ご信心を引き継ぐということ

大法輪

大法輪10月号に記載の随筆を紹介します。
『うろ覚えのお経』  四方田犬彦 (映像論・比較文化研究家)

「小学校に上がるか上がらないころ、意味もわからないままにお経を覚えた。

祖父が大きな仏壇に飾られている、黒い顔をした尊師様に向かってお経を唱えているのをかたわらで聴いているうちに、いつしかそれを真似て唱和するようになったのである。

ムシイライザイショウショウメツコンジツニイタルマデ  ホンモンハッポンショケンジョウギョウショデン、ホンインゲシュノ ナムミョウホウレンゲーショ

本当はもっと長く、キチンと記憶していた。祖父母の前で其れを唱えると、ときにお小遣いがもらえたから、真剣に唱えることができたのだ。長い歳月のうちに記憶がすり減ってしまい。途切れ途切れになってしまったのが残念でならない。

ちなみに冒頭の「ムシイライ」とは「仏師以来」のことである。子供だから聞き間違えたまま、憶えてしまった。 とはいえカタコトではあるがお経を覚えていて感謝されたことがこれまで二回あった。云々」

以下、ベオグラードと萬洲を訪れた時の話が書かれております。続きは本紙でお読み下さい。この方は大阪の御信者さんのお孫さんに当たる方だそうです。うろ覚えのままになってしまったのが残念な事ですが、それでも子供の頃に覚えたことは何時までの記憶に残るのです。

随筆での「祖父のかたわらで」という姿を見せる御信心がとても大事なことなのです。「生活習慣のなかにある信心」をしっかりと努める姿があればこそ受け継がれて行く日常の生活となるのですが、それを怠り、姿を見せずにいては何を受け継げば良いか分るはずもありません。

特別なことではなく、日常生活の「常」が受け継がれて行く事を肝に銘じましょう。

ちなみに「ムシイライ」は「無始已来」と書き、正確には…
「無始已来、謗法罪障消滅、今身より、仏身に至まで、持奉る、本門の本尊、本門の戒壇、本門事行、八品所顕、上行所伝本因下種の南無妙法蓮華経(三唱)」

「むしいらい、ほうぼうざいしょうしょうめつ、こんじんより、ぶっしんにいたるまで、たもちたてまつる、ほんもんのほんぞん、ほんもんのかいだん、ほんもんじぎょう、はっぽんしょけん、じょうぎょうしょでん、ほんにんげしゅのなむみょうほうれんげきょう」

このように勤行の始めに読みあげております。

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御遺品を頂戴して

私は最末弟でございますから一緒に御奉公をさせて頂き御教導を頂く機会はそれほど多くはございませんでした。ですので日慶上人のお話も人から伺った話をなるほど、その通りだとうなずく事が多ございました。

その中でも当にという話を御披露いたします。以前お役中さん方とお助行に歩いている時、移動のさなかの話です。

「以前はよく御講師とお話をしながら、御講席へのご案内や巡回助行に歩かせて頂きました。日慶上人とも御導師に成られる前、お受持ち御講師として御奉公なされた時にお話をしながら歩いたものです。その時に御導師は移動中に鞄から煮干しをとりだして召し上がりながら、率先して歩かれてました。その移動の時間で、身の上話や細やかな疑問や質問などの話を聞いてくださり、ご教導くだされたものです。」

とのお話をお伺いしました。そのおかげでご高齢になられてもがっちりした身でお元気であられたのだろうと感銘を頂きました。

その後、御遷化なされてからも時間が経ち、そんな話も記憶の奥の方へ仕舞われていた頃合い、井上宇慶師より日慶上人の鞄があるからよかったらどうですかとお話を頂きました。

御遺品を頂けるなど夢にも思っていませんでしたので、こんな有難いことはないと頂戴いたしました。綺麗な茶色の合皮の御講鞄でした。ですが使って汚れたり革が剥がれてしまうと思うと、とても勿体なく使えずに仕舞っておりました。

そのまま使わないのも申し訳ないので一度使ってみようと思い、内外を掃除しておりますと、なんと鞄の底板の裏から一匹の煮干しが。見た瞬間に先ほどの話が思い起こされ、何十年を経て煮干しが出てくるなんてこんな事があるものなんだと驚くと共に、御導師の御意を頂いたような気にならせて頂きました。

いまでも、鞄も煮干しもそのままに、お宝として大事に仕舞っております。

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憧れて真似をして世界を変える

「憧れて真似をして世界を変える」というタイトルの歌がありまして、何気なしに自身と重ねて聴けた事がありました。さて自分は誰か・何かに憧れて真似をして世界を作ってこれたかな?

