御尊像はなぜ黒い

当宗の御尊像(御祖師様のお姿をかたどった像)は黒い色をしています。なぜ黒なのか。これには二つの説があります。

まず一つは、ロウソクのススや御線香の煙で黒くなった、古色ゆかしいお姿を有難いものと頂き、そのまま御安置申し上げるという説。

もう一つは、歌舞伎で舞台を支える黒子と同じという説です。つまり昼夜御本尊のおそばに寄り添い、御尊像と一体になって我らを守護し給う。それゆえに、極彩色でなく、黒色なのだという説です。

私共は願い事があれば、叶えてもらうのが当然のように思いがちです。しかし夜昼となく、61年の御生涯を御弘通に捧げられた御祖師様の御苦労をどれほど理解しているでしょうか。

ともすれば目立ったことだけをして、良い事をしたつもりになっている私共です。陰日向なく、地味な事でも、目立たぬ所でも嫌がらず御奉公させていただく気持ち。たとえ一人の為にも法を説く心を忘れてはなりません。

来月7・8日は当山でおいて高祖会を奉修致します。

また11月は御尊像御綿かけの御奉公月でもあります。

御祖師様の御恩に報いるため、心を込めて御奉公させていただきましょう。

 

※11月11日は小松原御法難の日です。

文永元年(1264)のこの日、鎌倉から故郷である安房に帰って来られていたお祖師様は有力信者である工藤吉隆公宅での御講席の帰り道、小松原(現在の鴨川シーワールド近く)において、この地の地頭であり念仏宗であった東条景信ひきいる軍勢に襲われました。

「いるやはふるあめのごとし うつたちはいなづまのごとし」と御妙判にある通り、想像を絶する惨状を呈したこの大難により、工藤氏と御弟子の鏡忍坊は殉死を遂げられました。

そして、お祖師様ご自身も左腕を折られ、眉間に傷を覆われました。

これをご覧になった一人の御婦人が、寒さで御傷が痛まないようにとの志から、お祖師様のおつむに御綿をかけられました。

毎年この時期にさせていただく御綿かけの御奉公は、この事に由来しています。
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世田谷別院掲示板

⑩「丸い卵も切りようで四角、ものも言いようで角が立つ」

卵は、本来丸い形の物。でも、切り方によっては四角い形にもなります。何事もそれと同じで、そのやり方により結果が異なってまいります。

とりわけ、私たちの会話においては、同じことを伝える場合でも、言い方によっては他人の心を和ませることもできますが、一歩間違えると相手の感情を害してしまうようなおそれもあります。

ですから、お互い、毎日お寺の本堂へお参りして御題目を唱え、仏様の慈悲の御心をいただき、誰に対しても思いやりをもって、温かみのある言葉で接するようにいたしましょう。

 

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彼岸花

秋のお彼岸も終わり、そろそろ肌寒くなってまいりました。

つい先ごろまで、ふと足元を見ると彼岸花が咲いていました。

この花は別名死人花、地獄花などと呼ばれ、あまり良い印象をもたれないイメージがあります。

なぜかというと、球根に毒を持ち、赤く伸びるその形も、炎を連想させ、地獄の亡者が手を伸ばした形を思わせるからだとか。

しかし、またの名を曼珠沙華(まんじゅしゃげ)といい、法華経の序品第一には「曼荼羅 (まんだら)曼珠沙華を雨(ふ)らして 栴檀(せんだん)の香風(こうふう) 衆の心を悦可(えっか)す」とあり、仏様が御教えを説かれる前の奇瑞(さまざまな不思議な現象)のひとつとして、この花が天上から降り注いだと記されています。

埼玉県の巾着田という所には、この花が群生している公園があり、とても幻想的で美しいと伺いました。

このように考えますと、世の中でなぜか嫌われているものにも、実は隠された価値や、まだまだ知らない魅力があるかもしれません。

人の心もまた同じ。一見取っつきにくい人、自分と合わなそうな人もよくよく付き合ってみれば、素晴らしい資質の持ち主かもしれず、その出会いが自分を変えてくれるかもしれません。

連日、犯罪や事件が新聞をにぎわす世知辛い世の中ですが、人を信じる心だけは失いたくないものですね。

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新本堂、金色の壁に隠された秘密

いよいよ今月末には、本堂の改修が終了し、新しい御宝前が完成する。

改修中本堂

 

先日、乗泉寺では「本堂工事見学会」が開催され、工事関係者や事務局のご信者さんから、本堂改修の進捗状況や今後の見通しについての説明があった。

 

本堂の中は、御本尊が安置される場所を中心に鉄パイプで足場が組まれており、新しい御宝前の全体像を見ることは叶わなかった。

だが、今回の本堂改修で最もこだわった、御宝前の後ろにある金色の壁を間近でみることができた。

本堂壁面壁一面に貼りめぐらされた金泊、その前面には交互に隙間無く、ぎっしりと積み重ねられたガラスのブリックと木のブリック。その美しさと迫力は圧巻であった。

そして、この壁の下にライトがついており、それをつけると金色の壁となる。

 

私は、設計の担当者にお願いして、ライトをつけてもらった。しかし、、、思っていた以上に暗く、少し物足りなさを感じた。私は思い切って、その設計担当者に率直に自分の感想をぶつけてみた。

すると、設計者はこう語り出した。

「これは、あえて光を少なくしています。暗がりで光輝く金色の美、つまり陰翳(いんえい)の美を感じてほしくて、そうしたんです」

陰翳とは、光の当たらない暗い部分。かげ。また、色・音・感情などに微妙な変化があって趣が深いこと。

今までに聞いたことも感じたことのない美の境地。戸惑いの色を隠せない私をよそに、設計者はこう続けた。

本堂壁面「古い建物や寺院の奧の奧にある外の光が届かない暗がりの中にある、金襖や金屏風を思い出してみて下さい。何とも力のない、わびしい光線。しかし、そこには何ともいえない美しさと落ち着きがあるでしょう」

私は頷いた。

 

「あれこそが陰翳の美ですよ。力のない、わびしい果敢のない金色の輝き。このおぼつかなげな明るさが私たちの心を和ませてくれるのです。そして、見る角度によって金色の輝きが微妙に違って見えますから、とても趣深いものとなっています」

キラキラとまばゆい光を放つ豪華絢爛な御宝前を想像していた私にとって、寝耳に水であった。新本堂の完成が待ち遠しくなった。今までに感じたことのない美の世界を、一刻も早く感じたいと思った。

11月より新本堂にて勤行が始まる。本堂でお看経をたくさんあげて、御宝前がさらに荘厳となるよう努めていきたい。そして、悩み苦しむ多くの人たちが、この本堂で癒され、新たな生きる活力を得る場所となることを願ってやまない。

 

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