11月25日お総講の御法門

乗泉寺川口日智上人の御法門を拝聴させていただいたことをご紹介させていただきます。尚、内容につきましては私自身の主観も入っておりますのでご了承下さい。

 御教歌:口唱ほど 不思議に妙な 行はなし 其身はまめに 心かしこに

 長い年月をかけても御題目口唱の味を知ることが大切とお示しの御教歌です。下の句の「まめ」とは「体が丈夫」という意味で、「心かしこに」とは、「仏の智慧を頂く」という意味です。具体的には、自分の行いが功徳になることと、罪障になることの見極めができるということになります。

 また、お看経の際には下記の点に注意しなくてはなりません。

① 姿勢を正す(お腹を前に出す)
② 御題目を周囲に合わせる
③ 御題目をはっきりとお唱えする

(所感)
物質志向の強い現代ですが、必死に働いて得た財産・権力は今生限りのもので、死後の世界へ持っていくことが出来ません。その一方、財産・権力とは違い、功徳は永遠に自分の物になると教わりますから、私達佛立信者は功徳を積むことを第一優先に考えなくてはいけません。

日頃からご宝前へ近づくように心がけて、積極的に功徳を積ませていただけば、お計らいで楽しく充実した人生を送ることができますから、お寺参詣・御講参詣で御法門をしっかりと聴聞させて頂き、功徳の積み方を学ばせて頂くことが大切である、ということを学ばせていただきました。(S.M)

 

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好きこそ

「人のいふすきこそ物の上手なれ きらひな道は足もすすまず」と御教歌にありますが、好きで好きでたまらぬという愛情が、する仕事を、自然一生懸命にさせ、上達させるのです。

それが逆に嫌いなことは、得だとわかっていても手を出しません。ふだん、損得の勘定ばかりで働いているかに見える人も、実際は好き嫌いの感情に左右される場合が多いのです。日

蓮聖人や御門下のごとく、名聞利養を超越して妙法の布教に愛情が持てたならすばらしいナと思います。品物でも好きなものは大切にしますし、本当に好きならその品物に関する情報などを聞いたり読んだりすると、それをドンドン吸収して、その知識がますます深く広くなります。

ころが嫌いなものに対しては、鼻もひっかけません。ですから進んで研究もしませんし、それを大事に守る苦心も払いません。裏側の裏側まで知り尽くす努力はむろん、美点を生かす工夫も、欠点を補う方法にも手をつけませんから、ほとんど無知に等しい状態となります。

日蓮聖人は、

「妻の夫を愛むが如く、夫の妻に命をすつるが如く、親の子を捨てざるが如く、子の母をはなれざるが如し」

と、信心の底にほ愛情が必要だと説かれたものですが、愛情の欠けた信仰は、絵にかいた餅です。

「一心に仏を見たてまつらんと欲して、自ら身命を惜しまざれ」

の御経文も、一心に仏のみ心そのご修行ぶりのすべてを知りたいとの愛情で信心に打ち込めという意味で、通り一遍の信心では仏の慈愛もお力も知るよしなしです。

ですから、好きこそ物の上手なれ式の信心に突入できたら、ご奉公ぶりも上達し、真剣に弘通の道を考え、どういうやり方がご本意にかなうか虚か実かの分別もつくようになります。

現在熱がこもっているらしく見えても、可否の判断がよくできない程度の力の入れようでは、ときには、心ある人の物笑いの種になったり自分でもフタをあけたらカラッポなのに気がついて、しまったと思う結果が出るかもしれません。

しかし、その程度の因果応報の判断なら、だれでも少々気を入れればできますが、信心のまことの功徳の有無の判断ほ「今生の影が未来へうつるなり」という未来かけての因果関係を標準にしたものですから、スケールが大きく、未熟な信心では考え及ばぬ境界で、たいへん理解がむずかしいのです。

