お助行をいただいて

カワミドリありがとうございます。私の母がいただいた御利益談を発表させていただきます。

母は今年83歳になります。母が80の時、心不全を二回起こし入院しました。先生は「心臓の弁膜取替手術を受けなければ今年一年ですね。お年なので手術は無理でしょう」とおっしゃいました。退院して自宅治療が始まりました。 

母は信行相続二代目信者です。ここでお計らいをいただきました。往診の先生が「手術を受ければ楽になりますよ。病院を紹介しましょう」とおっしゃったのです。母はおととしの八月に手術を受けました。

入院してからは、お講師、ご信者さんが御祈願を掛けてくださり、また、太田さんというご信者さんは毎日母の御宝前にお助行してくださり、手術当日は、一日中お助行してくださいました。部のご信者さんもお寺やご自宅で御題目をあげてくださいました。

人工心臓を付けて手術する為、脳梗塞を起こすリスクがありましたが、お講師、ご信者さんのお陰で無事手術も終わり、順調に回復いたしました。

また、昨年の十月には手根管症候群で両手を手術しましたが、こちらも良い病院を紹介していただき、順調に回復しております。

母は一人でお寺にお参りに行く事が出来ませんが、御宝前のお世話は出来るようになりました。母がこんなに運が良いのは、一生懸命にご信心を続けて来た事とご信者さん達が助けてくださったお陰と感謝しております。

私も母の様にご信心を続けて行きたいと思っております。母を抱えてなかなか思うように動けませんが、これからも宜しくお願いいたします。ありがとうございます。(Y.K)

御教歌
今日を 無事にくらすも 法華経の 御利益也と いふをわするな

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乗泉寺宝物「得福」

開導聖人掛け軸落款1落款2落款3先日は、乗泉寺宝物の「竹と雀」という絵の掛け軸をご紹介させていただきましたが、本日は、「得福」という書のご紹介をさせていただきます。

開導聖人は、平安人物誌(当時の一流の芸術家たちを載せた名簿)に名を馳せるほどの書家で、たぐいまれなる才能の持ち主でした。

この掛け軸は、約縦1m幅60cmぐらいの大きさです。お書きになられた年代は伝わってません。

素人目に見ても、ダイナミックな筆遣いと、しなやかな曲線美とが、見事なバランス感覚で描かれていて、作品の醸しだすパワーに圧倒されます。

 

二枚目の写真は、作品の左下にある落款の部分を拡大して撮影した物です。

落款とは、落成款識(らくせいかんし)の略語で、書画を作成した際に製作時や記名 識語(揮毫の場所、状況、動機など)、詩文などを書き付けたものです。(wikipediaより)

上にある赤抜きの落款は「長松堂」と書かれていて、開導聖人の堂号です。

下にある白抜きの落款は、開導聖人全集にもよく拝見される物で、きっとお気に入りのトレードマークのような物だったと想像されます。

 

 

ひょうたんの形が何とも可愛らしいく感じられます。先日もお伝えしましたが、開導聖人は宗教家という枠を超えて、超一流の芸術家でもありました。

このようなオシャレな感覚の持ち主であられたわけですから、当時開導聖人を師事していた人たちは、こうした感性にもグッと引きつけられて、心を魅了されたのではないかと推察されます。

 

 

この落款は、関防印といって、作品の右肩に押捺します。刻字は、自己の好む句、または、心境を表す語等を使います。

ただ残念ながら、私たちの勉強不足のため、この字を解読することが出来ませんでした。

どなたか、この字を読める方は、是非メールで教えていただきますようにお願いします。

また、書評についても素人なので、見識のある方は、是非コメントをお待ちしています。

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春季彼岸会が奉修されました

お墓参り本年も世田谷別院、八王子別院で彼岸会が奉修されました。

当日は晴天に恵まれましたが、気温が低く、寒さと戦いながらの御奉公でした。

そんな中、沢山のご信者がお参詣をされ、花や線香をお求めになり、教務さんからお塔婆を浄書していただいて、お墓にお供えされておりました。

 

