読み方いろいろ

彼岸花当宗では常盆常彼岸といって、一日一日、ご先祖やお世話になった方達のお陰に感謝をし、御回向をさせていただいておりますが、明日から入るお彼岸の時期には、とくに懇ろにご回向をさせていただきます。

仏教では、法号(戒名)といって仏様の御教え(戒律)をお護りされた方に授けられる名前があります。

故人が此の世から旅立った先の彼岸でも、仏様の弟子として戒律をしっかりと護り、護るが故に仏様から御守護をいただけることを示す名前ともいえます。

当宗では、故人の生前のご信心前に対して遺徳を讃え、また遺族や関係者が故人を偲んで死後の安寧を願い、法号がおくられます。 

この法号や戒名をお彼岸の時期に多く読ませていただくのですが、恥ずかしながら、どのように読むのか困ることもしばしあるものです。法号は基本、音で読むのですが、訓で読み慣れている文字でも音での読み方が分らないものや、音にも呉音、漢音とあるので、言葉に詰まることがあります。 

本当の話だか分りませんが、ある教務さん(僧侶)が’熊’の音読みが分らず、ベアと読んだというユニークな噂話があります(笑)。ちなみに熊の音の読み方は、ユウです。

私も最初のころは、読めない字が沢山あり、その中でも印象に残っているものが、‘塚’という字です。皆さんはお分りになりますか?答えは後ほど… 

また、御回向では、先祖代々や戒名を授かっていない方もご回向させていただきますが、あまりお見かけしない苗字やお名前もあり、これまた読むのに困ることがあります。苗字の数をネットで少し調べてみますと、17万種を越えるということで、名前になるとその何倍、何十倍、それ以上になるのだと思います。

名は体を表すといいます。「名前は人の性質や物の実体をよく表すものだということ。」と辞書に載っておりますが、やはり名前を間違えては大変失礼なことになります。 

ですから、私は法要中でも、霊簿(ご先祖やご縁のある方の戒名等が記されたもの)内に読めない字がありますと、その都度、弔主の方に聞くようにしていますが、法要自体がどうしても長くなってしまいます。こちらがもっと漢字の勉強をすればいい話なのですが、日本には、振り仮名という文化もありますので、あまりお見かけしない字は仮名を振っていただけると、ありがたいなあとも思います。 

先ほどの「塚」の読み方は「チョウ」です。漢字って奥深いなぁ~(^_^;)

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心地よいリズムが境内に

去る8月3日に世田谷別院で納涼祭が開催され、そのステージに日本を代表するコンガ演奏者の伊達弦さんに御出演をいただきました。御出演いただいた経緯はここ 

納涼祭のために組んでいただいたバンド名は、Trio De Te Quito。当初3人で演奏いただく予定でしたが、ゲスト出演もいただき、カルテットで演奏してくださいました。 

今回、ゲンさんはコンガ演奏者としてではなく、カホンなどの打楽器を中心に演奏され、素晴らしい音楽を演出されておりました。 

ゲンさんに後でお話を伺ったのですが、お祭りの雰囲気がとてもよく、またお客さんの気持ちも温かくて、自分達をアピールするというより、お祭りの雰囲気に溶け込むように、とても気持ちよく演奏できたと仰っていただきました。メンバーの方々も同じように話されていたそうです。 

そして、なんと来年も是非とのお言葉をいただいたのです。たいしたおもてなしもできなかったのに、本当にありがたいことだと思うと同時に、会場の雰囲気作りがいかに大切かを感じました。 

納涼祭の会場づくりに携わった方々、そして当日、納涼祭にご協力いただいた方々に感謝感謝です。 

言うまでもなく、演奏はとても素晴らしいもので、心地のよいリズムとメロディーが会場に響き渡り、会場からはアンコールの声も上がるほどでした。私もリラックスして音楽に身を任せることができ、とても気持ちのいい時間を過ごさせていただきました。 

アンコールにも快くお応えいただき、合計5曲の演奏で全てご紹介したい所ですが、1曲、動画サイトへのアップをご許可いただきましたので、ぜひ素敵な音色を堪能していただければと思います。

メンバー:伊達弦さん(Perc)、渡辺剛さん(Pf)、小坂サスケさん(Tb)
ゲスト:関コータさん(Perc)

メンバーの皆さん、本当にありがとうございました。来年もお待ちしております。

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未来をよくする

過日、御奉公の帰りに渋谷駅に着くと、なにやら音楽が流れていたので、近くに行ってみると、その光景をみて驚いた。ハチ公前に多くの若者が集まり、ステージにはギター片手に一人の青年が歌っている。ライブでもやっているかと思えば、どうやら選挙にでるらしい。 