強盛な信心、深い愛情のこもったご奉公で声なき声を聞き、形なき形を見る心が大切で好きこそものの上手なれを積み重ねて、仏心のいただき方が上達しないとだめなのです。

そして弘通の将来の見通しに立脚して、現在のやり方を真剣に反省するほどの御法に対する愛情の心がないと、急テンポの現代に適応する教化の道は開拓されません。好きで好きでたまらぬという愛情から、見えないことが見えてきて、其の功徳の道がわかることを一言したしだいです。

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11月13日お総講の御法門

乗泉寺川口日智上人の御法門を拝聴させていただき、内容についてメモを取りましたので、紹介させていただきます。尚、内容につきましては、私自身の主観も入っておりますので、ご了承下さい。

御教歌に:思ふ事 口にいはせる こころこそ うべことの葉の たねにしありけれ

  人の心とは言葉に現れて出てくるものです。思っていることが口から出てきて、言葉によって生活が変わることもございます。

お互いご信者は、心の中でしっかりと人助けの思いを持ち、その思いを言葉によって周りの人に伝えることが大切です、

そのためには日頃から心の中を鍛えると同時に、言葉使いにも気を配ることが大切です。

(所感)

私達ご信者は、軽口無駄口などを慎み、丁寧で親切な言葉使いに気を配ることが大事なことだと感じました。そして、真剣に御弘通の思いを持って、その思いを思い切って口に出すことが大事なことだと思いました。

そのためには、やはり日頃の御題目口唱に励ませていただき、心の中を良い状態にしていただかなくてはならないと思いました(k.t) 

 

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創造ということ

ご弘通の方針をたてるときに、その立案の責任者は、いろいろと苦心をいたします。どういう方法が、よりよい成果をあげうるか、妙策はないものかと、度々、会議を召集して、みんなの意見をきくようになります。

最近は、その問題とは、全くかかわりのない外部の方々に、自由な立場から考えてもらう、シンクタンク制(考える集団)をとりいれる会社や、研究機関が増えてきているようです。

はげしい競争に生きぬくためには、一歩でも、他社より進んだ新しい方針を、打ちだそうと真剣に取り組んでいるわけです。弘通の問題もまた、同様に、シンクタンク制を採取して、思い切って、新しい方法、創造的な方法を発見しようと、当局の人も、考えていられる。

物質科学の進展によって新しい物質が創造されることは、相当、各方面で試みられているが、人間の生存をおびやかすようなものは、いくら創造されても意味がありませんから、やがて、その方向は異質なものを承認しないという人類の英知によって自然淘汰されるでしょう。

ここで問題にしたいのは精神的な面の創造は、果たしてありうるだろうかということです。創造的なこと、あたらしいことだと、自己満足する前に、先輩の行積をよく研究すると、どこかに、先輩のあゆんだ道の中にヒントがある場合が多いのです。

殊に、万法具足の大法であります。その妙法の中に、時代に即応した弘通方針も内包されているのです。信は道の源ともいわれるのですから、妙法の中に弘通の道、ありとするなら、信こそ、創造の鍵ともいえるのではあるまいか。

(乗泉寺通信48年2月号掲載)

 

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高祖会の様子

11月8日・9日は乗泉寺において秋の御会式の高祖会が合計8座奉修されました。2日目の朝は少し雨が降りましたが、ほどなく止み、総じて良い天気に恵まれました。 

今回も班長大会・信寿会参詣強調の座・青年の一座などが奉修され、それぞれ多くのお参詣、御奉公をいただきました。 

一週間前より寺内清掃、テントやテーブル等の設置も行われました。寒くなってきた気候の中、沢山の方々に御奉公いただきました。 そして教区、部内でも将引が行われ無事にお会式日を迎えることが出来ました。

 当日の早朝より各部署の準備・受付の御奉公をされた方々、参詣統計や信行相談、他寺院の案内、本堂での拍子木の御奉公、席上案内、エレベーター係、ご供養係、各部署での接待係、お供水係、救護係、境内やトイレ掃除係、霊堂係、シャトルバスの誘導や車の交通整理をされた方々。