思い返してて見れば、アレとかカレとか。憧れて影響を受けて真似をして、今の私を形作っているモノはたくさんありますけれども、教務として誰かに憧れて真似をした事はあるかなぁと考えてみました。

真似る事、つまりお手本を頂くことは信心修行において大切な事ですから、先師方の御奉公や御法門等を拝見し、それを勉強をして、頂いたままの信心修行に励むのは当たり前のことです。ですが「憧れて」真似をしたというのとはちょっと違う気がしました。

そもそも「憧れ」とはどういう意味か調べてみますと 

あこが・れる【憧れる】
1、理想とする物事や人物に強く心が引かれる。思い焦がれる。
2、気をもむ。気が気でなくなる。
3、いる所を離れてふらふらさまよう。さまよい歩く。

とありました。1の意味で十分なんでしょうけれど、2と3も含めて考えると、自分には出来ないことを平然とやってのける人に対して抱く感情なんだろうなと思いました。

さて、そのような人は居ただろうかと思い起こしてみると、身近な先輩の日常の所作振る舞いの中に見つけることができました。その一つに姿勢があります。

たまに「御講師は姿勢が良いですね」と言われる事があります。「良くしようと背筋伸ばしてるから良いんだよ」と必ず答えるのですが、私は猫背です。子どもの時分いつも怒られました。弓を引くようになって姿勢の正し方を知りましたからそれなりに見えるようですが、ちょっとでも気を抜くとふにゃふにゃになってしまいます。

見習いの時分先輩方がシャキーンとして御看経を上げる姿を見て、「格好いいな」と思う、これに尽きます。御宝前に座るんだから気を抜いている場合では無いな、とか理屈は後からどうとでもなりますが、「格好いい→真似をしよう」衝動的になるのはコレでしょう。 

憧れて真似をした自分をみて、さらにその姿に憧れて真似をして貰えればこんな嬉しいことはないものです。そして人の良い点に憧れ、真似していく、そのサイクルが幾つも繰り返されてゆけば、いずれ世界を変えるのも大げさでは無いかもしれませんね。

私一人の力は微力なものですが、そのサイクルに加わり、社会全体に少しでも良い影響が与えていけるように、他に憧れたことを実践していきたいと思います。

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清風寺子どもお会式参詣記

御講風景
今月の5日にJSK(乗泉寺・清風寺教務部論)で清風寺の第百回目子どもお会式にお参詣させて頂きました。 

前日の夜に清風寺に入り、早速に役中御講にお参詣し、御講の法要式にも違いがありまして、よい経験をさせて頂きました。

なかでも教化の御祈願では、各誓願者がお参詣の度に祈願カードを持参して言上頂く、下種先発見のお願いから正法帰入へ、そして無事育成のお願いへと段階を進めて御祈願させて頂く様は、一度毎の御祈願をとても大切にしているように感じました。

通信を拝読したりお助行の予定、御奉公の確認などと乗泉寺の役中会に似ている部分もありました。また、寒参詣の皆参賞の伝達もありまして、1年皆参、5年連続皆参、さらに25年皆参、50年皆参と褒賞いただけるそうで複数年のモチベーションの維持になりますでしょうし、その管理もえらい事だと感じました。

大太鼓

 

さて、翌日は子どもお会式を見学させていただき、第1部は本堂で式典が行われました。昇堂の大太鼓は、大きな物を揃えたと聞いていましたので楽しみにしていました。

目の当たりにすると、でけえwとその大きさと音の迫力、そして思ったよりお手頃のお値段に驚きました。ちょっと欲しい…。

 


式典中の言上の薫化会参詣誓願に
「一、毎月の薫化会御講に会員162名を目標に年間延べ、1830名お参詣いただけるよう将引に励みます。一、夏期修行参詣に会員1日120名。
 一、5日間延べ1624名お参詣いただけるよう将引を徹底します。」とありました。  