従来の選挙演説とはチョット違って、何やらお祭りムードの演説。見たことがない。珍しさに耳を傾けると、日本の未来だけでなく地球の未来までも考えた発言をしており、その大きなスケールで物事を考えていく話しに感銘を受けた。

私達は、仕事や家事など日々の生活に追われ、いつの間にか未来の大事を疎かにしてしまう所がある。また、遠い未来のことなどどうなるか分からないし、未来のことより今の生活さえよければそれでいいとの考えにもなりやすい。

しかし、そうした未来を無視した考え方では、本当に幸せになれる道理はないだろう。
未来を想像することが出来ないゆえに、今やるべきことを疎かにしてその日暮らしの怠惰な生活となれば、一時の苦しい現実を先延ばしにすることはできても、結局は未来にツケを残すことになってもっと苦しい思いをしてしまうもの。

やはり、未来のことをしっかりと考えるからこそ、今の生活を大事にすることが出来るもので、よい将来を望むならば、我慢づよく仕事や勉強に励んだり、根気よく健康に留意するなど、現在の生き方を改めていくはずだ。

特に仏道修行では、来世というものをしっかりと見定めて、今日一日の修行を怠りなく励むことの大事を教わる。

高祖大士は、「過去の因を知らんと欲せばその現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せばその現在の因を見よ」とお教えくだされている。

だから、たとえ今がどんなに苦しい状況であっても、その時の自分にできることを精一杯に励んでいけば、その努力は必ず報われるモノで、未来を良くするための打開策が見つかったり、周囲の応援なども頂けるようになって、必ずや物事の大成に繋がっていく。
それが、み仏の示された因果応報という教えである。

確かな未来を築きあげるためにも、今日一日の信心修行の時間を大切に、そして今の自分にできる事をしてかなければと、街頭演説をしていた若者の姿を見て感じた。

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納涼祭出演者のご紹介

コンガ私は先輩からの勧めで、ご奉公の合間に浅草にあるコンガ教室に通っています。コンガとはキューバの太鼓で、形は直径が30㎝、高さが70㎝くらいで、ちょうど樽のように木の板で形作られ、中は空洞、上部に牛の皮がはられ、下部は抜けており、基本、手で奏でます。 

そのコンガを、たまたま5~6年前の世田谷別院の納涼祭で演奏する機会があり、その時に思いのほか楽しく演奏ができ、もっと上達したいと思ったのと、新たな自分に出会えるとの思いから教室の扉をたたきました。 

教室の先生は伊達弦さん(ゲンさんとお呼びしているので以下、ゲンさんで)で、下記のプロフィールにもあるように、日本を代表する一流のコンガ奏者です。 

しかし、ゲンさんは全くの素人の私に親切丁寧に教えてくださり、そしてこの教室を通して、もっと音楽を好きになってほしい、気持ちよく音楽に乗れるようになってほしいとの言葉を掛けてくださいました。その音楽に対する愛情と情熱、また、気さくな人間性に惹かれ、いまでも教室に通わせていただいています。 

お陰さまで、グルーブ感(乗り)も少しずつ身についてきて、音楽はもちろんですが、お看経にも乗れるようになってきました。また教室に通い、教わる立場に身に置くことで慢心義味の私にはいい刺激にもなっております。そして、とてもよい仲間にも出会うことができ、本当に感謝しております。 

そんなゲンさんに無理をいって納涼祭のためにバンドを組んでいただくようにお願いをしてみました。すると、快く承諾してくださり、納涼祭に出演していただけるとのこと。本当にありがとうございます。 

滅多に聞けない素晴らしい演奏です。是非とも8月3日は世田谷別院の納涼祭に足を運んでいただき、生の音に耳を傾けていただければと思います。お待ちしています。

出演時間:2:50~3:30
バンド名:Trio De Te Quito
メンバー:伊達弦(Perc) 渡辺剛(Pf) 小坂サスケ(Tb)  ゲスト:関コータ(perc)
曲調:アフロ・ジャズ 

伊達弦さん伊達弦さんのプロフィール

東京都目黒区出身、東京音楽大学打楽器科を経て、オルケスタ・デ・ラ・ルスで1987年~1992年までコンガ奏者として活躍、ツアーで中南米、北米を中心にヨーロッパ等、10数ヶ国を訪れる。

1995年~1999年、オルケスタ・デル・ソルに参加。


現在、クレイジーケンバンドのコンサートツアー、レコーディング、他VOTOM、エプロンヅ、佐々木シローBoogaloo Band等に参加、昨年より自己のリーダーセッションも意欲的にスタートした。また、1993年より浅草コマキ楽器(ジャパンパーカッションセンターJPC)でコンガ教室を受け持ち、現在も指導にあたっている。