 にこにこパークやベビールームで御奉公された青年会やあゆみ会の皆さん、元気な挨拶でお参詣者を出迎えてくれたスカウト会の皆さん等々、多くの御奉公者が教講一体となって無事に開導会が奉修させていただくことができました。ありがとうございます。

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高祖会の体験談

11月9日(日)第3座11:30~の座に於いて、発表いただきました体験談を掲載させていただきます。

今日はホメルというお話をさせていただきます。私宅は主人が40歳で家を出て、70歳で帰宅する迄の30年、御法様にお守りをいただき、2人の子を私が育てましたが、何をするのも、何か物を頼むのも、先ずあなたは良い子だからこれをしてねとか、ホメルことを先にお嫁に出す迄続けました。

私は2歳で転んでケガをしてメクラになり、4歳で寒参詣中に御宝前の御導師のおひざの上で眼があく迄、毎朝父にオンブされて、林木町のお寺にお参詣して耳から憶えた如説修行抄等分からないながらお唱えし、ご褒美に眼を開けていただいたと思っております。

此の頃は世の中が変わったのか、人嫌いになっていらっしゃる方が多い様に思います。こちらが好意を持って接すると、顔の一部とかお人柄とか、どこか良い所が分かるものです。そんな時は心からホメテあげて下さい。こちらが変な顔とか、嫌な人だとか思うと相手に通じてしまいます。

私は4歳で眼が開いたのを見て安心したのか、母が死んで、後に後妻が来て一度もホメられた事がなく、淋しい思いで育ちましたが、89歳の現在、人の喜びも痛みも分かる様になり今では感謝しておりますが、当乗泉寺の御住職様は本当にホメ上手な方で、御信心の事で少し落ち込んでいても、又御奉公に人のお世話にやる気を出させていただいています。

どんなに嫌な人だと思っても、良い所を見つけてホメて下さい。きっと仲良くなれると思います。ホメ上手になって下さい。心からホメて下さい。ありがたい事に佛立信者として御法様に守っていただき、良い御信者とお友達になり、最後迄皆仲良く毎日を大切に感謝して、人の和を心掛けると素直正直になれると存じます。ありがとうございます。(E.Y.)

 

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高祖会の体験談

11月8日(土)第4座13:00~の座に於いて、発表いただきました体験談を掲載させていただきます。

今年度初めての教化成就、体験談の話をさせていただきます。10数年前、当時大学生だったAさんと出会ったのは、職場の事務所でした。Aさんは大学在学中に将来の専門性を高めるために就業体験、インターシップ制度で、職場を見学にきたそうです。

その後、Aさんは就職をし、働きながら市民活動に力を注ぐ意欲に私は賛同し、協力をした結果、私を兄のように慕ってくれました。Aさんは会社での立場も上がり、多忙な日々が続くようになり、数年、年賀状のやり取りの関係になりました。

そんなある日、Aさんから結婚式の案内状、喜んで夫婦で出席させていただきました。ご主人とは初めて会いましたが、心暖かいやさしい人柄の方でした。私の家内とも仲良くなり、Aさんとは時々連絡を続けていました。

Aさんはお母さんを早くに亡くしたこともあり、家内をお母さんのように慕ってくれていました。その後、赤ちゃんが出来た知らせもあり、ゆっくり昼食でもしようということになり、Aさん夫婦から豪徳寺に用があるとのことだったので、豪徳寺駅で待ち合わせの約束をしました。

約束の日、食事をしながら豪徳寺の用事を聞くと、臨月が近づいているのでご主人の母方おばあちゃんへのお墓参りとのこと、「豪徳寺にお墓があるの?」と聞くと、「世田谷線の踏切を渡って右側のお寺!」と、乗泉寺世田谷別院でした。

