音量で唱えはじめました。

papua16突然の我々の御題目口唱の声にパプアの人たちは何が始まったんだとびっくりして我々を見ていましたが、そんな目を気にしている余裕などこちらにはありません。とにかくひたすら御題目をお唱えしました。

 

 

papua17その時です。一人の日本人らしき男の人がカウンターに駆け寄り航空会社の職員と話をし始めました。なんとその人はホテルで夕食を共にしたあのジャイカの職員の人だったのです。そしてその人が航空会社に我々がこの飛行機に乗らないと日本に帰れないことを伝えてくれたのです。すると航空会社の職員が我々に「ジャパニーズカモン!」と言って優先してチェックを済ませてくれ、ギリギリのところで飛行機に乗れたのでした。

ジャイカの職員の人もこの飛行機でポートモレスビーに帰るところで、我々の困った様子を見かけ航空会社に交渉してくれたのでした。まさに変化の菩薩。御法様が我々をお守り下さった瞬間でした。私達を助けてくれたジャイカの職員の方には日本に戻ってから御礼の手紙と共に、味噌を御礼の品として送らせて頂きました。

papua19後日御礼の手紙がパプアから我々に届き、大変喜んでいただけたみたいです。思わぬところで日本人同士の強い繋がりを感じました。

この御奉公を通じて、改めて戦争の悲惨さ、愚かさ、恐ろしさ、また戦争の犠牲者に対する今以上の御題目でのご回向の大切なことと必要性、そして自分が平和に慣れ、日本人として戦争のことをあまりにも不勉強であったということを痛感いたしました。

papua20寒参詣中にも関わらずこの御奉公に参加させて頂くことをお許し下さった、御導師、また教務部の方達、そしてこの御奉公に理解をして下さり、快く送り出して下さった私の受持のご信者の皆様。また、多大なる御有志を賜った皆様、心より御礼申し上げます。本当に有り難い御奉公に参加させて頂けました。ありがとうございます。

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稽古

相撲

何事にも、物事を上達させるためには、稽古という事が不可欠です。例えば、相撲取りの方が、毎日厳しい稽古をしているということは、テレビなどでもしばしば採り上げられております。下の物に稽古をつけつつ、自らも稽古をする。

 

また、同等の人と稽古したり、或いは実力が上の人に稽古をつけてもらったり致します。それでも物足りなくなりますと、他の相撲部屋に行きまして、稽古をつけてもらったり致します。稽古をする事でだんだん上達し、逆に稽古を怠れば、その年の番付は下りもします。

「稽古」という単語を分解してみますと、これは「古きを考える」、と読むことができます。過去の出来事や事物から学び、それを練習する、という事です。これを繰り返し繰り返し行う事で、教わった事が身につき、学び取る事が出来るのです。

私たちの御信心も同様に、稽古が大事です。稽古となりましたら、ただ頭で考えているというのではなく、全身で打ち込まなくてはなりませんので、まずはお看経だけでもしっかりとさせて頂くことが必要です。

お看経なら何でもいいのだと、だらだらとお唱えしておりましてはいけません。お題目の唱え方も、練習すれば良いお題目を唱えられ、御利益を感得させていただけるのです。お互いに、稽古とはどういう事かと少し具体的に考えて頂き、御信心の稽古にも励ませて頂きましょう。

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耐雪梅花麗‏

梅

東京地方は梅が見ごろとテレビで見たので、先日、梅ヶ丘の羽根木公園の梅まつりに行ってきました。

羽根木公園は、世田谷別院から歩いて15分ほどで行けるのですが、近くにいながら今回が初めて。

 

公園には多くの人が訪れており、写真を撮ったり花見をするなど、それぞれに梅の花を楽しんでいました。

驚いたのは、梅の木の多さもそうですが、種類の多さです。それぞれの木に種類の名札が掛かっているのですが、何十種類もあり、梅にはこんなにも種類があるのかと感心しました。

梅梅

その日は、天気に恵まれ、青空に梅の花がさらに綺麗に咲いて見えました。

そんな綺麗な花々をみながら、ふとプロ野球の黒田選手の話を思い出しました。

kuroda「耐雪梅花麗」これは、西郷隆盛が詠んだ漢詩の一節で、「雪に耐えて梅花麗し」と読み下します。「梅は寒い冬を耐え忍ぶからこそ綺麗な花を咲かせるように、何事においても、苦しみを耐え忍ぶからこそ成功がある」というのがおおよその意味。黒田選手は、この言葉を高校生の時にしり、座右の銘として、努力をしてきたといいます。

 

今年、メジャーから複数のオファーを断り、古巣の広島カープに戻った黒田選手。戻る理由は「カープに対する愛」だといいます。

きっと、カープ時代してきた苦労や努力、またメジャーで培ったものを、今一度、カープの関係者やファンのために「耐雪梅花麗」の姿を披露したいという思いからだと、そのように思います。

何事でも楽をして、また力づくで手に入るものはありません。苦労や努力をしてこそ、成功があり、そして、その苦労や努力さえも喜びに変わるはずです。

仏道でも日々功徳を積むからこそ、因果の法則によって御利益という幸せが訪れてくるのです。確かに忙しく、また仏道は私たちの欲の心とは反対のものですから、辛く感じやすいですが、ただ欲に流され、人間が目指すべき本当の道を踏み外さないようにしたいものです。

梅梅祭り

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笑いの効用

御奉公で失敗した時に落ち込んでしまい、自分の至らなさを悲観的に考えるなど、人の思考の癖というものは中なか簡単には変わりにくいもので、しばしば悩みの種になるものです。

そこで、思考というものがどんな働きをするかを考えますに、私達が思考したりする前には必ず感情の動きがあるものです。感情には喜怒哀楽があり、それらの感情を上手いことコントロールすれば、プラス思考にもっていくことができるはずです。

ある学者さんの説には、楽しい、嬉しい、面白い、喜ぶ、はしゃぐなどの感情が働くと、思考が良いように働き出し、プラス思考になるという研究結果があるようです。それらの感情に共通しているのは、表情が「笑顔」であるということです。

笑顔

Hani Eriani

それに、笑いは私達の健康にも良い影響を与えてくれます。例えば、ストレスを解消できたり、腹筋・横隔膜が鍛えられたりします。医学的にも、免疫力のアップや自律神経のバランスを整えたり、血圧の低下や心臓病のリスク軽減にもつながることが立証されてきているそうです。

また、笑顔は良い人間関係の構築にもつながります。ですから、日々笑顔を絶やさないように心掛けることが大切だと思います。まさに笑う門には福来たるということわざの通りのようです。お互いご信者は、毎日笑顔で御奉公させていただきますので、心身共に健康のお計らいが頂けるものです。

 さあ、皆さんもどんどん笑顔を振りまきましょう。(^_^)V



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