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天からの水

雨水今年の梅雨入りは例年より早く、雨の量も多いそうです。ここ数日、東京ではまとまった雨は降っていませんが、はっきりしない空模様で、じめじめした空気がただよっています。こうした天気が続くと、何だか気持ちも身体も重たく感じられ、早く梅雨が明けてほしいと思います。

以前、朝日新聞で「途上国を支える雨水をビジネス」と題して村瀬誠さんのことが紹介されていました。

記事によると、バングラディッシュの首都ダッカから南へ約150kmの所にあるモレルガンジという町で、雨水をためるタンク「AMAMIZU]を製造し、販売しているとのこと。

タンクの容量はおよそ千リットル。モルタルで固めたリンゴのような形をしています。村瀬さんがこの土地を選んだ理由は、この一帯の人達は大半が池の水を飲むが、塩分が多く大腸菌などで下痢を起こしやすく、井戸水も自然由来のヒ素で汚染されている。つまり、飲み水の問題が最もシビヤなところだからという。

村瀬さんが雨水利用に関わるきっかけは、もともと墨田区の職員をされており、日本における下水道の普及率がほぼ百パーセントに達しているにも関わらず、両国や錦糸町という地域で洪水に見舞われるケースがあったためだとのことです。

洪水が起きる原因は下水道のシステムに問題があるわけでなく、下水道が処理できる以上の量の雨水が一気に流れ込む都市構造に起因していることを突き止められました。

そして雨水をためたり、しみこませて下水道まで流れる時間をかせげばいいのではないか。また、街路樹の根元にたまっている水を見て、こんなきれいな水を下水に流してはもったいない。「流せば洪水、ためれば資源」と思い立ったそうです。

そうしたことが切っ掛けで、雨水をためることを区に提案され、当初はなかなか理解が得られなかったものの、「雨水利用は地球を救う」という熱意が通じて、雨水利用が普及していきました。

雨水利用の第一号施設は国技館。現在では区内の施設で500箇所。最大規模はスカイツリー。静岡県にある自宅にも雨水を蓄えられ、トイレや庭の散水に使用、更にきれいな雨水でお茶も入れていらっしゃるそうです。そして、その活動が世界的にも注目を集め、雨水利用の情報が海外にまで広がっているのです。

村瀬さんはいいます。「雨水利用は、私がやらなければ誰かがやったかもしれません。ただ何とかしてくれと言われると、してあげたくなるんです。みんながハッピーにというのが私の原点」と仰います。

そんな村瀬さんが立ち上げた会社の名は「天水研究所」、雨は誰にも平等に降りそそぐ天からの恵みだから、雨水を天水と呼び変えたそうです。

その記事を読んでいて「雨は平等にふりそそぐ」というお話しが、法華経の「三草二木」という譬え話に通じるモノを感じました。

意訳を致しますと、天からの雨水は平等に降り注ぎますが、大地に根付いた草花樹木はそれぞれのサイズによって、雨水の恩恵を受けとれる量が異なります。それと同じように、仏様の御慈悲も一切万物に対して、全く平等にふりそそいでいるのですが、それを受け取る私達の信心が、どれだけ深いか浅いかによって、頂けるお慈悲の量が異なってくると教わります。

天からの恵みを大事にする記事を見て、仏様の御慈悲もとりこぼさないように、できるだけ受け皿を大きくして、日々の仏道に励んでいかなかければと感じました。

梅雨明けは、関東ですと平年で21日あたりだそうです。ジメジメした日が続きますが、雨も自然の恵みと前向きに考えて、もう少し頑張りたいと思います。

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雪山童子

当宗では、お寺や御講席(ご信者宅)の法要の中で御法門というものが説かれます。この御法門とは、仏様のみ教えのことで、ご信心の仕方や功徳の積み方、そして御利益の頂き方などを教えていただける、とても有難いものです。

ですから、私達が本当の幸せになる道を進むためには、御法門を説かれる場所に出向き、真剣に耳を傾けることが大切なのです。

昔、雪山童子(せっせんどうじ)という仏道を志す一人の修行者がおりました。その姿をみていた仏法を護る神である帝釈天は、ほとんどの修行者は、わずかな困難に出会うと、すぐに退転してしまうので、雪山童子も同じ輩ではないかと疑っていました。

そこで、帝釈天は、雪山童子が修行を完成できるだけの人物であるかを試すことにし、見るも恐ろしい鬼に姿を変え、童子のもとに来て、過去の仏様が説かれた教えの半分を声高らかに唱えました。雪山童子は、大いに喜び、鬼にどこで聞いたのかを訪ね、そして、あともう半分を教えてくれるよう頼みました。

