恩師・日慶上人

日慶上人御13回忌
先住である恩師・井上日慶上人の御13回忌にお参詣させて頂く為に有給休暇を取り、当日に臨みました。

台風の影響で天気が心配されましたが、暑くもなく涼しいくらいの曇り空でした。


思い出すと12年前に上人がご遷化なされた10月22日もこの様な天気でした。何故覚えているかというと当時、毎日朝参詣をさせて頂いていて、朝から寺務所の電話が引っ切り無しになっていて境内で空を虚しく仰いだ記憶があるからです。
 

お看経のお導師であった上人に、少しでも多く口唱させて頂こうと思い、法要の1時間前より本堂でお看経をさせて頂きました。早く到着したこともあり、親族席の後ろに座ることが出来ましたが空席になっていた所に、井上日慶上人ご本人とご内室の淳子様、娘様でご奉公をなされていた津田寿子様が寂光よりお参詣されているのかな・・・と勝手に考えてしまいました。 

第13回忌法要の奉修導師をお勤めになられた小山御講尊がおっしゃられていた『よいお看経』を早速実践してみると、日慶上人がご存命の当時ガンガンお看経があがり、バンバン御利益を頂いていたあの頃を思い出しました。日慶上人より「しっかりせぇ!!」と言われたようではっとしました。 

平成の大法難を先頭に立ち、宗門及び乗泉寺を正しく導いて頂いた大御導師、日慶上人のご奉公を忘れず、しっかりと受け継いでいかなければなりません。法要が終わったから終わりでなく、終わりは次の始まりと川口御導師がおっしゃるように、これからの乗泉寺そして、本門佛立宗を我々が担わなければなりません。 

全くまだまだな自分ですがご信心に気張りたいと思います。(あゆみ会 K.T)

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佛立信者の臨終のスガタ

先日、93才で亡くなった塩野さんは、昭和60年に新座別院に移籍して来られました。その頃から、部内の方々に「塩野さんのおばあちゃん」と呼ばれて親しまれていました。

「塩野さんのおばあちゃん」は、数年前からお一人での外出は控えられていましたが、お寺参詣やお講席も車でお迎えに伺えば喜んでお参詣されていました。ご自宅の御宝前のお給仕も、娘さんに任せることなく、全てご自分でされ、ご尊像のお綿かけ、お綿はずしも最後まで御奉公なさってました。

亡くなる前日もいつもの様に、朝起きると自分で布団を上げ押し入れに片付けて、身支度を整えると、まず一番に御宝前のお給仕をされ、朝のお看経を済ませてから朝食をいただくという、いつも通りの生活をされ、昼食の後、テレビを見ながらお昼寝をされました。

ところがその日は夕看経にも起きず、夕食の支度ができても身動きせず様子がおかしいので、すぐに救急車を呼び病院に運ばれました。そして一日入院して、翌日の深夜に眠るように静かに息を引き取りました。

亡くなる前日まで自分の事は全て自分でされ、毎日欠かさずに上げているお看経もされて、誰の手もわずらわせることなく、眠るように寂光に旅立たれたお姿に部内一同感激して、見習わせていただかなければと思いました。

御教歌
あひがたき みのりにあひて 唱死 する身となれる 我ぞうれしき

信行体験談集 涌出 第25号より

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日慶上人御十三回忌法要

昨日、10時半より佛立第22世講有日慶上人の御十三回忌法要が講尊・小山日誠上人ご奉修のもと厳粛に勤まりました。当日は、梶本御講尊をはじめ、宗務総長・木村日覚導師、教務局長・亀井日魁導師もご参列に加わり、乗泉寺、門末信廣会の教講あわせて500名を超えるお参詣がありました。

日慶上人御十三回忌法要祭壇

 

 

 

お参詣者一同で、日慶上人に報恩の御題目をお唱えさせていただき、御弘通への気持ちを改めました。

法要風景法要風景②

 

 

 

法要風景③ 法要風景④

 

 

 

御焼香が小山御講尊、梶本御講尊、当山住職、宗務総長、教務局長、信廣会会長、信廣会幹事長の順に行われました。

小山御講尊 御焼香 梶本御講尊 御焼香

 

 

当山住職 御焼香小山御講尊 御法門

 

 

 

 

お看経後、信廣会幹事長、乗泉寺住職の挨拶があり、小山御講尊の御法門を拝聴させていただきました。

御教歌
勤むれば 嫌ひもやがて 好きとなる 好きをするのが 楽しみとなる

日慶上人は御題目をお唱えなさることがとてもお好きな御導師で、私どもも日慶上人に見習って御題目口唱を楽しみとできるよう、正しいお看経の仕方をお教えいただきました。

法要後、信廣会の御導師方の集合写真の撮影がされました。 

信廣会 御導師方

 

