納涼祭2013のお知らせ

来る8月3日(土)、乗泉寺世田谷別院境内にて納涼祭を開催します。 例年通り境内のクスノキの下に特設ステージを組み、音楽や踊りなどの楽しいイベントを多数企画しています。

また当日は、多くの方のご協力をいただき沢山の模擬店が出ます。地域商店街からは、たこ焼き、焼き鳥、お赤飯、から揚げなどの出店。各連合からは、もりそば、フランスパン、枝豆、フリーマーケットのお店。教養会からはみつ豆、かき氷、駄菓子のお店。その他多数の出店があり、もちろん冷たい生ビールやお酒も用意しています。 

今年は8月上旬の開催となります。時間は13:00~19:00です。暑い最中、お寺の境内で夏を涼しむひと時を一緒に過ごしましょう。イベント内容や、当日の出店内容については、今後掲載していきます。

下の動画は、世田谷を中心にネット番組を制作している放送局「てくてくTV」さんが2年前の納涼祭に来られたときの様子です。皆様のご来場お待ちしております。

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表と裏

どんなものにも表と裏があります。光があれば影、陰と陽です。建前と本音という面がつきそいます。人間にも生と死があり、人間は他の動物と違い、死を自覚し予想し得るのでして、いかに死ぬかはいかに生きるかの問題とも関連して考えねばなりません。この両面が調和されて、物事がまとまり、つき進んで行きます

ところが、私達は往々にして影におびえて物事を判断する場合がままあります。なまはんかに聞きかじって、誤った即断をすることがよくあります。他人の無責任な放言に左右されてはいけません。常に正しい判断のもと御奉公させて頂くべきです。我を通すのではなく、筋を通すのです。人の評判を気にしては、満足な御奉公は出来ません。

昔、ある一人の粉ひきの職人が息子と一緒にロバを引いて市場に売りに出掛けました。すると通りがかりの人に「ロバに乗らないなんてもったいない。」と言われ、そこで息子を乗せて歩きました。

今度は「親不孝な子だ。頭の白くなった親をお供にして歩かせるなんて全く心ない息子だ。」と言われたので、それもごもっともと思って、子どもを下ろして、自分がロバに乗り息子を歩かせました。

すると次に「可哀想に、子どもを歩かせ親が大名みたいに馬の背にそっくり返っている、よく恥ずかしくないものだ。」と言われ、親は閉口して息子を後ろに乗せて歩き出しますと、また人に「あの親子はどうかしている。二人もロバに乗るなんて、あれではロバがへたってしまう、可哀想に。」と言われました。

業を煮やした粉屋のおやじは、今度は二人とも降り、ロバを先に立たせて歩かせました。それを見ていた人々は、あざ笑いました。「世の中も変わったものだ。ロバ殿が悠々と先に立って歩き、人間どもがお供している。」

とうとう、粉屋のおやじさんは、「人の思惑を気にしていては何一つできない、自分は自分の道を歩かなくてはならない。」と覚るに至りました。(フォンテーヌの寓話)

長所は短所と言います。完璧というものはありません。まして人の言葉はいい加減ですから、それに気をとられていては何事も出来ません。人の噂も七十五日、根も葉もない、いい加減な言葉に振り回されないでください。

お祖師様に喜ばれる信心、これが大事です。いつでも御本意に叶った信心でなければなりません。陰の声におびえていては御奉公は成就できません。

所詮、陰の声・みんなの意見という言葉にひきずられがちです。信心はみんなの意見に従うのではなく、お祖師様の意見に従うこと。つまり、御指南や御妙判に従うことです。従うことの良さを学ぶのが信心です。 

些細なことに気を取られ、大事な問題をなおざりにしては駄目です。信心の大道をふみはずさないで、いつでも正しい大筋を歩み続けていくことです。自分勝手、我儘勝手の信心は邪道です。正しいみ教えを聞き、実行に踏み切って下さい。