月162名の参詣の御講とは如何様なものか是非とも見学に行かせて頂かなければと思います。 

子ども御会式風景12部の清興、模擬店も各連合の御信者さん方が趣向を凝らして子ども達が喜ぶようにとご奉公なされておりました。

部の抽選会にも沢山の子ども達が最後まで残り、御礼の御看経が上がっており、流石と百年の積み重ねだというおもいです。

 

子ども御会式風景2参詣数は薫化会218名。一般その他で645名で合計863名です。

教養会などの一部の組織で薫化会を盛り上げていると言うよりも、お寺のご信者さん一人一人が自分の御奉公として、積極的にされている姿勢が素晴らしく、私達乗泉寺も後続者育成の姿勢を学ばさせて頂かなければと強く感じました。

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選択の人間学

選択の人間学選択の人間学という本で「アスリートが決断するとき」という特集が組まれ、松井秀喜さん大谷翔平さん武豊さん浅尾美和さん等の「選択」の記事が書かれてあり、その中の一人に三浦知良さん(カズ)の記事がありました。 

「冒険してこそ人生」と題して、15歳でブラジル行きを決断してからの移籍という大きな選択の時を語ってあります。「選択にはリスクがともなう」と言うことをついつも感じてきたといいます。

2012年フットサルの日本代表に招集された。結果としては成功であったが相当のリスクを感じていた。一時的とはいえサッカーから離れなければならない事、パフォーマンスを発揮できなければ、グループリーグ惨敗のときの戦犯はカズに集中するであろうこと。等

しかしそれらのリスクに対して恐れは無いといいます。 「リスクを恐れてやらない 等のが一番後悔する事だと思います。」ブラジルへ行くときも大勢の人から「絶対無理だ」と言われましたが、行かないことには始まらないとブラジル行きを決断します。

1993年のJリーグ開幕に際しても、地元静岡に戻るかトップチーム読売に残るか。また、セリエAジェノアへ移籍の時、クロアチア、京都・神戸・横浜への移籍の時にも、いつも挑戦・冒険出来る方を選んでいるといいます。「どちらかというと、こっちの方が大変かな、と思った道を選んだ方がうまくいっている。」とカズはいいます。(詳細は本誌を購入下さい。アマゾンでも買えます。)

メリットとリスク、何事を選択する時に於ても、常に付随する事で両者を天秤にかけた結果が決断の基準になるでしょう。メリットを優先するのかリスクを恐れるのか、年齢を重ねれば安定を望みリスクカットを重視する事もあるでしょう。

では、私共佛立菩薩として私共はどの様な人生を歩むべきか。リスクを恐れて挑戦をあきらめるのか。失敗したとしても後悔しない覚悟で勝負をかけるのか。生涯現役で信行御奉公に駆け抜ける佛立アスリートとして参考になる一冊かと思います。

カズ曰く「若手を頑張らせるために僕はやっているんじゃない。僕の背中を見せるためにやっているわけでもない。」回りからは選手以外のことも求められる立場でありますが、彼はこの思いを胸に常現役のプレイヤーであるのです。

私自身も、御奉公を教える役だとか立場がどうとか、それよりもいち佛立信者として御奉公したいから御信心をしているのだ。と生涯現役の第一線で御奉公を続けて行きたいです。

 

 

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How to 絞り染め

絞り染め①

正確には絞り脱色です。先日脱色したTシャツを着ていたところ絞り染めを知らない、知っていてもやったことない人が意外に多かった、というか誰も知らなかったのでまぁ機会かなと思い紹介します。

①ビフォ→

H&M1500円です。お手頃ですね。

 

絞り染め②


②適度に輪ゴムで縛ります。強く絞める緩くする・綺麗に織り込む雑にまとめる等しばり方で模様が変わります。

③キッチンハイター(のような物)をぶっかけます。綺麗に浸けるのではなく乱雑にかけましょう。

④5分~10分放置 色の抜け具合を好みで調整しましょう。

 

絞り染め③


⑤良く洗います。

しつこいくらい洗わないと次回洗濯時にえらい事になりかねません。

⑥アフタ→なんということでしょう。当に匠の技 まだらが良い感じに上手く出来たかなと自画自賛。

 

 

絞り染め④

 