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日慶上人にいただいたお言葉

ありがとうございます。私が日慶上人からいただいたお言葉をご披露させていただきます。 

一つ目は仕事に関する事で、「仕事が靴の関係の事ならば、お参詣が増える為のご奉公、ご信者さんがお参詣し易くなる為のご奉公をさせて頂くと良いですよ。お参詣の時は必ず靴を履いてお参詣する。だから、そういったご奉公をさせて頂いていれば必ず仕事もうまくいくから。」というご指導を、平成6年9月の甲の御講のお席を受けさせていただいた時にいただきました。 

乗泉寺本堂二つ目は、御奉公に関する事で、「今させていただかないでいつ御奉公させていただくんだ。『時間が出来たら……』とか言っている場合ではない。今させていただかなければ御奉公させていただく時がなくなってしまう。」と平成11年1月の開講記念総講で、いつもウィットに富んで優しい日慶上人のいつになく厳しい一言が心に刻まれました。

三つ目は、口唱に関する事で、「これはすればする程上手くなるんだ。これからも頑張りなさい。」と、平成11年の9月の甲のお講で初めてお拍子木の御奉公をさせて頂いた時に励まして頂きました。 

三つのお言葉それぞれが、私生活で大きな転機を迎えている時期の事で、素直に実行させていただいた事で、お計らいをいただいて良い方向に向かっていく事が出来ました。 

今でも、三つのお言葉が強く心に残り、今私にとってご信心中心の生活をさせていただけている大きな指針となっています。これからも、このありがたいご信心を周囲の人、次の世代に伝えて行けるよう精一杯ご奉公させていただきます。(Y.N)

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信徒教養講座のご案内

さざんか今月19日(土)9時30分より渋谷乗泉寺講習会室において「信徒教養講座」が開講されます。

今年は「絵で見る妙講一座」をテキストに、妙講一座の理解を深めることを目的にして開催されております。今月は、「日月偈」の御文がテーマです。

この御文段は、如来神力品第二十一の結びの御文で、本門の大法をお弘め遊ばされた日蓮聖人の御徳を讃歎し、更にこの大法を頂いて信心修行する人の功徳を表されたものです。妙講一座の中でも最も短い文章ですが、上行所伝の御題目を頂くお互いご信者にとってとても大切な意味がこめられてあります。

受講の対象は全信徒ですので、万障お繰り合わせの上ぜひご聴講下さい。

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麻布での開筵式

日歓上人が明 治34年に住職となられたころの乗泉寺は麻布桜田町にあり、荒れ寺でした。しかし、日歓上人が御題目口唱第一の御弘通に励まれると、信徒がますます増え、新本堂建立の計画がされました。日歓上人は、その後を日晨上人にお委ねになり、そして、昭和2年5月7、8、9、10日の四日間にわたる開筵式が盛大に執り行われました。

その際の記念写真を、先日あゆみ会のTくんがスキャンしてくれましたので、数回にわたっていくつかご紹介させていただきたいと思います。

麻布法城日歓・日晨両上人、宮武氏

 

 

 

写真左:麻布時代の乗泉寺
写真右:右から日歓上人、日晨上人、宮武支部長
記念品、ポスター準備御奉公
写真左:記念品、ポスター
写真右:各部署での準備御奉公の姿
教務部教務名
写真左:当時の教務部
写真右:教務師の名前
開筵式準備委員 佛立第7世講有西村日淳上人をお迎えして
写真左:開筵式準備委員会
写真右:佛立第7世講有・西村日淳上人をお出迎えする教講
青年会、各御奉公者少年団、各御奉公者

 

 

 

写真左右:青年会、少年団、各部署での御奉公者

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お祖師様・日蓮聖人

開導聖人御染筆御軸お祖師様は、この上行所伝の御題目をお弘め遊ばされるに際して「蓮長」という御名を「日蓮」とお改めになられました。

この「日蓮」という御名にも深い御意があります。それは本化菩薩の御生まれかわりということを表わされたものです。お祖師様は、
「一切の物にわたりて名の大切なるなり、乃至、日蓮となのる事、自解仏乗とも云つべし」
(寂日房御書)
とお示し遊ばされています。

