押しが強い

あの人は押しが強い。いいだしたらテコでも動かぬ。強情だ。ときどきそういう人を見かける。相撲の手として、押しが強いのなら、結構だが、面子や我意ばかりを押し通されては、ハタがたまらない。 

本当に押しが強いということは、面子や、我意のみが裏付けとなってはいません。むしろ、その反対ではないでしょうか。孟子が次の言葉をのこしているのを参考にして下さい。 

「自反而縮 雖千万人 吾往矣 自反而不縮 雖褐寛博 吾不惴馬」(孟子) おのれを反省してみて、正しければ、たとえ、相手が千万人あってもおそれはせぬ。 

断じて行なうが、自らかへりみて、それだけの信念がもてなければ、決して我意を押し通すようなことはしないという意でしょう。つまり押しが強いということはその主張する内容が正しければ押し通せるのです。 

その反対なら、どんなに心臓の強い人でも、そうむやみに主張できるものではありません。ですから、本当に押しの強いというのは、常に比較的正しいことを主張できる人のことをいうのであって、内容のない人が、ただメンツやていさいにこだわって我意をまげぬのは、頑迷という部類といってよいでしょう。 

古来、歴史上に残る人の中で、日蓮上人ほど押しの強い方を見出すことはできません。ということは、本当のことを主張して、一切衆生を助けずにはおかぬという慈悲心が強大であるからに外なりません。 

身に寸鉄もない一僧侶の身で国家権力をもった幕府に折伏のムチを加えたのです。これほど大担にして、且つ向う見ずの押し方は外に例がありません。然し、正しいことを主張する押しには必ず諸天善神が味方をして、不可能と思われることにも打開の道があるものと知って下さい。 

昭和44年6月発行 乗泉寺通信より

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