生命(いのち)

生命はどこから来て、どこへ行くのだろうか。と言う本の見出しを以前見ました。普通私共が考える生命は、オギャー!と生まれて死ぬまでの間のことと思っています。 

しかし、佛さまは、生命というものは永遠につながっていると説かれています。永遠?ずっーと?つづいている?。今生きているのが現在。生まれる前の過去と死んでからの未来。つまり過去世、現世、未来世の三世観を説かれています。

そして、現在のあらゆる楽しみや苦しみの原因(もと)は過去世の行ないの結果といい、現在の行ないの結果が未来世に報うといいます。このように永遠とつながっているのです。

ですから、現在の境遇が他とくらべて恵まれていなくても、なげくことも悲しむこともありません。現在の種まき(行ない)を良くしていけば良く変わって来ると仰せ下されているからです。

そして、良くしていくと言う事ですが、良し悪しの判断を自分でつけると都合良く善悪が変わってしまいますから、ここは、佛さまの教えを定規にすることが大事です。

人に喜ばれることは善、人に嫌われることは悪と言えますが、善因善果、悪因悪果と佛さまはお示しです。何が善なのか、何が悪なのかをハッキリしめして下さっています。

どうぞ、私共が本当の幸せをにぎる唯一の方法は佛さまの教えを学ぶ、身につけることです。信じて行じていけば、たった今から私共の生命(運命)は変わってくるのです。

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用心(気をつける)ということ

何事にも用心(気をつける)ということが、非常に大切と感じます。

例えば、食事で野菜を先に食べるか、後にするかで、体につく脂肪の量が違うといいます。

ですから、ダイエットしている方は、そういう用心(気をつける)ことが大切です。

先のスケートのカナダ杯で、羽生結弦選手のコメントに感動しました。

ショートプログラムの出来が、予想に反して6位の出足でした。

「悪い処は分かっています。良い処も分かっていますので、明日のフリーではその悪い処を修正してのぞみます」と語っておられました。

そして、フリーでは前日の悪い処を見事にカバーし、総合2位、銀メダルを得ました。

世界で活躍する人の心得は、さすがに一流と言わせるものでした。

だからこそ、いつの試合でも私達に感動を残してくださるのですね。

がむしゃらに何でもやればいいという事ではないのですね。

佛様の教えに、因果の道理があります。

原因なくして結果は出ない。

何でもやればいいという事ではなく、やはりその結果の良し悪しは、用心(気をつける)をしながら進んでいかねば、良い結果は出ないのです。

 御教歌

 こゝろして ひけばこそなれ 露深き

           秋の山田に かくる鳴子も

 お互い用心(気をつける)しながら、日々の生活を営んでいきましょう。

 

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強い人間(心)とは何か

「強い人間」とは、一般的には丈夫な身体を持ち、何事にも負けない精神力の持ち主を言うのでしょうか。ここで紹介する人は、そんな強い肉体を持ち何事にも負けない人ではありません。感謝の念が強く、今日一日を精一杯生きる一人の女性です。

ある新聞に掲載されていました、盲目の女性(Aさん)の話を紹介します。

Aさんは生まれてすぐ、目の病を患い視力を失いました。母親からは「何でこんな子を産んだのか」と言われたそうです。自分で命を絶とうと何度も考えたそうです。

そんなとき、寝たきりの病を患っている方と出会います。その方との出会いによって、「私には立派な手足があるじゃないか」と思い、前向きに生きようと思いを新たにされました。

それからAさんは、積極的に外に向かって、視力を失った子供さんを抱える親御さんに対して、「子どもの純粋な心を伸ばして欲しい」と訴えていかれました。

Aさんは、手足が不自由な方との出会いで、自分には自由に動かせる手足があると感じ、自分に出来ることが必ずあるんだと感じ取ったのです。

「人の目が気になる」「友達が出来ない」「容姿が悪い」等々、いろんな人生問題を抱えているお方が多い最近の世の中ですが、視点、思い方を少し変えることで、人生が大きく変わるのです。是非おすすめします。

佛立信心は、そういった面で、おおいにお役に立ちます。お題目をお唱えさせていただいて、心の奥に眠っている仏の心を呼び起こして下さい。あなたにとって大きな転換を迎えることでしょう。

