9月17日御総講の御法門

9月17日御総講にて、川口御導師の御法門を聴聞させていただきました。

 御教歌:よろこびて 持たばたもて 法華経を うたがふならば たもつかひなし

 当宗のご信心には下記の3つの信心前があります。

 ① 初心:朝夕のお看経を欠かさない。

 ② 中心:異体同心を守る。協調性がある。

 ③ 後心:ご信心第一の生活を送る。

 御教歌の「たもつ」は「握って離さない」ということです。私達のご信心は常に揺れ動いているものですから、握って離さないことが肝心です。ご信心を握って離さないことが、ご利益の頂き方です。その為にも、ご信者はおしゃべり、お食事をしながら、互いに懈怠しない様に励まし合うことが大切です。

 ご信心をさせて頂いていると、御奉公を大変に思うことがあるもので、特に一人信心の場合ですと、懈怠におちいりやすいものです。もちろん、一人信心であってもお看経をさせていただくことはでいますが、それだと御法門を聴聞して教えの筋を学ぶことはできませんし、ご信者同士の会話で思わず笑ってしまうといったことがありません。

 やはりご信心を続けさせて頂く為には、そういった喜びも必要だと思います。お寺参詣の帰り道や、御講終了後に世間話をして楽しい時間を過ごすのも信心増進の秘訣なのではないでしょうか? (S.M.)

 

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信眼を開く

御教歌:信心の まなこひらけば この娑婆が 即寂光と みえわたるかな

 (受持即身成仏義・扇全5巻402頁)

 信心の眼が開かれてきますと、見えないものが見えてきて、今迄分からなかったことが分かってきます。功徳と罪障、つまり功徳の尊さ、罪障の恐ろしさを感得でき、善因善果、悪因悪果という鉄則を理解できるようになります。

 人を喜ばせたら自分が喜ばれる。人を泣かせたらいつかは人に泣かされる。人を敬えば人から敬われる。あたりまえのことのようですが、なかなか分かりにくいです。親の因果が子に報いる、と申します。

「天網恢々、疎にして漏らさず」という諺があります。天は大きな網を張っており、その網は恢々、いかにもあらいように見えますが、何事も決してもらすものではありません。長い目で見ますと、よい人には幸を授け、悪い人は不幸を免れません。

因果の道理は直接目に見えたり、耳に聞こえたり、匂いをかいだり、舌で味わったり、身に感じたりという五感にうったえてくるものではありません。世の中には目に見えないけれど大切なことはたくさんあります。思いやり、いつくしみ、いたわりなどは大切な心です。人の痛みの分かる人になりましょう。

お互い御同前は、どちらかと言えば、社会的地位があるわけでなく、さりとてあり余る財産もない、ただの平凡な一市民の人が多いです。ただし、他の人と違う点は上行所伝の御題目をいただいていることです。

御題目というなにものにもかえがたい、大事な宝を授かっておるので、そこに自負と自身と勇気と喜びとを持ってください。その尊い御題目を人々の心に植え付ける、いわば教化折伏に生きがいを持ちましょう。それが善根中の善根です。

下種折伏の修行、つまり本因妙の修行の中におのずから本果妙という悟りを得ることができ、その場所が本国土妙です。本因本果本国土の三妙は口唱折伏の行の中に顕現しております。因中に果あり。

信者はお寺の御宝前にお参りし、今日一日体のお計らいと共に喜んで随喜の心を以て教化折伏のご奉公ができますようにということを御祈願致しましょう。一日一回はお寺参詣、基本中の基本でして、これが大原則。

動きの中にお計らいをいただくことができます。恐ろしいのは動きが止まること。動きがにぶりますと、罪障が頭をもちあげ、功徳の道がふさがれます。

確かにこの世は娑婆世界、苦しみが多く、それに耐え忍んでゆかねばなりませんが、信心を貫き通しますと、苦しみの世界が楽しみの世界、寂光に変わってきます。このことを「娑婆即寂光」、とか「我此土安穏」(法華経寿量品・開結427頁)と仰せられております。苦しみを通してまことの喜びを味わうことができます。