最近では、先祖を弔う風習が薄れて来ている世の中ですので、そんな中寒さを我慢しつつお墓参りをするご家族を見ていると、こちらとしても大変嬉しく、随喜する思いです。

彼岸会は、春分、秋分の日を中心に前後の一週間、日本では先祖供養のため、家族でお墓参りをする習慣となっております。

この彼岸会は、日本で生まれた習慣で、古くは延歴25年(806年)3月17日に、勅命により崇徳天皇追善のために行われたと記録にあります。 

ところで、「彼岸」は正しくは「至彼岸」といい、功徳によって此岸(娑婆世界)から彼岸(寂光浄土)に至ることを意味しております。

お祖師様日蓮聖人は
「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんばかなふべからず」
とお示しで、上行所伝の御題目の船でなければ「彼岸」へ渡れないと仰せです。

私たち佛立信者は、ご先祖の回向とともに、自分自身も迷いなく「彼岸」に渡れるように、日頃から御題目口唱をしっかりとさせていただくことが大切です。 

御教歌
かのきしに わたす御法の 舟歌は きくもいさまし 南無妙法蓮華経 

(乗泉寺通信 平成26年3月号6頁参照)

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ものおしみ

美人は、みんなにチヤホヤされ金持も多くの人にモテます。しかし吝嗇(りんしょく・ケチの意)で手前勝手で温か味がなかったりすると、しまいには愛想をつかされて、美貌もお金も魅力を発揮しなくなります。

愛されるのには、まず他を愛する人にならねばだめです。夫婦間でも、親子の間でも同様です。老人と若人との摩擦でも、むろん、若い側の未熟さが原因している場合もありますが、年寄りの側にも、相当考え方の間違いがあるものです。

老い先の短い年寄りだから、若い者こそ老人にサービスすべきだと一途にきめています。ところが、なかなか若い者は年寄りの思うようにはやってくれない。それで老人は愚痴や不平をいうのです。

そんなときに、こちらが与えなければ、相手も与えてくれないということを、とくと考えてもらいたいのです。金品を出せなくとも、精神的な贈り物は、いくらでも出せます。それを出し惜しみして、要求ばかり考えていると、その要求が通らぬばかりでなく、親子間にヒビがはいって、不幸を招きます。

苦を厭わず、若い者の手助けを本気でしてやるのがよいのです。その努力を死ぬ間際まで続けるのです。一回限りでやめないで、何回もするのです。しかも、カビが生えないように、日々工夫をして愛情の新鮮さを保つのです。

そうするとかえって自分がいつまでも愛される結果になるのです。親だからと子どもに親切の出し惜しみをしてはだめです。勤労者も執務時間中は、精一杯骨惜しみなく働くのが幸福の鍵です。

信心では不自惜身命です。御法様のお喜びをいただくように、倦まず弛まずおつかえをする。それが御利益をいただく道です。

「ほねをしみ すこい事して むくはぬと 思ふは因果 しらぬものなり」
と御教歌にお示し
で、こちらの出方が大事です。ですから、信心では 「物惜しみ」を厳戒します。ロ唱は、声も惜しまず唱うることが肝要で、すすんでたくさんロ唱ができるよう努めねばいけないのです。また、

「のりの為 ひまほねをしむ 人たちの 何んのいのちを 捨るものかは」
と御教歌にありますが、ご奉公の時間を惜しんだり、身体の労苦をきらって、ご奉公を億劫がったり、不精をする人は、不自惜身命の積極性も熱意もない信心ですから、御利益はいただけません。ですから

「惜まるる 心にかちて 目に見えて 供養参詣 するが折伏」
という信心ぶりに、ぜひ改良してほしいのです。

生活建直しの場合でも、まごころの出し惜しみ、研究心の出し惜しみ、不勉強、善事を億劫がってしないことなどの短所のあることに気がつくことが肝心で、物惜しみの損害の大きいことをよく悟った信者にならないと、信心したかいがありません。ご用心、ご用心。

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リトミック in 世田谷

リトミック3月16日日曜日、各自で世田谷別院のお総講にお参りした後、午後1時からくんげ会のリトミックと音楽隊の練習が始まりました。

子供たちは10人の参加で、小さい子供たちも多かったのですが、この三月で小学校を卒業するお姉ちゃんが、みんなを上手にまとめてくれていました。 


また、ドレミのうたを練習していた音楽隊は、とても集中して、鍵盤ハーモニカや木琴を弾いていました。 

こども音楽隊大人の参加も11人といつも以上に多かったので、四月の門祖会の際に開かれる、新一年生入学式の将引のために郵送するメッセージカードを作りました。 

夏には青年会と合同で、お泊まり会も開く予定ですので、子育ての中の一コマに、是非くんげ会を活用してくださいね。(くんげ会T.A)