佛立開導日扇聖人の教え歌に
「おのが身にある宝をばしるときは よそにもとむるわずらいもなし」
と教えていただいております。

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名人に学ぶ

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『百才になっても碁を打っている。
二百才になったら宇宙で碁を打っている』・・・

昭和最強の囲碁棋士呉清源九段の言葉である。今も頭の中の碁盤現役そのもの。御歳100才を迎えている。囲碁界で百寿を祝う棋士は初めてという。

 

散々やったからもういい。もう歳だからいい。天才棋士からはそんな姿は見えない。むしろ、佛様がおっしゃられている『生々死々』生まれかわり死にかわりを自ら体現されている。いつまでも囲碁を打っているという気概がみられる。死んだらおしまい、苦しいから死んだ方がマシ、そんな気弱な考えを持ち合わせている人もいるが、呉氏は違う。

私共の人生は、この世に生を受けたこの時期だけでなく、過去、現在、未来と三世に亘っていることを、この棋士は肌で感じているのである。素晴らしいことである。

人と生まれてい、そして老いて死んでいく身は皆同じだが、受け取り方、こし方によって、その人の人生は素晴らしく輝いている。かけがえのない人生、お互いはそんな受け取り方、こし方をして進めたら、こんな素晴らしい一生はありません。ありがとうございます。

御教歌
生れ来て 死ぬる習ひは おなじ世に われ法華経に あひにけるかな

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4000本安打達成

イチロー本人はまだまだ記録を伸ばしたいといっていたが、「おめでとう!」

日米通算をはいえ世界で4000以上打った選手は、大リーガーでは史上2人しかいない。これは大変な大記録である。

日本人の私たちにとって、とても嬉しいことです。天才バッターとして内外から賞賛され続けているイチロー選手だが、本人いわく「天才」といわれるのを嫌う。


自分は「努力の人」努力して努力してここまで上ってきたといっている。本人はそうは
いっているが、やはり天才であろう。

めずらしく記者会見でその喜びを語っておられたが、これで満足していないイチロー選手はさすがだと思う。

4000本は打ったが、8000本は打ち損していたと反省の弁。一般的に打者は3割打てれば凄いことだが、7割は打ち損じていたということ。その自己反省ぶりにイチロー選手の凄さを見た。

「記録は破られる為にある」というが、中には絶対に破られないような偉大な記録もある。それを破ることができるのは、まさしくイチロー選手のような努力の天才がなせることであろう。

ところで、佛さまの教えは凄い教えです。佛になれる教えです。子どもでも大人でも年齢に関係なく、天才とか凡夫とかいった才能も関係なく、佛さまのなさった通りの事を素直にさせていただくと、誰でも「凡夫が佛になれる」のです。こんな素晴らしい道があるのをご存知ですか。

それは何かといえば、「我も唱え他にもすすめる」御題目の菩薩行です。たくさんの人々に、その道の存在をお伝えさせていただくのが、「本門佛立宗の教え」です。いっしょに歩んで幸せになりましょう。

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チャレンジ

先日、大相撲の中継を見ていたら、貴乃花親方が解説をされておりました。解説の合間に、親方自身の優勝22回目の映像が流れた。平成の大横綱といわれた親方。しかし、22回目の優勝はこれまでと違い、並大抵の事ではなかった。

足の故障で千秋楽は休場か、あるいは武蔵丸に負けるかと、誰もが思っていた。それをくつがえして見事に優勝を飾った。トロフィーを授与した時の総理大臣、小泉さんも感激したと述べられていた。

ご本人いわく、頭の中では最高のコンディションだと自分に言い聞かせながら相撲を取ったそうで、これを聞いて凄いと思った。

エベレスト

 

そういえば、エベレスト山を80歳で登頂した三浦さんも言っていたことだが、必ず登れる、登頂できると念じながら上へ上へと足を運んだ、と述べられていた。

 

頭のなかでポジティブなイメージを持つことで、怪我や年齢からくる身体の衰えを克服し、決して希望を失わない偉大な二人の姿を見たら、人間の秘めたる力の凄さを感じた。

世の中不況でダメだ。政治が悪い。会社が悪いと他人に責任を転嫁している間は、自分自身は絶対に変われないのではないか。苦しい状況にある時こそ、自分の持っている力を出し切ろう、まだまだ才能をためす時だと、つねに挑戦する意識を持つことが肝心だと感じる。

先人の言葉に「人に勝つより己に勝て」とあるように、お互いも己の力を存分に発揮しようではありませんか。

御教歌
していけば でけていくもの でけぬとて やめたらやめた だけのびんぼふ
と、開導聖人は御奉公の姿勢をお示しくだされました。 

自分の力を信じ、果敢に先へ先へと挑戦していこう。運命は、己が開いていくものです。お互いに、御奉公に積極性を持って頑張らせていただきましょう。

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地球に生まれて

the planet Earthはて、自分はどの様に生きていこうか? 