高祖大士御妙判 「病によりて道心はをこり候か」

(妙心尼御返事・昭定1103頁)

病気によって健康の尊さが分かり、正しい佛の道に入ることができます。自分を苦しめた病に対し恩に感ずる。それこそ禍転じて福となすといえます。それを思いますと、病という突然、我が身にふりかかった災難が自分を良い所へ導いてくれた恩人となります。

人間は不幸を体験しないとなかなか幸福を本当に感ずる心が養われません。苦しさのなかに本当の人間の心の大切さを知ることができます。

「雖近而不見と信心の目がひらけば、我此土安穏ありありと見えわかるなり」

(受持即身成仏義・後編・扇全5巻398頁)

 

 

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秋季彼岸会のご案内

9月23日は世田谷別院、八王子別院にで各々午前11時より秋季彼岸会が開催されます。お彼岸の時期は普段お参詣をされないご家族ご信者をお寺にお連れする絶好の機会です。

また、他宗の方も御回向を意識する時期ですから、佛立宗のご信心の大切さをお話させて頂き、将引の徹底に努めましょう。

当宗では、常盆・常彼岸といって常日頃から、ご先祖のお陰を常に感じ、信心修行に励み、御塔婆を建立しご回向をしており、そういう意味で本来の彼岸への修行を純粋に守っているのですが、このお彼岸の時期には、重ねて懇ろにご回向をしております。

 私達佛立信徒は、お彼岸の時には、この命があるのもご先祖のお陰という心を強めて、より信行に励み、数多くの御塔婆をご先祖が眠るお墓や納骨堂に建立させていただくことが大切です。そして、功徳という幸せを御題目の声に乗せてご先祖にお届けさせていただきましょう。

 ちなみに、彼岸に供え物として作られる「ぼたもち」と「おはぎ」は同じもので、これらの名は、彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来すると言われるそうです。

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甘えん坊

年寄りっ子は三文甘いといわれる。目に入れても痛くない孫にたいして、きびしい躾けなど要求する方が無理な話である。

 親は子供にきびしい要求をしたい。どんな困難にも、へこたれぬたくましい生活力を身に付けてやりたい。当然、親と祖父母と、微妙な差異があるのはやむえない。

 子供は、その微妙なちがいを察知して、自然甘やかされる方へ傾斜していく。これも人情というものだろう。所詮、一人立ちしたとき、甘やかされたものと、きたえられたものとの差は歴然とあらわれる。

 横綱の胸をかりて、きたえられたものと、仲間同士の稽古とでは差があろう。お互い同志には、妥協の甘さがあって、きびしさがないからだ。しかし横綱の胸をかりても、必ずしも、いいとは限らない。

 胸をかりるという言葉にもある通り、所詮は、自分自身の工夫と研究に帰するのである。いくら横綱に教えられても、おんぶにだっこというように、一から十まで甘えていたのでは強くなれない。横綱は、相手の中から出てくるものを引き出す、産婆役にすぎないのである。

 語学の勉強も例外ではない。どんな名誉教授についても、受身で教えられている間はものにならない。積極的に、自身で意欲を起こさない限り、お嬢さん芸の域を脱しきれない。

 「心、仏、及衆生、是三無別」といわれているが、いわば、仏の胸をかりて、仏になろうというのが修行である。修行である限り、甘いものではない。

 末代の衆生を救済する仏の慈悲の広大さに、甘えすぎている傾向がありはしないか。法華経の修行は、少しはきびしいことを知ってほしい。日本人全体が、稍々、甘えん坊になりすぎている。世界のきびしい視線を知らねばならぬ。

 (乗泉寺通信48年9月号掲載)

 

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お泊まり勉強会・青年会会員の感想

流しそうめんの様子
「E.S君の感想」
8月16日、17日の両日にわたって青年会とくんげ会のお泊まり交流会が渋谷・乗泉寺で行われました。寺内を舞台に勉強会や法鼓練習、寺内見学が行われ、お寺のお風呂に入り、夕食には流しそうめんをみんなで楽しく食べていました。

 