何事によらず名前というものは大事であるが、いまここに日蓮とわたしは名乗っているが、この名前には、仏の教えの真実の御意をはっきり会得したわけがある、と仰せられたのです。

つまり仏様の本当の教え・本門法華経の御意を顕されたものであります。

四条金吾女房御書には「日蓮」という名のわけを述べられて、「明かなる事、日月にすぎんや、浄き事、蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり、故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり」とお示しになっています。

法華経本門の教えは、太陽と蓮の花のような効用があります。太陽はこの世を照らして人々に光を与えます。法華経の教えは煩悩の闇に迷うわれわれに光を与え、行くべき道を示されます。また、太陽は地上の一切のものに熱を与え、その生命を育み伸ばします。

法華経本門の教えは、お互いの心の奥深くにひそんでいる仏性を育てあげ、凡夫を仏にまで育てあげる力があります。更に太陽が空高く在ってまどかに一切下界を見守っているかのように、ちょうど本門の大法がわれわれを守護し給うのです。

また、蓮華というものは泥池に美しい清らかな姿を現わしています。これは本門の御題目は末法悪世に現われ、濁った汚ない世の中を浄化する効用をあらわしたものです。また、蓮華の蓮はハチスの種でもあります。これは一切衆生成仏の種・本門の御題目の効用をあらわしたものです。

このように、日の徳・蓮の徳という本門法華経、本門八品上行所伝の御題目の功徳をそのまま身に体して、一切衆生を助けるために、久遠本仏の命令に従って、この世に出現されましたのが、本化上行菩薩です。そしてわれわれと同じ人間に生まれ大法弘通を遊ばすために、ここに俗界のならわしに従って名を「日蓮」と称されたのです。

本化上行菩薩は、人界に生を受け、日蓮と名乗らねばならないことは、御経文に明らかに示されています。法華経本門八品のはじめ、涌出品には、
「世間の法に染らざること蓮華の水に在るが如し」
とあります。また、本門八品の終りに近い神力品には
「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く」
とあります。

これらの御文が日と蓮との御名の出所であり、滅後末法下種の導師・本化上行菩薩の御徳を表現した御文です。上行菩薩のご再誕であらせられるお祖師様としてはどうしても「日蓮」と名乗らなければならなかったのであります。

御教歌に
わが祖師の 御名は日蓮 世の人の こゝろのやみを てらす妙法
(本門佛立宗・機関雑誌 大放光社刊 御法門用語の解説より)

10月の13日はお祖師様の御祥月命日です。乗泉寺では渋谷で10時半から御総講が奉修されますので、報恩の気持ちでお参詣させていただきましょう。

尚、お会式は11月9日・10日にお寺全体を挙げて奉修させていただきますので、今からご予定に入れていただき、またご家族・友人にもお声かけいただき、誘い合ってのお参詣をお待ちしております。

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北海道二ヶ寺へ御参詣

帯広寺の本堂にて去る9月15・16日、第2ブロックは32名の御信者で北海道へ団体参詣させて頂きました。今回の北海道団参は、帯広・帯広寺、釧路・尚信寺の2ヶ寺の乗泉寺巡教でした。

9月15日大型台風20号の中、羽田を6時10分に出発し空路帯広へ、羽田空港は雨でしたが、帯広空港は曇りでした。

奉修導師のお徳を頂き、雨も降らず、帯広寺の高祖会にお参詣させて頂きました。御法門は「臨終の 時にあらはす 寂光は 信者のつねの 行にあるなり」で良い臨終の姿をお手本として日々の信行御奉公に励む大事を教わりました。 

無事1ヶ寺目のお参詣を済ませ、陸路(レンタカー)で釧路ホテルへむかい、途中めったに見ることが出来ない野生の鶴を見ることが出来ました。

釧路ホテル到着後は、釧路名物炉端焼きを堪能しました。2日目は、釧路・尚信寺の高祖会にお参詣、2日目も奉修導師のお徳を頂き、お会式中は雨も降りませんでした。御法門は、「講中を たがひにすゝめ はげまして 御恩報じの 奉公をせよ」で、お互い御信者同士のお付き合いの仕方はお折伏を頂いたり、相手にもお折伏をさせて頂くという関係でなければならないことを学びました。

こうして、無事2ヶ寺のお参詣をさせて頂き、陸路(レンタカー)で阿寒湖へ、台風の影響で雨が強くなり、霧も発生し、車も少なく心細くなりかけた頃、阿寒湖のニュー阿寒ホテルに到着しました。