信心が汚れてくると理屈が多くなり、身体が動かなくなりますから用心が肝心です。理屈とこう薬は何処にでも貼り付くのです。言い訳は弱いものです。 

御教歌
よの人のさがなしごとをまた人に つたへてわれに罪なつくりそ

慈悲広大より

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くんげ会リトミック音楽隊

6月22日、10時15分から本堂でのお看経の後、おしゃべりサロンにて、毎月恒例の、くんげ会リトミック音楽隊を開催しました。 

子供9人。大人10人の参加でした。 

7月15日の子供お会式に向けて、みんな、頑張っていました!(T.A)

音楽隊リトミック

 

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信徒教養講座のご案内

明後日、23日(日)9時30分より渋谷乗泉寺講習会室において「信徒教養講座」が開講されます。

蓮華今年は「絵で見る妙講一座」をテキストに、妙講一座の理解を深めることを目的にして開催されております。今月は、「南無久遠本時」の御文がテーマです。

この御文段は、上行菩薩のお生まれかわりとして、日蓮聖人が末法の世へお出ましになったいわれ、久遠から受け継がれた妙法のご因縁、というものを教わる一段です。

私たちがなぜお祖師様をお慕いし、そのお姿にしたがってついて行く必要があるのか、そこのところをについて学ばせて頂きます。

受講の対象は全信徒です。積極的にご参加下さい。

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為さざるなり能わざるに非ず

為さざるなり能わざるに非ず (孟子)

なにかの問題に直面すると、勉強不足が身にしみてわかる。屋根の漏りは雨がおしえるという諺のとおりである。

勉強とは、①精を出して仕事のことに打ち込む。②学問に身を入れる。③商品を安く売るという説明が辞苑にのっている。わかっているつもりでも、しらずしらずのうちに不勉強になっている。

受持・所属内の信者のことは、上に立つものはよく知っていなくてはならない。きかれても、サア?という返事しかできないようでは、勉強不足と思い知るべきである。

新録のきれいな季節である。庭にでる折りも多くなった。すずらんに似た多年生の草花が「えびね」という名とは今まで知らなかった。不勉強というほどの問題ではないが、しかし、庭にある植物の名ぐらいは心得ておきたいものと感じた。一寸気をつけて勉強すれば、たいていのことは身につけることができる。

大山をこわきにかかえて大海を渡れ、といってもそれは無理な相談である。けれど、長老とか先輩のために、小枝を折ってささげることは誰にでもできることである。そのことさえ、出来ぬというのであれば、出来ぬのにあらずして、せぬというべきであろう。人生の大半において、できることをしないで不知といい、消極的になっていたのでは、恥ずべきかなというべきであろう。

不勉強は、結局、わが怠りというほかはない。この怠りのために、どれくらいの損を招いているか想像をこえたものがあるに違いない。

のみならず、他人に罪をつくらせる結果にもなりかねない。勉強という字そのものの意には、労して、更に力を加えることという意味で、楽をして、えられるものは、因果応報のみじめなむくいのみと思い知るべきである。

乗泉寺通信 昭和53年6月号より

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育児うつにも感謝して

私が沸立宗に入信させていただいたのは、夫の母からの強い勧めによるものでした。入信当時の私は、平成16年に誕生した長男の成長に伴い育てにくさを感じていたことから育児うつに陥り、育児に楽しさも見だせなくなり、それが重症化して生活そのものが楽しめない本格的なうつが1年以上続いている状態でした。

睡眠障害があり、思考カ・集中カも低下し、引き籠もりがちで、不安感・焦燥感に駆られ、当時4歳と2歳の2人の子どもを抱えながらも日々の生活が全く回らない状況でした。義母にはそれまで、本音で話せないでいた私ですが、自分でもこの状態から扱け出したいという思いから、義母にうつ病のことを打ち明けることにしました。

思い切って心の内を話した私に対し、義母は笑顔で「とにかくお寺に行きなさい」とお寺参詣を勧めてきただけでした。当時無宗教で、宗教には絶対に染まりたくないと考えていた私は、「乗泉寺に行って、南無妙法蓮華経とお唱えしなさい」という義母の回答に正直全く腑に落ちませんでした。