しかし、鬼は『私は非常に空腹である、お前の肉体と引き換えに教えてやろう』と言うのです。それでも童子は、迷うことなく自分の身を差し出すことを鬼に約束して、仏様の教えを求めたのです。

鬼は、約束通り、残り半分の教えを唱えました。童子は、後の人々のために壁や木などに、この仏様の教えを書き留めて、鬼にその身を差し出しました。

すると鬼は帝釈天の姿にもどり、童子にこう言いました。「あなた様は、すべての人々の幸せのために、自分の命も惜しまない、真の菩薩です。どうか私のしたことをお許しください。」と童子に対して帝釈天は、心から懺悔をしたというのです。実は、この雪山童子という方は、仏様の修行時代のお姿であり、このような菩薩行の功徳により、成仏の果報を得られたのでございます。

このように、仏様の教えである御法門は、何としてでもお聞きしたいと請い願うものなのです。そして、一言も聞き洩らさないよう集中して耳を傾け、大事な部分はメモをとり、そのみ教えを素直に実践させていただくことが大切なのです。

御法門を聞くことをしていませんと、どうしてもお互いは、自分本意な生き方になっていき、幸せの道からは遠のいてしまうものです。

お互いの幸せのためにより多くの御法門を聴聞させていただきましょう。

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不浄の料理

こんな仏教説話があります。昔、広大な庭を持った地主がいた。地主は庭の手入れのために大勢の職人を雇い入れて、朝早くから夜遅くまで働きどおしに草木を刈り取ってもらった。 

地主は職人たちに一日の労をねぎらうために、料理人に最高級の肉と野菜をつかったスープを作らせた。ちょうど料理が出来上がった時、一羽のトビが食卓の上に舞い降りてきてフンのついた爪で料理をかき回した。 

料理人は慌ててトビを追い払ったが時すでに遅く、料理の中にフンのかたまりが入ってしまった。料理人はすぐにフンを取り出そうとしたが、スープにとけ込んでしまった。料理人は、しばらく料理をながめ、もう一度、夕食までにこの手の込んだ料理はつくれない。スープを口に運び、味には変わりがないことを確認し、このまま食べていただくしかないと食卓にスープを出した。 

職人たちは、このスープを口々にほめ喜んで食べました。そして、料理人にも「遠慮しないで私達と一緒に食べましょう」と勧め、料理人は職人が親切に盛ってくれたフン混じりのスープを受けとると喜んで食べた。というお話です。 

空腹の職人がスープを美味しく食べるくだりは、快楽をもとめ欲望を満たすことを喜びとし、今の生活を送っている我々人間のことを言っており、料理人が不浄の料理と知りながら口にしたくだりは、目先の喜びは苦しみの原因であることを知りながらも、あえて人と同じ喜びを持ちながら、人々を教え導く菩薩のことさしているとのこと。 

開導聖人は法華経の行者について
「かもめが水の上に浮かんでいるのをみると、いかにものどかで楽しそうである。しかしその足は休み間なく水をかいている。法華経の信者も同じように、どうにかして迷っている人達を正しい教えで救いたいものだと、皆と同じ生活を送りながら、心はいつも休みなく他の幸せを願っているものだ。」と仰せです。 

法華経では「如蓮華在水」と説かれています。レンゲは泥沼の中からきれいな花を咲かせるように、あなた達は自分の心身が不浄であると知っていても、周りの人達へ良い影響を及ぼせるように勤めなさいと、仏様はお諭しです。 

お互いも、世の中を少しでも浄化をしていきたいという心をおこして、周りに明るさとやさしさ、笑顔と元気。そして御信心の大切さ、有り難さを伝えていきたいものです。そうしたところに、本当の心の安穏、真の幸せを感じることができるものなのでしょう。

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JSK

今月16日、17日とJSK(乗泉寺・清風寺教務部論研)で大阪清風寺に私とK.ichi師の二人で行かせていただきました。16日は清風寺のお講師に、清風寺に関わる施設、また開導聖人にまつわる場所をご案内いただきました。 

まずはじめに、清風寺が母体である社会福祉法人淳風会の三施設の中の一つ、特別養護老人ホーム淳風とよなかを見学させていただきました。立派な御宝前の間があり、月に1回はお講師がお見えになり、お助行をされているとのことでした。入居者の方は、みな明るく生き生きとされていたことが印象的でした。 

八軒屋の石段次に、日本最古の陸軍墓地であり、西南の役から第二次世界大戦の戦没者四万数千霊の遺骨が納められてる「真田山陸軍墓地」を見学させていただきました。 

清風寺では、毎月一回墓地の清掃をさせていただくと共に年一回慰霊祭を執行しているとのことでした。過去の諸精霊を大切にされていることに感銘を受けました。 

そして、開導聖人が御遷化前に立ち寄られたであろう、八軒家を見学しました。八軒家とは、京都から淀川を船で下った大阪にある船着場のことですが、江戸時代、この八軒家には多くの荷物が運ばれ、また人々の船の乗り継ぎ場でもあったそうです。 

