7月17日御総講の御法門

7月17日御総講にて、川口御導師の御法門を聴聞させていただきました。

御教歌「歌にして教へておけばいつまでも 御法門をばわすれざりけり」
御題「これは歌の徳を歌にしたる也」

歌の徳を歌にしたるとは、歌の良い所、持ち味を歌にするという意味です。

御教歌は、約3千余首あると言われていますが、開導聖人は意識的に3千余りの御教歌をお詠みになられた訳ではありません。

御教歌の他に御教句というものがあり、御教歌は、五・七・五・七・七の文字数で成り立つのに対して、御教句は、五・七・五で成り立ちます。御教句は、約二百句あると言われており、開導聖人の御教歌、御教句、それから御指南などは、後世の方々が信心を増進させたり、ご弘通の方法を示す為に残されたものでございます。

開導聖人は、御教歌をお講席の前に予め作っておられたり、その御講席の、場の雰囲気に合わせて、御教歌をお作りになられたのでございます。

御教歌の中には、矛盾しているように思えるお歌もあります。極端な言い方ですと、「ご供養をいっぱい出しなさい」という御教歌と「ご供養は程ほどにしてお講を奉修しなさい」といった御教歌もございます。開導聖人は、その人それぞれの信心前に合わせて、御教歌をお詠みになられたのです。

後世の信者の為に御教歌をお残し下されたのですから、私たち信者は、この三千余首ある御教歌を一首でも多く覚えるために御法門聴聞を心がけることが大切とお示し下された御法門でした。

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7月17日御総講の御法門” への2件のコメント

  1. ありがとうございます。
    前から気になっていたことなので、ちょっと僭越ですが、書かせていただきます。
    「御教歌は、五・七・五・七・七の文字数で成り立つのに対して、御教句は、五・七・五で成り立ちます」とありますが、これはよくあるちょっとした誤解です。
    正確には、音数で数えます。ですから、「短歌は5句31音」「俳句は3句17音」で構成されるものです。字数ではありません。
    音数の数え方は、あえて書きますと次のようです。
    長音「ー」は、それ自体で1音になります。
    コ・ー・トは3音です。
    促音「っ」も、1音です。
    せ・っ・け・んは4音です。
    拗音「チャ・チュ・チョなどの小さな文字ャ・ュ・ョ」は、手前の文字とひとくくり、ペアで1音です。
    ちょ・う・しは3音、しょ・う・ぼ・う・しゃは5音です。
    「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」の「ほ・う・りゅ・う・じ」は文字数では6文字ですが、音数では5音だからこれでいいのです(謗法っぽいたとえで恐縮です)。
    撥音「ん」も原則的には、1音と数えます。
    しかし、詳細は省きますが、「ん」「ー」は場合によっては、数えないこともあります。
    したがって、「短歌は57577音」「俳句は575音」というように理解していただいたほうがよいと思います。
    御教歌は我々の命でもあるので、関連の知識はきちんと押さえておきたいものです。
    意外とご存じではない方も多いのではないか、と思い、僭越ながら書かせていただきました。
    恐縮です。

    • コメントをいただきましてありがとうございます。
      また、御教歌や御教句についての細やかなご説明をいただきましてありがとうございました。
      短歌や俳句は日本の財産であると存じます。当然ながら、御教歌や御教句は佛立宗の教えをひもとく上でとても大事な財産でありますが、たぶん昔ほど短歌や俳句が身近なモノではなくなってきている分、細かいニュアンスが伝わりづらいことなども増えているように感じます。ご指摘をいただいたような正確な知識を乗泉寺のホームページでお伝えできたことは、佛立宗の特性を世に弘める上でもとても重要な情報であったと感謝しております。今後もよろしくお願いいたします。

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