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教化祈願参詣デー

ジンチョウゲ宗門では、来る平成29年にお迎えする開導聖人御生誕200年慶讃御奉公として佛立開花運動が展開されております。

咲かせる花は、「お教化の花」「正宗徒増加の花」「役中後継者養成の花」で、乗泉寺でも「お教化の花」を咲かせる運動に力をいれております。

お教化をさせて頂くためには、お参詣の功徳を積むことが不可欠で、乗泉寺では、毎月12日を「教化祈願参詣デー」としてお参詣の強調日に指定しております。日常的にお参詣をされているご信者さんも、この日ばかりは、お教化の思いをもってお参詣の功徳を積むように心掛け、一人一戸のお教化が成就できますように御祈願参詣に励みましょう。

また、「教化祈願参詣デー」は乗泉寺賞の対象にもなり、本堂前に設置してある用紙にお名前を記入していただき、統計を各ブロックごとにまとめて一番人数の多いブロックが乗泉寺賞に加算されます。

これまでのお参詣数は、渋谷本寺、各別院、親会場あわせて2月12日が463名、3月12日が533名となっており、普段のお参詣数よりも、120名から210名ほど増加しております。

少しずつ認識が高まってきてはいますが、まだまだ周知されていないのが現状です。今一度、部内班内のご信者さんに「教化祈願参詣デー」を広く知っていただけるように声を掛けさせていただきましょう。

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3月1日御総講の御法門

3月1日御総講にて、川口御導師の御法門を聴聞させていただきました。

「よのなかに  いきてかひ  あるわが身かな み法のために  けふ(今日)もくらしつ」

かすみ草

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(大意)
この度の一生は、御法の為の人生ですから、御題目を一心にお唱えして毎日ありがたいなぁと思える、
生き甲斐のある人生を送りなさいとお示しの御教歌でございます。

 

毎日を無事に暮らすことができてありがたいと思うことが大事です。

そのありがたいという感謝の思いを、御宝前に向けて御題目口唱という形にあらわし、
さらには感謝の思いを人にも伝える菩薩行に励むことが肝心と、教えて頂きました。

 

毎日欠かさずに御題目をお唱えすることは簡単なようで簡単でないのかもしれません。私もウトウト眠かったり、他の御奉公が忙しかったり、お看経に身が入らないことも少なからずあります。

ですが、毎日口唱に励むことが私自身の使命でもありますから、毎日気合いを入れてお看経に励んで、生きがいのある教務人生を送っていきたいと思います。(k.t)

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婦人会の御奉公を通じて

ありがとうございます。私は第4ブロックの婦人会会長として、婦人会本部でご奉公をさせていただきました。1ブロックから、さらに全11ブロックという大きな場で学ばせていただくことになりました。

そのご奉公で学ばせていただいたこと--それは信者として、また一女性として、人生経験・職業など、さまざまな年代の多くの諸先輩にご教示いただいたことです。

婦人会本部の主なご奉公は、全国から乗泉寺へお見えになるお導師・お講師方のお給仕と、お会式での他寺院接待ですが、そこには女性ならではの気配りや思いやりが求められます。

立ち続けの長い1日の終盤、ご奉公者全員、暗黙の了解で、急須や湯飲み茶碗であふれた水屋を、手際よくさっとピカピカに片付けた時の安堵と喜びは、何ものにも代え難いものです。