義母は私のうつ病を治そうと教化折伏の熱意を高める一方、生活面でも本当にいろいろと助けてくれました。全面軌に協カしてくれる義母への恩義から、同年4月に入信を決意しました。入信当初は信心も薄く、参詣もしない名ばかりの信者で、入信後も私のうつ病は改善することはありませんでした。

それどころかうつ病は一層重くなり、入信して半年が過ぎた頃から睡眠障害は強くなり、重い頭痛や体のだるさも加わり、人と会うのも辛くなり、強い不安感・焦燥感に駆られ、自責の念が強くなり、死んでしまいたいと思うまでになりました。

しかし、2人の幼い子どもたちを思うと〝何とかしなければいけない〝と思い直し、折角御法様にお出値いしたのだから、義母の言う通り、まずは御法様を信じ、信心改良に努めることにいたしました。朝、目が覚めたら無心で開門目指して世田谷別院へ向かい、御題目口唱を始めてみました。

朝参詣を始めて1ヶ月程すると、不思議と不安が落ち着き、再び精神科の受診を決意し、投薬治療にも前向きに臨むことができました。有り難いことに2週間ほど経つと薬も効いてきて、気持ちが軽くなり家事もこなせるようになってきて生活が戻り笑顔も出せるようになりました。

前向きに物事に取り組めるようにもなり、人と接することへの抵抗もなくなりました。自分の子どもには理想を追い求めるのを止め、ありのままの姿で受け入れられるようになり、再び愛情を持って接することができるようになりました。投薬開始後1ヶ月で、元の普通の生活が送れるようになりました。

私にとって、地獄にも思えた闇の生活から普通の生活に戻れたことが一番の御利益でした。家族への愛情や生きる喜び・楽しみを取り戻し、健康で普通の生活が何よりも有難いことに気づかせていただきました。今でも毎朝欠かさず御宝前に向かって、健康で当たり前に朝を迎えられたことを感謝し、一日の無事をお願いしています。

いろいろなことが好転し、3人のこども達が無事成長を遂げる中、4人目の次女を授かり今年の4月に無事出産いたしました。あれほど辛く感じた子育ても今では大変さの中にも幸せを感じて楽しみながら励んでいます。うつ病のおかげで御法様にもおであいでき、それを乗り越えた今、全てをありのまま受け入れ御法様にお任せする気持ちで、感謝の気持ちを忘れず、私がいただいたかけがえのない御利益をしっかり胸に止め、信心増進に努めて参りたいと思っています。ありがとうございます。(Y.A)

平成25年 開導会御利益談

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開導会奉修

6月8日・9日は乗泉寺において夏の御会式の開導会が合計8座奉修されました。梅雨の時期にも関わらず、2日間とも晴天のお計らいをいただき、総合計約5600名を越えるお参詣をいただきました。 

今回は支庁巡教・班長参詣強調の座、信寿会参詣強調の座、青年の一座などが奉修され、それぞれ多くのお参詣、御奉公をいただきました。 

一週間前より寺内清掃、またテントやテーブル等の設置等も行われました。そして教区、部内でも将引が行われました。特にテントはいつもより多く張られ、また紅白の鯨幕も張られるなど、お会式らしい雰囲気が出るよう沢山の方々に御奉公いただきました。 

また当日の早朝より各部署の準備・受付の御奉公をされた方々、参詣統計や信行相談、他寺院の案内、本堂での拍子木の御奉公、席上案内、エレベーター係、ご供養係、各部署での接待係、お供水係、救護係、境内やトイレ掃除係、霊堂係、シャトルバスの誘導や車の交通整理をされた方々。 

にこにこパークやベビールームで御奉公された青年会やあゆみ会の皆さん、元気な挨拶でお参詣者を出迎えてくれたスカウト会の皆さん等々、多くの御奉公者が教講一体となって無事に開導会が奉修させていただくことができました。ありがとうございます。 