開導聖人もここに立ち寄られ、歩かれたであろう船着場の石段を私も歩かせていただき、感慨深いものがありました。 

翌日の17日は、清風寺本堂で行われた東日本大震災三回忌法要・春の彼岸会・過去帳入り総講にお参詣させていただきました。立派な祭壇が組まれ、たくさんの方がお焼香され、厳かな法要に感動しました。 

その後、寺内での組お講の見学をさせていただき、関西のお講奉修の仕方、言上の仕方などを学ばせていただきました。 

乗泉寺では、勉強できないことを多く学ばせていただきました。今後も清風寺との交流は続いていきますが、多くのことを学び、乗泉寺の御弘通に生かしていきたいと思います。

法要お焼香

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彼岸会

彼岸会とは、春分・秋分の日を中心に前後一週間に営まれる行事のことですが、元来、彼岸とは至彼岸というのが本当です。生死の苦しみに迷うこの娑婆世界を此岸といい、悟りの世界である寂光浄土を彼岸といいますが、仏様は此の岸から彼の岸に渡る方法として、六度行という六つの修行を教えられました。 

布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六つの修行を成就することを至彼岸というのです。ですから、自らが六度行を実践し、自分はもとより、亡き方も祈るものが彼岸というもので、それが時代を経て、亡き方の彼岸を祈る回向のみの風習が残ったようです。 

回向とは回し向かわすと書きますが、自分が積んだ功徳という幸せを御本尊にお願いをして、他の人に回し向かわす修行のことをいいます。故人には、今生の物ではなく、自分自身が積んだ功徳のみが届きます。 

門祖聖人は「妙法蓮華経を信ずる処に六度の義味を備ふるなり」(本門弘経抄)と仰せで、上行所伝の御題目の御信心に励むことで、六度行の功徳が積めることをお教えです。

すなわち、御題目口唱やお寺やお講参詣、お教化などの日常の信行に励んでいるからこそ功徳が積めるのです。また、法華経の如来神力品には、御題目のお塔婆を建立することは大きな功徳が積めると説かれております。 

当宗では、常盆・常彼岸といって常日頃から、ご先祖のお陰を常に感じ、信心修行に励み、御塔婆を建立しご回向をしており、そういう意味で本来の彼岸への修行を純粋に守っているのですが、このお彼岸の時期には、重ねて懇ろにご回向をしております。 

私達佛立信徒は、お彼岸の時には、この命があるのもご先祖のお陰という心を強めて、より信行に励み数多くの御塔婆をご先祖が眠るお墓や納骨堂に建立させていただくことが大切です。そして、功徳という幸せを御題目の声に乗せてご先祖にお届けさせていただきましょう。

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よく、がんばった

島崎三歩先日、テレビで石塚真一さんの対談が放送されていました。うる覚えですが、とても印象に残る話しをされていました。 

石塚さんはマンガ「岳」の作者であり、私も先輩からの勧めで読んだことがあります。人情味あふれるマンガで、とても感動したことを憶えています。

石塚さんは社会のルールに縛られて生きることに疑問をもち、高校時代を無気力なままに過ごしていたとのこと。そんな生活を変える為にもアメリカ留学を決意され、そこで山との出会いクライミングの経験をされます。

日本に戻ってからは会社員となりましたが、勤務先の会社が一年も経たないうちに倒産。石塚さんは様々な経験を通して、自分の思いを伝えたい、表現したいという希望を抱くようになり、その手段としてマンガを描くことを選ばれたそうです。

なぜマンガを選んだかという質問に石塚さんは、「表現したいこと、伝えたいことの手段として、たまたま漫画があったということでしょう」と答えておりました。とはいってもマンガを描くのは素人同然。早速、書店でマンガの描き方の本を購入し、また多くのマンガを読むなど、独学でマンガを学ばれていきます。相当の苦労があったものの「自分の思いを伝えたい」という情熱は燃え尽きることはなかったそうです。

ある作品で新人賞をとられて後、石塚さんの経験をもとしたマンガ「岳」が生まれたのです。「岳」の主人公である島崎三歩は、ボランティアの山岳救助隊として、遭難した人達を救助するという設定です。救助にあたりながら、助かった命もあれば、命を落としてしまった人もいます。それら全ての遭難した人達に、かならず三歩は「よくがんばった」と声をかけるのです。

