命の大切さ

我々人間にとって、一番大事にしているモノはなにかといえば、当然ながら命ほどに大事な物はないはずです。では、その何より大切な命を本当に大事にしているかといえば、意外と命を粗末にしている人が多いのではないでしょうか。

働きづめの過労で命を落とす人、過激なダイエットで健康を害する人、危険をかえりみない命知らずな人、などなど、命を粗末にしても何とも思わない人が、世間にはたくさんいるようです。

しかし冷静になって考えれば、自らの命を削るようなことをしてまでも、手に入れなければいけないモノが一体どこにあるというのでしょう?命を失えば何もかも失ってしまうわけで、全ては命あっての物種であります。

そんな易しい分別もつかないほどに、私たち人間の執着というのは、正しい判断が狂ってしまっているのです。或いは、私達が信じ込んでいる社会の常識さえも、大きく混迷している状態にあるのです。

そもそもからすれば、命や健康というモノは、お金では買えない程の得がたい価値があるモノです。当たり前のことですが、世の中の風潮として命が軽んじられているようですから、「生命の尊重」を強調していくことが現代に求められているのではないでしょうか。

勿論、信心修行も命が資本ですから、正しいご信心を持つお互いは、命を粗末にするようなことを慎み、体の養生に努めることが大切です。せっかく授かった自分の命を大事にできないなら、他人の命だって大事にできるわけがありません。菩薩行を心がける私達ご信者は、自分も含めた全ての生命を尊重する、そういう心が根本にないといけないのリスです。

お祖師様日蓮聖人は、「命と申物は一身第一の珍宝也。乃至。一日もいきてをはせば功徳つもるべし。あらおしの命や命や」(可延定業御書)と仰せになっております。

お互いに、儚い命を無駄にすることのないよう、菩薩行に目覚めて、真に価値ある一生を送りたいものです。

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