私は小学校の授業で絞り染めを経験しました。当たり前の様に義務教育なんだろうと思っていましたのでみんな知ってる物だ。と思い込んでおりました。

今の今まで何とも思ってませんでしたが、当時の先生は良い経験をさせてくれたんだなぁとおもい、当時は口うるさい先生だと思っていましたけれども、今にしてみれば有難いことだと感謝に堪えません。

 


教育として良いのか疑問ではありますが、こういう経験の場を作って貰えたことや師事指導してくれたことはその時は何とも思えないでしょうが、後々に思い返してその有り難さを思い起こせるものだと実感しました。
 

なにげに良い少年期を過ごしてこれたんだなぁと幸せかみしめた一コマでした。

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台風一過

三本松本をほぼ縦断し各地で被害をだした台風四号も過ぎて、気持ちの良い台風一過の朝を迎えました。が、乗泉寺におきましても台風の爪痕が残っておりました。 

乗泉寺正門を入って左手にある大きな三葉松が途中で折れてしまいました。幸いなことに幹は無事なので枯れることはないでしょうが、枝振りが半分くらいになってしまいました。日本在来でない珍しい種類なので多少勿体ない思いです。

そしてその下に立っていた石灯籠も、折れた枝で倒れてしまいました。 そう易々と折れそうも無い太さの枝が折れてしまうくらいですから、今回の台風はよほどの風だったようです。枝はかたづける事ができますが、石灯籠はとても持ち上げられる大きさではないので、復旧にはしばらくかかるかもしれません。 

それともう一つ、個人的な被害がありました。教務館の屋上で育てていたゴーヤとかぼちゃです。せっかく拡がってきた本葉が折れたり、根元からぽっきりなんて子もおりました。まだ実がなる段階ではなかったのですが、ちょっとずつ育って来たのを眺めてきただけにショックが大きいです。自分でも予想外なくらいです。 

台風がくれば、それなりの被害があるなんて事はわかっているつもりでした。林檎が落ちたとか稲が倒れるとかビニールハウスが飛ばされたとか…、テレビ報道で農家の方達の、被害が大変なことは解っている・知っている つもりで有りましたけれども、その実は画面の向こうの事としか受け取って無かった自分を知ることが出来ました。 

たかだか数株のかぼちゃが傷ついただけで此の落胆なのですから、仕事として百千の野菜を育てていた方々の落胆と必死さは私の比べものにならないくらい事でしょう。暴風雨の中でさえ「田んぼを見に行ってくる」と外に出てしまい、お亡くなりになられる方がいらっしゃいますが、その理由が自分でも理解できたような気がします。 

出来心で育て始めた屋上菜園ではありますが、色々な事を教わっています。やはりなんでも「やって見無けりゃ解らない」という事を実感中です。

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手ぐすね引いて

わらじ半年ぶりくらいで弓を引いてきました。 

行くにあたって、前回引いた時に弦(つる)を切ってしまったのでおニューの弦を準備します。弦とは、只引っかかっていればいいというものではありませんで使える様にするには諸々の手順があります。 

先ずは上側の輪っかの位置を調整して長さ張り具合を決めます。で、新品の弦に着いている蝋(ろう)を剥がし角をとらなかければなりません。 

その蝋を剥がすときに使うのが、我々がわらじと呼んでいる切れた古い弦で編み込まれたものです。そのわらじで新品の弦を擦って、蝋を剥がします。

そのわらじも現役以来20年ぶりで編みました。腕が憶えているもんですねぇ。なかなか良い出来だとおもいます。 

弓・握り・矢次に’中仕掛け’という矢を番(つが)える部分をつくります。ほぐした麻をまいて木工ボンドで固めながら太くしていきます。 

なんだかんだで小一時間かかりました。お陰といってはおかしいですが、弓も握りも矢も、弦までも赤で揃えられました。ちなみに弓は直心、まさに私の為の弓ではないか。ウィヒヒw 激しく自己満足です。 

最後にカビ臭かった道着を洗濯して準備完了。準備万端で道場に向かうわけです。 

準備万端の意で手ぐすねを引くという言葉があります。手薬煉と書きまして弓の言葉です。薬練とは松ヤニを煮て練って作ったもので麻の弦の補強と弓を持つ手の滑り止めに用いるものです。現代の弓道に於いてはあまり使われません。 