地球上に生まれて、亡くなっていった人類の総数は、どの位の数に上ると思いますか? 

人類学者の香原志勢(こうはらゆきのり)さんは、過去200万年の「累積人口は約1120億人になる」と、おっしゃっております。スゴイ数の人々が過去に亡くなっているのですね。 

人間は、生物界の中の一つの生物にすぎません。地球上だけでも何万何百万という数多くの種類の生物がいるわけですから、それらを含めるとそれこそ、命の数は無限大といっていいでしょう。

仏様は、死にかわり生まれかわりとお教えです。それは人間だけとは限らない、その他の生物に生まれるとも示されております。 

いかに人間に生まれて来ることが至難なことか。そして、その人間と生まれて、今生どんな生き方が自分にとって、人類の将来にとって大事なのか。それを知ることも大切なことです。 

開導聖人の御教歌
ひとつよりなきいのち也今度は みのりの為にもちひたらなん 

仏様と同じ行いをしてごらんなさい。人の心に内在している仏と同じ性質、仏性を掘り起こしてごらんなさい。必ず意義ある生命の使い方をさせていただけます。

つまり、南無妙法蓮華経の御題目を我も唱え、他にも勧める菩薩行をさせていただけば、我人共に幸せになれると、仏様は断言されております。皆さんも、仏様と同じ菩薩行をしてみませんか。

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幸福感

48年前との比較世の中、お金と物が豊かになれば幸せになれると思っている人が多い。ですが、右の表を見てください。(読売新聞今月掲載) 

48年前から比べると国家も個人も大金持ちになった。しかし、不平、不満、愚痴は後をたたない。むしろ、物やお金はなかったけど幸福感は昔の方が強かった。

仏さまは、そんな欲望の強い私共に対して、「少欲知足」(欲少なくして足る事を知れ)と、教えて下さっております。

無限、際限のない欲望に対して、あまりに私共は非力なのです。ですから、私共に、仏の種を下種して、仏と等しくなれるようにして下さったのが信心の道です。お願いばかり、御利益ばかり追求すのるが信心の道ではありません。

いまこそ、仏の魂である、上行所伝の御題目の信心に出会い、目覚めてみませんか。それが、あなたにとって本当の幸せの道です。

御教歌

おもへ人 欲がなければ 楽があり 欲は我身を せむる餓鬼なり

と教えて下さってあります。合掌。

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世界で捨てられる食料13億トン

ごみこの記事を読んだ。しかし、13億トンの実感がわかない。ところがである。

これは、アフリカ大陸の国々が1年間に生産する食料にほぼ等しいというのである。

それが毎年捨てられているのである。驚きである。

日本で言えばどうか。実に1兆円以上に当たる食品が捨てられているというのである。トヨタ自動車が1兆円企業になったと騒がれた。その金額以上に当たる食料が捨てられている。それも食べられなくなった物はなく、賞味期限前の物というから驚きである。

なぜ、日本人はそんな勿体ない人間になってしまったのか。戦前の話しをすると恐縮だが「勝つまではほしがりません」と全国民がガマンをしてきた国民である。それが戦後60年あまりでこうも変わってきてしまった。しかも日本の食料自給率は39%しかないのである。食料全体の60%は輸入に頼っているのである。 

先月はお盆の月だった。お盆の故事によると、目蓮尊者の母君が慳貪(ものおしみ)の業にて死後、餓鬼界に落ちて苦しんでいる。そこで仏様のお智慧を頂いて、7月15日に修行が明ける僧侶にできるだけの供養をした。その功徳によって餓鬼界からの苦しみから逃れられた。というのである。 