普通、遭難した人に対して、どうしてそんな軽装備で登山をしたのか、ちゃんと計画を立てたのかと、遭難という失敗だけを非難してしまいそうなものですが、遭難した人は救助がくるまで必死に生きようと頑張っているはず。だから、三歩は「よくがんばった」と声をかけるのです。確かに、厳しい環境にある山の世界では、甘い言葉かもしれませんが、一人でも頑張ったという「プロセス」を認めてくれる人がいてもいいのかなと、そのように石塚さんはお話をされていました。

また、石塚さんは登山でも、マンガを描く時でも、苦しい時があるものですが、そこは誰でも苦しいんだな。そこを頑張れば新たな道が開けてくる。また苦しかったことは思い出にもなるから、苦しい時こそ実はおいしいんだと、「プロセス」自体を楽しんでいるというお話もされておりました。

このお話を聞いて自分を振り返ってみると、つい私にもプロセスを無視して結果だけしか認めようとしない癖があります。自分の偏った価値基準だけをもととして、成功と失敗とを単純に分けてしまえば、自分や他人が苦労したところ、頑張ったところなどを、すべて否定することにもなりかねないわけで、もっとじっくり物事を見ていかないと、下手をすれば自分や人も傷つけることにもなりかねないなぁと感じました。

最後に石塚さんは、人間って他人から「よくがんばった」と言われると単純に嬉しいものですよね。家族から「パパ、よく頑張ったね」、先輩から「お前、よくがんばったなあ」、友達から「ほんと、よくがんばった」と言われたりするとなんだか心が温まり、心も救われた感じがしますよね。みんなに使ってほしい言葉ですね。とお話されておりました。

 

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悪口陰口

こんな仏教説話があります。釈尊のお弟子の中に六人の悪行をする僧がおり、他の僧たちのわずかな体の欠点を見つけては、悪口を吐いていました。

言われたものは傷つき、修行どころではなかったのですが、悪口ごときで心が乱されるのは自分の心が弱いからと自らを責め、直接六人の悪行を非難するものはいませんでした。六人はそれをいいことにますます悪態を重ねていきました。

ある時、たまりかねた一人の僧が釈尊に訴え出ました。釈尊は悲しい表情でそれ聞き、すぐにこの六人を集めました。六人は釈尊に『わたしたちには悪意はなく、ただ面白半分にいいました。確かに悪口をいわれたら喜びはしないと思いますが、みんな修行僧です。そのような言葉で心が傷つくとは思えません』と言いました。

すると、釈尊の目は厳しく光り『肉体的欠陥をあげ連ねられて傷つかない者がどこにいようか。仲間の修行僧たちが何も言い返さないのをいいことに、おまえたちは好き放題なことをいっている。おまえたちは相手の立場に立ってものを考えたことがあるのか』と六人を厳しく叱りました。六人は深々と頭をさげ自分の犯した罪を深く反省しました。

さらに釈尊は修行僧全員に対しても『人をそしってはいけません。これを犯すものは僧団の罪となることを知りなさい』と諭され、修行僧は深くうなずき、皆いっせいに頭をさげて合掌をしました。【根本説一切有部毘奈耶二五】というお話です。

自分では悪いことを言ったつもりはなくても、何気ない一言によって相手の心はひどく傷つくものです。またその一言は、仲間の輪を乱してしまうことにもなり、その罪はとても大きいのです。

現代、人の和というものが崩れてきている背景には、お互い一人一人が軽はずみに言う他の悪口、陰口が住みにくい社会を作り出していると考えられるのです。

 

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日比谷公園先日、日比谷公園の近くを通りましたので、少し公園内を散歩しました。

イチョウやもみじが鮮やかに色づいており、目を楽しませてくれ、心も何だか穏やかになりました。

ぼんやりしながら、色づく木々を眺めていたところ、次の御教歌が思い浮かびました。

御教歌  雨露にうたるればこそもみぢ葉の 錦をかざる秋はきにけり

素晴らしい色々をつけるのも、きっと雨露の季節という厳しい季節を乗り越えてきたからなのだなあ。時には台風による大雨や暴風にあったり、また雨が何日も続き、日光にあたれないという苦しい状況におかれることもあったことだろう。でも、そのような逆境に耐えてきたからこそ、華やかな色をつけ、錦を飾る秋を向かえるのだと、御教歌をいただき、そのように感じました。

私達人間も逆境に立たされることがありますが、その逆境を耐えていくからこそ、人間としての器が広がり、力量もつき、そして、幸せへの道が開けてくるのだと思います。逆境の時こそ、チャンスだと前向きに受け止めていく。でも、とかく人間というのは、逆境に立たされたとき、その結果だけをくやみ、嘆き、投げやりになり易いものです。