歴代婦人会本部の先輩達の気配りを、今、私たち世代は謙虚に学び、伝えていかなければいけないと痛感しております。

私は、お参詣させていただく際に、いつも自転車で善福寺川沿いを走り、駅へと向かいます。

朝焼け川沿いに咲く四季折々の花々、川面に遊ぶ野鳥、朝焼けにかすむ新宿副都心を背に、駅へ着く頃には空が真っ赤に染まります。

凛とした大気のなか、自然も動植物も人間も、渾然一体になった世界は、それはもう得も言えぬ美しさに輝いています。


もし、朝当番のご奉公がなければ、川辺の美しい景色さえ見ることはできなかったでしょう。

もし、幼少より見守っていただいている地元教区の、皆様のご支援がなければ、こうしてお話をさせていただく機会はなかったでしょう。

もし、同世代の友人とだけの付き合いであれば、ご奉公での気配りや慈悲の心にも気付かないままにいたことでしょう。

幸せとは自分の心の中だけで描くものではなく、人と人との間にあって初めて感得できるものなんだ、そう思う今日この頃です。

とかく人の世は、智に働けば角がたち、情に棹させば流され、意地を通せば窮屈なものです。しかし、ご法様のお力添えをいただき、ご奉公させていただくことで、世界は広がり、そのすべてが私たちの心を豊かにしてくれます。

今後も、ご奉公を通して多くのことを学び、少しでも成長していければと思っております。ありがとうございました。(M.M)

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乗泉寺宝物「竹と雀」

先日、乗泉寺にある宝物庫の整理を教務部でさせていただきました。その際、いくつかの宝物の写真を撮りましたので、その中から良い物を随時、載せていこうと思います。

宝物車1宝物車2

 

 

 

 

 

 

 

今回は、その中から開導聖人がお描きになられた「竹と雀」の絵を紹介させていただきます。

竹と雀1竹と雀2

 

 

 

 

 

 

 

 

この絵は、2m弱ほどの大きさで、描かれた年代は伝わってはおりません。写真ではお伝え仕切れないかもしれませんが、墨の濃淡を上手に使い、絵と余白のバランスが素人目に見ても絶妙に思えます。

竹と葉の線は躍動感にあふれ、まるで本物の竹がそこにあるように感じられます。近くで見るとただの線に見えるのですが、離れて見ると素晴らしい竹の絵となります。こういった全体のバランスが見事なものとなっております。

また、その竹に止まっている雀が、たらし込みの技法を使っており、今にも飛び立ちそうな感じが致します。

竹と雀3竹と雀4

 

 

 

 

 

 

 

 

開導聖人は宗教者という枠を超えて、とても芸術的才気溢れるお方でもあり、小さい頃より、書と画を学び、十歳の時、平安人物誌(当時の一流の芸術家たちを載せた名簿)の書と画の部にも名を列したことでも有名です。その才能と技術を存分に生かした絵の一つではないかと思います。

今後もこのような感じで、乗泉寺の宝物を紹介させていただきます。お楽しみに!

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朝型と夜型

手を取り合って

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受験生のある家庭や、学期毎の試験で徹夜する高校生をもつ家では、母親が、全く重労働に匹敵するほど苦労する。夜食の心配をしたり、火の仕末や戸締まりやらで、中々自分の時間が取れないらしい。


殊に、年寄りが同居している場合完全に、朝型と夜型が一軒の中に共存しなければならない。

広い住宅が東京ではなかなかのぞめないので、問題は深刻であろう。テレビなどを見て、夜遅くまで遊ぶなら話し合って改良すればいい。しかし、必要があって夜遅くなる場合、本当にその必要な宵張りを理解し、同情してやらぬと、問題はこじれる一方である。育ちざかりの子どものある場合、これも家庭内にある必要悪と認めて、割切るほかに道はないようだ。

この朝型と夜型の対立も、永久に続くものではない。特に人生のある一時期の現証と達観して、相手の立場を理解することから始めるのがよい。相手の立場が、よく解るようになれば、無理に先方を自分の方へ従わせようという気もなくなる。

一方的に、どちらかへ統一しようとすると必ず、不平や不満がおこる。従わなければ、腹が立つからだ。争いとなると、問題の焦点がそこにとどまらないで、他の問題にまで、争いが移動していく。だから、ともかく相手の立場を理解することから、更に一歩進んで尊重することが大事である。

人間は、それぞれの立場を尊重し合うようになると満足する。そこに、異質なものを認め合うようになる。となると、人間は万能ではないから異質なものを必要とするときが必ずある。その必要なときにお互いに必要なものを相互に求め合い、与え合うので、共存することができるのである。

ですから、相手の必要なものをお互いに大切に持つことが共存するための要諦であろう。

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