3日目は、台風も去り、すがすがしい朝日を浴び、遅めの朝食を取り、10時にホテルを出発、途中鶴の里、釧路湿原展望台、釧路和商市場に立ち寄り、釧路空港から羽田空港へ事故もなく無事に帰宅することが出来たのも帯広寺、尚信寺の高祖会にお参詣させて頂いた功徳だと感得しました。

第2ブロック M.N

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自慢はほどほどに

人間はどうしてこうもことごとに自慢がしたいのでしょうか。くだらぬことを得々と吹聴して歩いている人は、実に多いものです。また、それに調子を合わせておだてたり、ベンチャラをいったりする物好きも相当あるので、自慢屋はますます調子に乗り、増加する一方です。実際は聞き手も馬鹿ばかりではありませんから、お腹の中ではあきれかえっているかもしれません。すると本人だけがいい気になっているわけで、それだと漫画の材料です。

ある御経には三つの驕逸(たかぶり)が説いてあります。壮年驕、無病驕、活命驕の三つです。
壮年驕とは青春に酔いしれて、刻々と老いつつあることを忘れているオッチョコチョイ。
無病驕とは現在健康なのを自慢の種にしている人で、いつ訪れてくるかわからぬ病苦のことを忘れているのんきな人。
活命驕とは、いかに養生してもしょせんは死なねばならない体であることを忘れているごとく、自分だけはなかなか死なぬといい気になっている人のことです。

んな心だと、必ず油断ができ、勉強を怠たったり、道草を食ったりして人間のみが持つ崇高な使命などのことは考えてもみないで、一生を終わるでしょう。自慢する価値のないものをいい気で自慢していると、もっと大事なものを失います。

「四ばこりは学文ぼこり古ぼこり役にほこると金にほこると」(御教歌)

学のあることを誇示したくてしかたのない人、年代の古いのを自慢する人、役柄をいばる人、財産を見せびらかしたくてうずうずしている人、こういうことを信者のくせに自慢したがるのは、信心上大切な宝は何かということを忘れていて、世間的な形骸的なことの方に心が傾いているからです。内容の吟味を忘れて外観だけをいばるなどは子どもじみた話で、もっと上手のいることがわかればみっともなくて自慢などしていられません。

だいたい、自分一人の力でえらくなったのならともかくも、世間のことは他の協力なくして上達するものは一つもないはずですから、すぐれた点があったらまず協力者に感謝するのが第一です。それを自慢のみが出てくるなどは、信心道の一階にも達していない証拠です。

「今日を無事にくらせる御利益を 忘るる間なく信行をせよ」との御教歌の心をよく味わってほしいものです。ある年寄が長寿をたたえられたとき、親が丈夫な体に生んでくれたのでと、まず親に感謝をしていました。

自慢家さんならまず私の長寿法はなどと一言自慢から始めるでしょう。自慢したい気持をおさえる自制心がないと心からありがとうございますという信心の境地には入れません。したがって社会福祉のため、ご弘通のためなどに寄付をしたり協力する心は、心底からわきません。だれでも自慢したい心のない人はありますまいが、それはあまり立派な精神ではないのだと自覚することが大事なことです。

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10月に入りました

大分、気候も秋めいてきました。本日から衣替えで、その名の通り教務(僧侶)一同は冬用の衣に一斉に替えさせていただきました。各ご家庭でも衣服や靴、布団や電化製品などの入れ替えをされることだと思います。

飲み物の衣替えそういえば、先日、飲食物の衣替えというのがテレビで放送されており、自動販売機のお茶やコーヒー類は、アイスからホットの表示へ。飲食店では鍋などの温かい食べ物を増やし、コンビニではおでん等が本格的に売り出されるそうです。

このように日本人は四季が織りなす風土の中で、衣食住にわたり衣替えの文化を自然と育んできたようです。

お互いも御奉公成就のためにも、寒さによって体調を崩さないよう、衣食住にわたっての衣替えを心掛けていきましょう。 

さて、今月の13日は、日蓮聖人の御祥月命日です。また、22日は日慶上人の御13回忌ご正当です。私達は仏様、お祖師様(日蓮聖人)はもとより、多くの先師聖人、先輩のご信者さんのお陰で、こうして御信心に励め、御利益をいただくことができるのです。

その御恩を全身で感じることで、感謝の気持ちが心に湧き出て、謙虚で明るく前向きな心でご信心に励め、あらたな御利益という幸せがめぐり廻ってくるものです。

お互いに、御恩を強く感じられるよう口唱に励み、そして御恩に報いるお教化の御奉公に前向きに励んでまいりましょう。

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