うちのお墓も同じ場所と話すと、お互いに驚きと大笑い・・・。その時私はこの結縁を生かすため、是非お教化しなければと思いました。話を詳しく聞くと、母方がご信者で、小さい頃おばあさんに連れられ、お参詣したとのことで、ご主人の心温かい人柄が理解できました。

ご主人にご信者さんなのかと問うと、違うとのこと。「今後、生まれてくる子供を守る為にも、是非入信した方がいい。おばあさんも守ってくれるから・・・」とお勧めしました。私達夫婦が本当にAさん夫婦、生まれてくる赤ちゃんの幸せを願う思いが伝わったのか、ご主人、Aさんが即「是非入信させてください」と言っていただきました。

10数年前の偶然の出会いから御教化まで、ただ偶然の連続とは決して思えない、御法様からの起こりべくして起こった現証の現れ、必然の事として守らなければならない家族、結縁・・・、御教化の華が咲いたのだと感じております。

これからは、この咲くべくして咲いた御教化の華が枯れないよう、教化親として育成御奉公に励ませていただきたいと思います。ありがとうございます。(K.T)

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11月1日お総講の御法門

乗泉寺川口日智上人の御法門を拝聴させていただき、内容についてメモを取りましたので、紹介させていただきます。尚、内容につきましては、私自身の主観も入っておりますので、ご了承下さい。

御教歌:わすれぬを たもつといへば 法花経の かたきを責よ おのが心の

人は年を取れば忘れる事が多くなります。どこに物を置いたのか忘れてしまい、辺りを探し回ります。しかし、必ずしも忘れるという事はマイナス面ばかりではありません。嫌な思い出は時間が経てば忘れる事が出来ます。嫌な思い出を一生引きずっていたら大変です。

佛立宗では、ご信者同士のお金の貸し借りを禁じています。何故なら、お金の貸し借りはご信心に傷を付ける事になるからです。お金を貸した方は覚えていますが、借りた方は忘れる事があるからです。結果的に大きな問題が起こってしまいます。

しかし、ご信心は忘れずに持たなければいけません。「持つ(たもつ)」というのは握って離さない事です。つまり、懈怠なく日々ご信心に気張らせて頂くという事です。

(所感)
色々仕事やご奉公がありますと、どうしても忘れてしまう事もあります。そして、自分自身を責める訳ですが、どうしても私達は物事のマイナス面だけを見る傾向にある様です。

この原因を考えますと、やはり日頃 愚痴・悪口が多いからではないでしょうか?上司や友達の悪口を言い過ぎていないでしょうか?確かに愚痴・悪口をなくす事は出来ないでしょう。しかし、少しでも減らす努力をする事は出来ます。そうする事により今回の御法門の様に物事のプラス面を見出す習慣がつくはずです。(S.M.)

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11月に入りました

御尊像11月に入りました。今月は、秋のお会式高祖会が8日(土)、9日(日)に奉修されます。今年最後のお会式です。皆さんのお参詣をお待ちしております。

また11月は、お祖師様御尊像のお綿かけをさせていただく月です。乗泉寺本堂の御尊像は、10月31日に教務部総出でさせていただきました。御尊像を護持されている方は、寒さが厳しくなる前にお綿をかけさせていただきましょう。

 

私たち本門佛立宗は、お給仕を大切にいたします。自宅に御本尊、御尊像をおまつりし、御戒壇(一般に言うところの御仏壇)を毎日きれいにお清め(お掃除)させていただく。このお給仕を毎日欠かさずさせていただくことで、自分自身の信心を磨いていくのです。

さらに、自宅の御本尊に向かって毎日怠りなく御題目をお唱えさせていただいて、信心を鍛えるのでございます。信心というと、心の中で祈れば良いものだと思われている方もおられるかとおもいますが、信心を姿形で表すというのが佛立信心なのであります。

どうぞ、お給仕、口唱、お寺参詣にお励みいただき、そこで頂戴する御利益をもって、さらなる信心増進に努めていきましょう。

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