私共の日本人の行く末は、こうならないことを願う。つつましく、無駄なく食べものを大事にしよう。

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ロサンゼルス団参

ロス集合写真ありがとうございます。去る、5月12日第5支庁ロス団参に支庁長はじめ、約50名のご信者は、空路ロサンゼルスに向け、成田より出発しました。

私は久しぶりの海外団参です。しかもアメリカ本土へは初めてです。 約10時間に及ぶ飛行時間は喜びと不安、そして緊張の入り乱れた空の旅でした。

海外旅行とは不思議なもので夕方日本を立ってアメリカのロスの空港には朝10時に到着。いつ寝たのか分からない不思議な体験をしました。 

すぐさま、ロサンゼルスにある2カ所の親会場へお参りです。はじめの所は、従来よりアメリカ在住の日本の方々が集まって作られた親会場で、20戸程のご信者さんが所属しているとのこと。 

次に巡った所は、今回、目的のご講有巡教である米国本門佛立宗です。貸し事務所が集まる建物の一角を借りての親会場で、こちらは40戸の信者さんがいるとのこと。両2カ所共、温かな歓迎を受け、疲れた身体も癒された気持ちの良いお参詣でした。 

翌日、参加者はホテルのホールを借り切って、奉修されるお会式会場へお参りさせて頂きました。地元ご信者及び、米国内よりの参詣者と5支庁の参詣者合計約130名程の参詣です。 

御講有上人はじめ、宗内要路の方々がいらっしゃり、又、地元ご信者のハッキリした「ありがとうございます」の挨拶に自分自身、身の締まる思いがしました。御講有上人の御法門後、地元ご信者の体験談の発表があり、英語での話しでしたので、内容が全く分かりませんでしたが、次に日本語でその内容をご披露してくださり、素晴らしい御利益だということがハッキリ伝わり感動しました。 

その後、地元のご信者さんとパーティーとなり、遠く離れたアメリかで本門佛立宗の上行所伝の御題目が人を救い、そしてその輪を広げている同信の方々の熱い思いにふれ、再び感動を覚えました。アメリカというと自由の国というイメージがありますが、その中には多くの民族がひしめいていて、宗教も実にたくさんあり、思想や生活が全く違うわけです。その人々の中で佛立宗の信心が確実に弘まっていく姿を見て、日本に住んでいる私共信者は、頭をたたかれた強い衝撃を受けました。 

広大な土地に、多種多様の人が混在するアメリカで御奉公されるご信者さんを見ると、私共日本の信者は甘えてはいけない。もっともっとご弘通ご奉公させて頂かねばならないと痛感した、今回のロス団参でありました。お参詣後、サンフランシスコに2泊。観光して回り、17日夕刻、50名の団参者は成田に無事帰国しました。 

この団参で各ご信者との交流もたくさん取れました。また、参詣したいという温かなムードとなり、次回の再会を楽しみに散会いたしました。ありがとうございます。 

リンク集に米国本門佛立宗のホームページを追加しました。動画でお会式の様子を見れますので、是非ご覧下さい。

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運動雑感

ストレッチこの間、ギックリ腰になった。運動不足で筋力が衰えての腰痛なら仕方がないが、毎日ストレッチをし、ダンベルで身体を鍛えていた我身としては、ショックであった。 

5月に健康診断があるので逆三角形の肉体を見せようとハリキリ過ぎた。そのことを同僚に話をしたら、「それって笑えますよネ」とほめられた。

(中年でそんな事を考えるとはスゴイことらしい。)額面通りにいただいた。 

あとで新聞で読んだ記事にこんなことが書いてあった。「昔とった杵柄は良くないらしい。過信して無理をするそうだ。」 

歌手の西城秀樹さんが48歳の時、身体を鍛えようと無理をしたそうです。そのことで脳梗塞になった記事もあった。アイドル歌手、運動能力抜群の人でさえ、無理は禁物。当方はそれより十歳以上、年である。 

反省反省。皆さん、老化防止の為には、運動は必要ですが無理はいけません。

「昔とった杵柄」は弊害があっても益なしです。自分自身の体験から一言申し上げさせて頂きました。

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再び被災地に立って思うこと

妙法寺外壁昨年3月11日、あの東日本大震災発生。全容が明らかになる程、悲惨な地震でした。すぐに3月26日~28日にかけて、被災地へボランティア活動に参加させて頂きました。 

