回向とは

妙講一座に、願クハ受持口唱シ奉ル本地本法ノ功刀ヲ以テ法界群霊(に回向しその)離苦得益仏果菩提(を願い又)門流持経者の面々(に回向しその)異体同心信行不退、現当二世心願満足(を祈り更に)講内祈願病者ノ面々(に回向しその)当病平癒、病即消滅(を請い最後に)一天四海(に回向しその普天の下四海の同胞悉く)皆妙法二帰スル様にという御文が回向の御文であります。回向の字義は、回はマワス、メグラスの義で、向はオモムキ、ムカウの意で「此方のものを回して向うへやる」ということです。 

大智度論には「回向トハ声ヲ回シテ角二入ルルが如シ」と説いてあるように、地声でほ遠方に届かぬが法螺貝(ほらがい)に吹き入れると遠方に響き渡る。それと同様自利のためにと願うのは功徳が小、他人のために修行するのは声を螺に吹き入れるごとく功徳利益の響きが広大だというのです。 

ですから自分のことの願いよりも死んだお方の追善菩提にとロ唱すれば功徳は大きいのです。しかも信者の信心増進のため、祈願病者のため、すなわちお助行や折伏をすることも功徳の深い回向であり、一天四海皆帰妙法を祈る、すなわち教化誓願を立ててご弘通に努力するご奉公はいっそう大功徳を成ずる回向の行になるのです。ただ死んだ人の追善供養だけが回向だと考えず、ご弘通、ご奉公こそけっこうな回向だと知るべきです。 

近来新興宗教中に死者追善の回向のみが功徳が深いようにいうのがあり、当宗の信者の中にもそんな考えをしているものがあるやに伝聞したことがありますが、、当宗の回向は死者だけに限っているのではなく、現存の人々の幸福を願い、その人々のためによかれとする教化折伏の修行が大切な回向行なることを忘れてはならぬのです。 

したがって当宗では世間でする回向の場合に対しては、お講をつとめて、御法門を説いていただいて、死者の回向と同時に信者の信心増進をはかる一石二鳥の方法を採用するのです。 

回向の意味が死者追善だけでないことを心得て、助行、折伏、教化運動による回向行にいっそう力を入れて大功徳を積むことが肝心で、万一死者追善の回向のみが御利益の道だなどと考え違いをしている信者がいたら、回向の本義をよく説いてあげてほしいものです。 

日晨上人要語録より

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