先に申した様に弓を引くのには手間がかかるものでその準備を怠ってはいざという時に役に立たない事も。戦国時代の合戦場に於いては命を落とすやもしれない一大事です。 

弓道弦を切ってしまった。」とは準備不足であり、私の鍛錬不足なればこそ、「切れた」ではなく「切った」となるのです。万全の準備と鍛錬があってこそ事を成ずるものです。

なんとなくで出来る事もありますが、それはそれなりの物でしかありません。一生懸命やるからこそ、そこから得る物も多く貴く、なにより楽しいのです。 

やるからには全身全霊全力で楽しむ。仕事も趣味も、もちろんご奉公もこうありましょう。

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清風寺参詣記

5月5日 清風寺のこどもおえしきにあわせて交流参詣させて頂きました。前日入りし、寝屋川別院、生駒別院を見学させて頂きました。生駒別院に於いては、生駒と法華経の縁や新本堂用地の購入に際するお計らいなど建立の縁由をお伺いさせて頂きました。 

第一部明けてこどもおえしきの様子です。第一部御看経 参詣優秀会員表彰・ジュニアリーダー認証書下付・企画部リーダー辞令下付・新小学一年生お祝い式の式典がありました。

御看経中祈願言上にて、「薫化会総祈願」の言上があり、「平成二十五年、薫化会創立百周年を目指して 薫化会・あゆみ会・ジュニアリーダークラブは」 

一、薫化会員としてお友だちを誘い、一緒にお参りします。

一、御講にお参りし、御法門をしっかりと聴聞し、佛立の心を学び育てます。

一、人の悩みや苦しみが喜びに変わるように御題目をお唱えします。

どうか、これらの目標が達成できるよう御宝前のお力添えをお願いします。願主 清風寺薫化会員一同並びに薫化会参詣誓願 

一、毎月の薫化会御講に会員175名を目標に 年間延べ2078名お参詣いただけるよう将引に励みます。

一、夏期修行参詣に会員一日116名 十五日間延べ2025名お参詣いただけるよう将引を徹底します。願主 清風寺薫化会役員一同 

薫化会の総祈願をたててご奉公指針を持つてご奉公させて頂くのは素晴らしい、参考にさせて頂きたいです。

第二部①第二部は寺内と隣りの公園を使っての模擬店、かく連合・教養会毎に出店し、各々の趣向を凝らしたゲームに子ども達も大喜びで楽しんでいるのが感じられました。 

 

合を上げての薫化会の育成ご奉公であり、次世代育成の大事をお寺を上げてご奉公されているんだなぁと随喜申し上げました。 

第二部②第二部③

 

 

 

 

御礼の御看経に行われました抽選会には、御住職、教講の御有志による豪華景品等が並べられて大盛りあがりでした。 参詣人数は薫化会員194名一般その他551名計745名でした。 

乗泉寺の子どもお会式以上の積み上げてきた歴史と経験、教講共に教養会員育成の御奉公に取り組む姿勢が拝見できました。諸々参考に頂いてに帰れた思いです。今後の乗泉寺子どもお会式等に生かせれば幸いです。

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イエロー・ゴールド・オレンジ・ブラウン以上のいろが2012年春夏の流行色です。

2011年の秋冬がベリー・オレンジ・ブラウン・ベージュでしたから、より明るい色へ流れてきたようです。 

否! 正確には「流れた」のではなく、「流して来た」「流して行く」が正解です。

流行というのは、大多数が支持しているからではありません。そう流れるように、仕組まれているのです。 

前述の流行色についても、大多数が同じ色を買うから、着ているから流行になってくるのでは無く、特定の色が店頭に並ぶので、それを買わざるを得ない。というか何となく買ってしまう雰囲気が作られているのです。 

販売者視点で考えて見れば、世間の動向を見てから、その色に合わせた商品を用意していては間に合うはずがありません。当然と言えば当然です。消費者としては、洋服一つ買うにしても選ばさせられてる。という面が有ることを自覚しておきたいものです。選ばさせられたモノには愛着は湧いてきません。対して自分で選んだものには、強い愛着と付加価値が起こります。

とあるインターネット販売を主とするDCブランドの在庫リスク対策として、「デザイン色をネット投票を通じて決定し販売する。」「人気の有る物を生産前に調べ売れ残りを少なくしよう。」という取り組みが紹介されていました。消費者に選ぶ機会を作る。また自分で選んだ服が発売されれば満足度はより高くなるでしょう。 