今回は他寺院のお参詣がとても多いことが予想されたため、寺内のご信者方は駐車場の使用を遠慮いただき、またご供養もお持ち帰りしていただくことになり、大変ご不便をおかけしたことをお詫び申し上げます。 

次回は7月15日に子どもお会式が奉修されます。近くの対象者がおりましたら、是非声をかけて、御披露をしていただきたいと思います。お寺で皆さんのお参詣をお待ちしております

各部署に御挨拶される御導師各部署に御挨拶される御導師②

 

山門からの参詣者境内の参詣者

 

 

 

境内の参詣者②ニコニコパーク

 

 

 

お参詣の風景御法門を拝まれる御導師

 

 

 

 

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一人と多数

多勢に無勢で、多数と少数の力比べは多数が有利にきまっています。しかし盲人を十人寄せても一人の目明きにかなわぬときがあるように、烏合の衆では多数でも負ける場合もありましょう。一人だから、少数だから負けるのは当然だときめてしまうのはどうかと思います。

仕事によっては一人で充分できるものもあります。協同作業でなければ運営できないのもあります。最初は一人で始めたものも発展して多数の協同作業体に変わるものもあります。そんな場合に自分一人で始めたのだからと協同作業に変わった現在の性格を忘れて、ワンマンでやれると思い込んでいると、とんだ失敗を招くことがあります。

独裁で成功しても独裁で終わりを全うできるとはかぎりません。一家の主婦などは主人や家族とで協同処理する家事と、自分一人でやる家事と一人で二役も三役もの使い分けもやるのです。

信心行では「異体同心なれば万事を成ず」という協同体制下の修行面と、一人の改良は万人の改良というただ一人で率先垂範する修行面とがあります。信者はそのどちらの場合にも即応できるご奉公の鍛練が大事です。

組織の整った中で育った信者は、組織のない場所へ移転でもすると、とたんに手も足も出なくなるのがあります。大会社の組織の中で働いている人は、創業時代の人々のような自主独往の気慨が欠けているのが多いのと同様です。

ですから異体同心の心構えや、その実践に必要な注意事項を一歩一歩積み重ねる苦心や努力をするとともに、一方では事なかれ主義になったり、機械の部品みたいになったりする組織体から受ける弊害を極力防いで、いつでも、どこでも一人立ちができる信者になることが大事です。

釈尊は「唯我一人能為救護」といわれお祖師様は「日蓮さきがけしたり、吾党ども二陣三陣これに続け」とご策励くださいました。裟婆の衆生の苦悩を取り去る責任は自分一人にあるという貴いお考え方です。

ですからそのお流儀を学んで自分一人でもやるという気慨が大事で、それがないようではお弟子信者の資格も影がうすくなります。異体同心を必要とする協同体で協調精神が肝心ですが、他方、自己の能力を伸ばす努力も大事で、その双方が結合されたとき、より大きな力となって大功徳が涌き出します。

個人個人の持ち前や能力を抑制するような団体は、烏合の衆になる心配があります。ですから理想的な信者の集団は個人の力も、多数の力も、それぞれ立派に発揮できるものにしたいものです。

教区活動や宗門全体の運動に喜んで協調する訓練をすると同時に、一人一人でも立派にご奉公をやり通せるように信心の鍛練をしたいものです。素直に右へならえができても、一人になると意気地のないのも困りますし、その道に我ばかり強くて協調精神のない人も功徳の積めない困った人です。

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開導会のご案内

境内風景今月の8日(土)・9日(日)の両日にわたり、「開導会」が合計8座奉修されます。この開導会は日扇聖人のご恩に報いるために全信徒が願主となって奉修させていただくものです。