御信心の世界でも、朝早く起きての朝参詣、お役の御奉公、お教化・育成や法灯相続など、なんでそこまで御奉公に励まなければと、私達凡夫は、つい愚痴を言ってしまうこともあるものです。

しかし、苦しい思いを耐え忍び御奉公させていただけば、必ずわが身の果報としてかえってくると教わります。今は苦しくても、一所懸命に御奉公させていただけば、目には見えませんが功徳というものが積まれていって、未来には、すばらしい身の上にしていただける。そのことを信じて、とてもできないと思う御奉公でも、前向きに取り組ませていただく。

お互いに、錦を飾る秋、つまり御利益感得の時期を迎えられるよう、逆境にたったときこそ、信心改良のとき、御利益がいただけるチャンスだと受け止め、忍の一字で御奉公に励んでまいりましょう。

開導聖人御指南に

『夏ノ肥モ秋来リテ稲米ノ上ニ顕ル この理を信せよ 遅キヲ不審スル事ナカレ』

 

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没在於苦海

法華経の御文に『没在於苦海』(もつざいおくかい)とあります。これは、現実のこの世界には、苦が満ちていて限りがないことを海に喩えられ、諸々の衆生は苦しみの海の中に沈んでしまっていると仏様はお説き下されておられます。

また仏様は、この苦しみ海の中には、四苦八苦という苦しみが待ち受けているともお説きくだされおられます。生きる苦しみ、老いる苦しみ、病気の苦しみ、死を迎える時の苦しみ、愛する人との別れる苦しみ、憎しみ会う同士が居場所を同じくする苦しみ、情欲過多による苦しみ、欲望を満たし得ない苦しみ、とお示しで私達人間にはこのような苦しみ囲まれ生活しているのでございます。

確かにこの世の中で生活していく上で苦しく感じることの方が多いわけで、お金のこと、人間関係、そして健康上の問題と次々と苦しみが我が身に降りかかってくるものです。そして、その苦しみからはやく解放されたい、逃げ出したいと、どうしても考えてしまうのですが、苦しみは、一向になくならず、どんどんと増えていくばかりです。

では、その苦しみから解放される方法はないのかといいますと、そうではありません。仏様は、一切衆生はわが子であると仰せであり、先の四苦八苦をお説きになられたのも、このような苦しみを必ず受ける時がくるから、それに対する準備をしておきなさい、とお諭しくだされたもので、決して脅しなんかではありません。

そもそも仏教というのは、それらの苦しみを取り除かんが為に説かれたもので、それゆえに、苦しみに対する準備方法と、苦しみに直面した時に慌てふためかない為の対処方法というものをしっかりとお残しくだされているのでございます。

その方法というのが、今日末法においては、上行所伝の御題目の御信心というみ教えなのです。御題目をしっかりお唱えさせていただくことで、今受けている苦しみを乗り越えていこうとする勇気や、生きる希望というものが湧いてくるものです。御本尊にお任せして大きな声で口唱信行をさせて頂きましょう。明るい未来が必ず待っているものです。

 

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結婚式+α

結婚式去る18日、乗泉寺において川口日智上人御奉修のもと、結婚式をあげさせていただきました。

当日の天気は雨が予想されていましたが、式の時は雨も上がり、これもお計らいと感謝しております。

また、ご出座いただきましたお教務方、司会や三三九度、接待等の御奉公をいただいた方々のお陰で、晴れやかな結婚式となりました。本当にありがとうございました。

披露宴は新宿にあるホテルでさせていただきました。

披露宴の前に先輩から、みんな2人を祝福するために集まってくれるの だから、こんなに嬉しいことはない。自分達の為だけではなく、皆様をお持て成しする思いでさせていただけば、よい披露宴になるとアドバイスをいただき、私達なりに準備をさせていただきました。

お陰様で、御導師はじめ、上司、先輩、友人より心温まるご挨拶、スピーチをいただくことができ、思わず涙してしまい、友 人からは新郎は泣きすぎと冗談を言われたりしました。また、先輩には素晴らしいBGMを考えていただき、後輩、友人には司会、受付。そして新婦父の友人である映像スタッフのみなさん、衣装さん、美容師さん、会場スタッフ。

披露宴にあたり、いつも気持ちよくご相談にのっていただいたプランナーさん。皆様方のお力添えをいただくことができ、本当に素敵な披露宴となりました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

二次会は披露宴と同じホテル内の会場にて行いました。お持て成しをし過ぎてしまい、ヒップホップダンス、コンガ(太鼓)演奏、ポイ(ジャグリング)などを披露しました。なんだか私のワンマンショーみたいになってしまいましたが、皆さんからは楽しかったとのお言葉をいただいたので、よかったかなと思っております。ダンスの先生、コンガ教室の仲間、幹事の皆さん、ありがとうございました。