今後は「個人個人に対して個別のデザインが生産出来るようにしたい。」とのことでしたが、それはオーダーメイドというのではなかろうか……と。 

自分で選ぶ。ということ。なににしても「させられている」ではやる気や喜びは起こりません。「有る物を選ぶ」から、「無い物を作る」くらいのモチベーションをもてば又新たな世界の見え方が出来るのではないでしょうか。

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初詣にいきましょう

一年の計は元旦にあり と云いますように、日頃の信仰を軽視してしまいがちな日本人でありましても、せめて年始めくらいは神様仏様にお願いをして欲しいものです。実際には元旦に初詣へ出かけて一年の無事や家運長久をお願いスル方も大勢おられます私個人が「日本人が不信仰なのではなくて、ただの無精ではないか」と思う所以です。 

2006年のデータ(wik)ですが、明治神宮305万人、成田山275万人、川崎大師272万人 だそうです。何万人という人がお参りするのですがら捨てた者ではないとおもいます。また年始にお墓参りをなさる方も大勢居られます。乗泉寺世田谷別院に於いても三が日には途切れない程のお参りがあります。 

元来の初詣とは氏神詣、先祖参り、つまりはお墓参りでした。それが時を経るによって現在の神社仏閣へお参りする事に入れ替わってしまいました。その原因の一つが阪急電鉄と京成電鉄、国鉄もです。何をしたのかと云えば、阪急は恵方参りキャンペーン。氏神詣りよりもその年の恵方にある寺社へ(阪急電車に乗って)お参りしましょう。京成と京浜はもっと解りやすく、初詣は成田山へ(成田線で)行きましょう。川崎大師で初詣で、三浦海岸で初日の出を(京浜急行で)!!という具合です。 

(昭和48年頃にラジオで流れていたCMです) 

初詣も電車会社の戦略に乗せられているのです。バレンタインやらクリスマスやら土用の丑の日も、のせられやすい民族ですねぇ。悪い事だとは思いませんけどね。 

佛立信心に努める私共は、お寺で年を納めてお寺で新年を迎える。元来の意味での先祖詣りも家運長久のお願いもさらにお参りの功徳までつめる一石三丁の初詣です。神宮よりも良いお参り出来るところがあるよ。と寺内外にお誘い合わせて御参詣なさって下さい。

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SSDとは…?」

カーラジオご奉公の道すがらラジオを聞いてる、かけている事が多いのですが、ここしばらく「SDDをご存じですか?」とラジオから聞こえていました。 

「SDDとは STOP!! DRUNK DRIVING PROJECT の事でして……」と説明があるのですがそんなのしらねぇよってなわけです。 

後から説明するくらいなら最初から「ストップ!ドランクドライブ」と言えば良いわけですし、もっといええば「ダメ!飲酒運転」のが一目瞭然です。ラジオの様に、説明をする時間があればいいかもしれません。SDDという聞き慣れない単語を問いかけることによって、興味を惹かせるという放送上の狙いも解ります。…がSDDと言われたところでなんだか解らないでしょう。 

折角の素晴らしい運動なのですから、SDDが弘まってくれればこの上ない事ですが、最近この様な頭文字をとった略称が多い様なきがします。SSD TDL TDR TRD SFC DDT FSS PSP とかもうこれだけ見て何か解る人なんて居ないのではと思います。 

解らなくて当然です。そもそも略称とは、正式名称や意味を解っている人達の間で通用するもの、させるものです。万人に対して通用させるものではありません。略称を全面に押し出すことによって、仲間意識が強くなり同時に排他的になる。サバト的な盛り上がりを狙っている様に思えてしまいます。名は体を表すと言います。略称に限らず一目瞭然で無い時点で、すでに理解者を選んでいるように思えます。 

我々のご奉公に於いても一目瞭然であるべきだと思います。お寺の中で通用する言葉に成れてしまいますと、先の略称のように下種先の方、信徒以外の方にはちんぷんかんぷんでしょう。一天四海皆帰妙法を志す私共ですからこそ、世法との交点を大事にして解りやすく、すぐ伝わる様な表現、言葉遣いを心掛けなければと思い起こさせて貰えました。