日扇聖人は、「釈尊の御使い宗祖也、門祖の御使い清風なり」と仰せです。

仏様のお使いは高祖日蓮大菩薩であり、日蓮大士のまことのお使いは門祖日隆聖人であり、そして門祖聖人のまことのお使いは清風(日扇聖人)であるとお示しです。

日扇聖人は文化14年(1817年)京都でご誕生になりました。幼名は大路仙二郎、文人雅号を長松清風、得度の後は無貪(むとん)清風と名乗られ、日蓮聖人、日隆聖人のみ教えの清き流れをそのまま受け継がれ、安政4年(1857)に本門佛立講を開講なされました。

当宗では、日扇聖人を「開発教導」の祖とお敬い申し上げているのです。こうして御仏のみ教えをいただき御利益を感得できるのも、日扇聖人の並々ならぬ御弘通のお陰なのです。また今年は、平成29年にお迎えする日扇聖人ご生誕200年慶讃御奉公の初年度にもあたりますから、大恩に報いるために全信徒でお参詣、御奉公に励ませていただきましょう。 

尚、8日第2座(10時)は、支庁巡教「班長参詣強調の座」が三郷・尚立寺御高職・川手日廣導師、御唱導のもと奉修されます。班長さんが主体となって勤まる一座ですから、班長としての意識を高めるためにも全班長さんはこの座にあわせてお参詣いたしましょう。

9日第2座(10時)は、「信寿会参詣強調の座」が川崎・清證寺御高職・川井日陵上人、御唱導のもと奉修されます。信寿会とは、ベテランの御信者が集う会です。会員のみなさん。後継者育成のためにもこの座にお参詣していただき、御信者のお手本を見せてください。

9日第4座(13時より)は、「青年の一座」が川口・照妙寺御高職・植田日事導師、御唱導のもと奉修されます。一座の中で乗泉寺青年会の活動PRが企画されており、若い人向けの一座となってます。お子さんお孫さんにお参詣をおすすめください。

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大本寺奉仕開催される

去る5月28日から30日まで、第2回大本寺奉仕が開催されました。今回の加行者は24師で、乗泉寺で以前御奉公されていた御住職方や、乗泉寺での御奉公経験のないお講師方、また遠くは北海道、得度されてから間もない方など、経験、地域、年齢が様々なメンバーが乗泉寺に集まり、異体同心で御奉公に励まれました。

この大本寺奉仕の目的は、佛立開導日扇聖人ご生誕200年慶讃・佛立第十五世講有日晨上人御33回諱報恩ご奉公の一環として、門末信廣会の中心であり、信心の故郷である大本寺乗泉寺御宝前に親しくお給仕の誠を尽くし、乗泉寺門末信廣会教務として異体同心の和をはかること。

また、本寺教務部と懇談会を開き、先輩としての日常のご奉公や勉強のよきアドバイスを与えつつ、後輩からは情熱や意欲、活力を受け、生涯現役のご奉公の糧とすること。さらに若手教務師に乗泉寺に於いて御法門拝読の機会を設けることにあります。その為、期間中の朝夕のお看経の御法門は、乗泉寺で御奉公経験がない教務方に拝読していただきました。

講義1日目は加行者一同で、夕方の御宝前のお清め、そして4時からの夕看経に励まれ、若手のお教務さんが御法門を拝読されました。

夕食後、小松川・清秀寺ご住職、岡本日苑導師より弘通史のご講義がなされました。


行道の様子2日目は朝のお清めのご奉公と晨朝勤行に励まれ、御法門が拝読されました。朝食後、春日部・妙信寺ご住職、白石日柔導師より、ご講義がなされました。

その後3班に分かれて新座別院、八王子別院、多摩親会場へそれぞれお助行のご奉公をされました。


帰山後、夕方のお清め、夕看経、御法門が拝まれました。夕食は乗泉寺教務部と交流をし、ご奉公の意見の交換などが行われました。

加行者一同

3日目も朝のお清めのご奉公と晨朝勤行、御法門が拝まれました。

その後、世田谷別院に移動し、日歓上人祥月御命日総講に一同でお参詣され、第2回大本寺奉仕が無事終了しました。

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