そして、皆さんからいただいた温かい思いを胸に新婚旅行へ旅立ちました。教務さんをさせていただいていると、長期の休暇はなかなかとれないので、思い切って日本から遙かに離れた南の島に行かせていただきました。 

現地に着くと、燦々と太陽が輝き、さすが南国と思わせる陽気で、気持ちが更に温かくなりました。旅行中は、懐中御本尊をお供させていただき、朝食前と夕食前にお看経をさせていただきました。お陰様で、2人とも病気や怪我をすることもなく、道中無事に過ごせることができました。 

それだけでなく、天候にも恵まれ、神秘的な海を見ることができ、魚たちと戯れることもできました。また離島ではバンガローに宿泊したのですが、綺麗な海が望める最高のロケーションに位置する(たぶん一番いい所)バンガローで、のんびりとした時間を過ごすこともできました。現地のおみやげ屋さんにも親切にしてもらい、市内観光までしていただきました。いい人達に恵まれ、本当に楽しくゆったりとでき、御法様のお計らいを改めて感じた新婚旅行でした。 

結婚式、披露宴、二次会、新婚旅行と無事に終えることができたのも、御法様のお陰、また日頃から皆様方より頂いているご指導のお陰と感謝しております。

これからもお看経を第一に励ませていただき、また引き続き皆様のご指導を仰ぎ、佛立信心の有り難さを多くの人にお伝えできる教務として成長していきたいと思います。

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思いを伝える

先日、テレビをみていたら、普段話さない物が子どもたちに話しかけたら、子どもたちはどのような反応をみせるかという番組(日本中でニンゲン観察こんな時…アナタならどうする!?大実験SP)が放送されていました。 

とある幼稚園にあるクマのぬいぐるみが、遊んでいる園児たちに「こんにちは」と話しかけます。子どもたちは、はじめは驚いていたものの、すぐに可愛いと好感をもち、喋ることを疑わずに、クマのぬいぐるみと仲良くなろうとします。子どもたちは、歌を歌ってあげたり、絵本を読んであげたり、特技を披露するなど、友達になったクマさんのために一生懸命、頑張ります。

そして、クマさんから子どもたちに一つの約束事がされます。「喋ることが先生に分ると、気持ち悪いぬいぐるみだと捨てられちゃうから、先生には言わないで」というもの。

そこへ何か話し声が聞こえたみたいと先生が部屋へ入ってきます。子どもたちは先生に「なんでもないと」と必死になって約束を守ります。先生がクマのぬいぐるみの所に行き「このお人形、汚れてきたから違うお人形に変えてもいいかな」と言うと、子どもたちは「汚くない、汚くない」と必死にクマさんを守り、大事にすることを先生と約束します。

先生が部屋をでると、クマさんは子供達に「約束を守ってくれてありがとう」とお礼をいうと子どもたちは照れながら頷いていました。

それから少し時間が経ってから、クマさんは突然「ぼくは今日でお話できなくなるんだ。でも、ずっとここにいるよ。」と子どもたちに話しかけます。子どもたちは、困惑して「どうして、なんで、次の日がきたらまたいっぱい話しをしようよ」と寂しがります。

「もう、さよならなんだ」とクマさんが再びいうと、子どもたちは「じゃあ最後に一言言わせて、ありがとう。バイバイ。」といいます。クマさんも「ありがとう。バイバイ」と返し喋らなくなります。

別れを悲しむ子どもたちは、クマさんに近づきます。迎に来た先生にも「ずっと幼稚園に置いておいて」とお願いをして、部屋を出ようとした時、再びクマさんの所にいき、抱きつきお別れをしていました。

このような番組が放送されており、思わず目頭が熱くなりました。私は子供達の行動で、特に感銘をうけたのは、最後のお別れのときの言葉、「ありがとう」です。

私達人間は、いつかはこの世を去ることになります。その時、旅立つ人、残された人は、どのような気持ちになるのか。そのことを子どもたちがダイレクトに教えてくれたように思います。「これまでいろいろとお世話になりました。ありがとうございます」とお互いにそう思うのが自然なのだと感じます。

そのお別れをする機会が、お通夜とかお葬式なのだと思います。最近は、いろいろな事情でお葬式をされなかったり、家族だけでされる方もおります。大々的にしなくても良いと思いますが、やはり、いろいろとお世話になった方とのお別れの機会、お互いに「ありがとう」と言える時間を作ることが人間として大切なことなのだと感じます。

そして、その「ありがとう」という気持を忘れない場所、常に伝えらる場所が仏壇であったり、お墓であったりするのだと子どもの素直な気持ちから、そのように感じました。

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