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御供米のしばり方講座

御供米とは、私達が毎日頂くごはんのお初を御宝前にお供えするものです。お初穂の大事は以前の記事を参照していただくとして言及いたしません。 

最近は御供米料やお賽銭で代えてしまい、あまり多く無くなってしまいました。

が震災の影響もあり、今後、来年などはお米が貴重になるかもしれません。それらも踏まえて、「お寺の御宝前に我が家のお初穂米をお供えする」という御供養の大事、あえて一手間かける部分の功徳を大切にして頂きたいと感じます。 

余計ですが、ゴミ袋を閉じる時も此の閉め方だと重さにも耐え、しかも持ちやすいという利点もあります。 お米を買った際には、この閉じ方でお初穂をお供えしてみて下さい。 

御供米①御供米②

 

 

 

 

①御供米用の封筒を寺務所で頂きましょう。受付前のマガジンラックに常備して あります。それと何でも良いので紐。ビニール紐でも十分です。

②お米を「御」の字の上くらいまで入れましょう。

下の部分に出来る耳を織り込んでから、軽くトントンして隙間無く詰め込めば御覧のように自立します。立たない位にスカスカですとこぼれ・やぶれの元になります。そして画像のように平らに押し閉めます。  

御供米③ー1御供米③ー2御供米③ー3

 

 

 

③結び方です。封筒の上から下に向かって紐を中心に入れて折り重ねてください。3~4回折り込めるはずです。 

御供米④ー1御供米④ー2

 

 

 

 

④封筒幅から出っ張った両端を上側に折り込みそこで結びます。

ほどけ易い紐の場合は二重蝶々結びにすれば間違いないでしょうが、一重でもまずこぼれないと思います。これで完成です。  

御供米⑤後に、よく見かける上を縛り込む方法やセロハンテープ・輪ゴムで止める方法もありますが、単品では問題ないのですが、御宝前にお上げする際に積み上げると重みに耐えられない場合や開ける際に手間取る事があります。今回のしばり方ならばもし固結びしてしまっても結び目を切れば楽に開けることが出来ます。全てが同じ太さで揃っていれば積み上げた時も綺麗に揃った山を作れるのです。 

余計ですが、ゴミ袋を閉じる時も此の閉め方だと重さにも耐え、しかも持ちやすいという利点もあります。お米を買った際には、この閉じ方でお初穂をお供えしてみて下さい。

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GIANT 被災地仕様MTB

GIANT東日本大震災にたいして、台湾からの義援金が170億(5月12日現在)を超える程に有難い支援活動をしていただいております。

その支援活動の一つにGIANTジャイアントという自転車メーカーから「GIANT ROCK “震災復興支援 特別仕様車”」1000台というものがあります。 

10万円くらいの自転車に荷台荷ゴム、サイドスタンド、フロントヘッドライト被視認性が高いイエロー×レッドの塗装。さらに空気入れ・携帯工具・スペアチューブをセットにして送って頂きました。通常はペダル等少々の組み立ては購入者が行うのが常なのですが、すぐに使えるようにと全組の状態で発送して頂きました。 

被災地での移動手段として自転車は有効ですので、国内でも支援物資として放置自転車を修理して送っております。

「支援物資として中古のものなんて」と言う方も居られますが、日本人の「もったいない」に代表される文化に基づく面もありますので、新品だから良い。中古は悪い。と判断してしまのは短絡的ではないかとおもいます。貰う方にしてみれば、そりゃ新品のが良いのは当然ですけどね。 

私が特に感心したのは、新品や値段のはなしではなく、タイヤの空気を入れるバルブについてです。

高級自転車は主にフランス式のバルブを採用しています。日本で使われる大半はイギリス式でして普通の空気入れでは空気を入れる事が出来ません。

総じてマニア向けの商売をしている店では見落としてしまいそうな部分にしっかりと気を遣った支援が出来ているのは素晴らしいと思います。 

御信心で例えれば、信者さんにしか解らないような言葉で信心をお勧めしてしまう。我々には常識であっても下種先の人には非常識で有る部分が有って当然です。それを見落としてしまう。信仰を大事と思わない人を謗法人として蔑み突き放してしまう。そのような面があっては人助けにはならないとおもいます。きめの細かい所まで気を回す事こそ、助けを求める方にとって有難い優しさなのです。

そんな気遣いの出来るジャイアント社、ご贔屓にしたいと思います。まぁパーツ位しか買えませんけどね。

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