食後には花火で盛り上がり、ゲーム大会をして1日目を終えました。2日目は開門参詣に始まり、寺内のお掃除体験をして交流会は終了。

子供たちは騒ぎながらも青年会や保護者らの見守る中、楽しく過ごしていました。くんげ会と青年会の交流の機会を作った今回、とても意義があったと個人的には感じております。この体験が今後のご奉公に生かせれば幸いです。

「R.Nさんの感想」
今回初めてくんげ会との合同お泊まり会で、少し緊張はしましたが充実した楽しい二日間を過ごすことができました。お会式で会ったことのある子とは今まで以上の交流ができ、初対面の子とも仲良くなれて、参加できてよかったと感じます。

実行委員という役割をいただいていたのですが、それらしいご奉公ができなかったことが反省点です。今回のことが、お会式や、これからお泊まり行事など、次の行事に繋げられたらと思います。

「I.M君の感想」
子どもの余りあるパワーに驚き、親御さんに尊敬した2日間でした。
最初から最後まで内容が盛りだくさんで、休みなくあっという間に終わった感じですが、暇が大嫌いな子どもたちにはそれくらいのほうがちょうどよかったようです。夏休みの思い出のひとつとして心に残ってくれればうれしいです。

私個人としても、お寺に泊まるという経験はできないことで、講務館地下にある存在も知らなかったお風呂に入ったり、普段入ることのできない教務館の中を案内していただいたりと、新鮮で貴重な体験をさせていただきました。参加できなかった青年会の皆さん、次は是非参加しましょう!

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婦人会大会のご案内

来る、9月15日(月・祝)渋谷乗泉寺において婦人会大会を開催いたします。
本年は、落語家の林家染二師匠をお招きして「お寺で落語」をテーマに明るく楽しいお話を聞かせていただきます。

新しい婦人会会員や下種先の方、お子さんやお孫さん等をお誘いして御参詣させていただきましょう。詳細は下記ポスターをご覧下さい。

婦人会大会ポスター

 

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9月1日御総講の御法門

9月1日の御総講にて、川口御導師の御法門を聴聞させていただきました。

御教歌 ひとつより なきいのち也 今度は みのりの為にもとひたらなん

命を大切にしなさいとお示しの御教歌です

人間は誰でも、三種類の年齢があります

生活年齢    人は毎日、年齢を重ねます。男性の平均寿命は80才、女性は85才だと言われております。

生理年齢   人の健康は、人それぞれです。年を取っても若々しい方も居れば、歳が若いのに身体が衰えてくる方もいます

精神年齢   人は歳を重ねるごとに、心を育てることができます。子供のころは自己中心的ですが、大人になると、他人の気持ちが分かってきて、気を使うようになります。

私達佛立信者は、この三つの年齢を常に大切に考えることが大切です。70才、80才、90才になっても、御法様の為に元気で御題目口唱、信行御奉公させていただけるように、自分の命は大切にしなさいとお示しの御教歌どございます。

私自身、まだ若いからといって安心してられないと思いました。これからも自分の身体を大切にし、日々精進させていただきたいと思います

 

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9月に入りました

8月後半より涼しい日が増えて参りましたが、暑さ寒さも彼岸までと申しますように、まだまだ暑い日が続く模様です。日毎に朝晩の寒暖の差が激しくなって参りますので、体調に十分ご留意され、毎日の生活そして信心修行に励みましょう!

今月の12日は、お祖師様が龍ノ口において、光物の現証を顕し御法の真実とお守りを証明され、多くの人々をお教化された記念の日です。私達も現証御利益を感得し、その喜びで人々を感化できるように、まずは龍ノ口記念口唱会(12日9:30から)に参加いたしましょう。

また、9月は秋のお彼岸月です。先祖のご回向の大事をお互い信者だけでなく、世間一般の方にもお伝えさせて頂きましょう。当宗では、お彼岸も大事でありますが、常盆常彼岸と申しまして、毎日の御題目口唱によるご回向の大事を教えられております。

日頃からの信心修行によるご回向の大事、そこで頂く功徳の有り難さを感得させて頂きましょう。

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