私の行った所は仙台市内のお寺(妙法寺)です。建物がゆがみ、床が波を打ち、いたる所で壁がハガレ落ちていました。建物の敷地は崖の上にあるので傾たむいていました。

取りあえず、それ以上破損が広がらないよう木材で補強し、東京に戻りました。 

それから10ヶ月後(今年1月11日)に、再び妙法寺に行かせて頂きました。唖然としました。なぜなら全く前と同じ状態であったからです。お話を聞くと、地元に資材がない。大工さんがいない。工事機械もない。みんな三陸方面へ行ったとのことです。たとえ見積をしても1年待ち。そして資材や人件費の高騰で、通常の3倍ではお金の工面が立たないというのです。それほど広範囲で、多くの方が被害にあわれた災害であることがわかります。

しかしそれでも、日本は経済大国といわれてるらしい。日本の経済力、工業力をもってすれば簡単なことではある。しかし、その世界有数のハイテク産業、経済に国は力を入れてはいるが、肝心の国内の人づくりがまだまだおざなりなのか。現場で従事する職人が減少しているのが現状であります。ホワイトカラー族が増えて、地道な職人の人口は減る一方です。 

ですから、一向に復旧しないかもしれません。全く考えてしまいます。お粗末極まりないと思う。残念であるとも思う。ボランティアの活動に頼るしかないという現実です。海辺の近くで、死者の追善回向を皆でさせて頂きましたが、あまりにも悲しい景色が目の前に広がります。それは何か忘れられている景色かのようであります。 

それだからこそ、私共は亡き諸精霊の回向がより大切であり、懸命に生きている現地の被災者に対して、心のふれ合い・お付き合いが必要だと思います。そんな思いがよぎった今回の訪問でした。

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文化遺産について

白川郷文化遺産と云えば、前代の人が残した業績のこと。世界遺産と云えば、更に広く遺跡や自然環境などに及んでいます。又、人間国宝と云えば、演劇・音楽・工芸等その他の日本の無形の文化的所産を保持する者をいいます。 

全くもって多くの先人が、又自然界の恵みが後世の私達の為に良いものを残して下さっております。 

ある本で、西洋の大富豪はその財力をもって絵画や歴史的価値のある物を残すのが役目である、と述べてありました。大富豪ならではの事と云えます。 

ところで、私達一般庶民はそんな技術もなければ、ましては大金など夢の又夢。その私達が、人の為に何を残すことが出来るのか。又、自分の子供に何を残してあげられるのか。ほんのちょっと考えてみませんか。 

日蓮聖人は、「蔵の財(たから)より身の財。身の財より心の財第一なり」と仰せ下されております。財産より身体の丈夫がより財(たから)である。身体の財より更に心の財がすぐれている、と述べられておられるのです。私達としては、なんとしてもうれしい言葉です。財産の有無、知識の有無、地位の有無に関係なく、一人一人が持ち合わせているのが「心」です。その心を良くしていけば幸せになれると仰られているからです。その心を育てるのが「信心」です。 

「信仰なんて心の弱い者がするものだ」「信心はは人の心をたぶらかすものだ」という人もおりますが、全くもって誤解です。仏教は仏の教えであり、仏になる教えです。仏の教えを頂いて進むことは、賢い選択と云えます。 

又、日蓮聖人は、こうも仰せです。「心甲斐なければ多くの能無用なり」と。いくらいい物、才能を持っていても、心がけが悪ければ詮のないことだと仰せです。 

どうぞ「信心の扉」を開いてみましょう。あなたを幸せにしてくれること、間違いありません。

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大震災で思うこと

震災地震・雷・火事・おやじと言われています。

3月11日(東日本大震災発生)におきた、自然の脅威には脅かされました。 

地震・雷は自然の力、火事・おやじは人間の力で起きる出来事。今の私達は、人間程すごい力を持った者はないとばかり、自然の力を無視して生きてきた。 

ところが、私達人間の力より、自然の力の程が強いのです。反省。反省。 

又、今度ほど、世の無常を感じた人も少なくありませんでしょう。ところが、それでも、被災しなかった地域の人は、その事にまだ、目が向いていない。人間程、傲慢で片意地のわからんちんの生き物はいないかも知れませんね。 

現に世界の中では人殺しはいけないと思いながら、戦争が絶えません。この様に、人間の力などちっぽけな物で、そして、世の中は無常であることを一人一人が知ってほしく思います。

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