門祖会のご案内

春のお会式・門祖会が、4月11日(土)、12日(日)の両日にわたり、合計8座奉修されます。お会式の各座時間帯は、乗泉寺通信3頁の各座一覧表、又は参詣券(裏)をよく見て参詣計画をしっかりたてましょう。

①11日(土)第2座(10時)は、沼津・聞法寺御高職・窪田日求上人御奉修のもと「班長大会」を開催いたします。

②11日(土)第3座(11時半)は、八王子・清流寺御高職・長谷川日堯導師御奉修のもと「信寿会参詣強調の座」を開催いたします。

③12日(日)第2座(10時)は、川越・実在寺御高職・新井日現導師のもと御奉修いたします。

④12日(日)第3座(11時半)は、豊橋・豊晨寺御高職・澤田日松導師御奉修のもと「新小学1年生入学お祝い式」を開催いたします。

⑤12日(日)第4座(13時)は、当山執事長・相馬日育導師御奉修のもと「青年の一座」と「新中学1年生入学お祝い式」を開催いたします。

 部内班内の将引を徹底して全戸参詣、家族総参詣達成を目指すとともに、日頃ご信心をおすすめしている友人、知人をお誘いして、ご信心の有難さをお伝えさせて頂きましょう。

Share on Facebook

3月17日お総講御法門

乗泉寺川口日智上人の御法門を拝聴させていただいたことをご紹介させていただきます。尚、内容につきましては私自身の主観も入っておりますのでご了承下さい。

御教歌:信力の 提灯もたば よの中の 一寸先の 闇はなきなり

信心の提灯に火を点けるというのはどういうことか?それは、①御題目口唱、②お寺・御講参詣、③お教化 に励ませて頂くということです。

 私達の人生は、“上り坂、下り坂、まさか”の連続です。少しの油断で、ひどい目にあうこともあります。ですから、今日が残された人生の最初の日と思いつつ、慎重に大切に毎日を過ごさなくてはなりません。

 (所感)

 世の中は一寸先は闇で、何が起きるか分からないからこそ、その闇を照らすご信心が必要になります。「治に居て乱を忘れず」と諺にありますように、今は順調でも今後何が起こってくるか分かりませんから、やはり常にご信心に励ませて頂く姿勢が大切です。「困った時の神頼み」では、いざという時にお計らいが頂けません。その時になって“しまった”と慌ててもどうにもなりません。

 毎日が信心修行です。一人信心では、なかなかお看経を続けるのが難しくなりますから、一日一回はお寺に足を運び、他のご信者の皆さんと励まし合いながらご信心をさせて頂けば、仲の良い友達もできて、毎日楽しくご信心をさせて頂けるようになるはずです。(S.M)

Share on Facebook

御奉公日記

日記①

 「そこのご主人が心配性で勤め先で一寸した事があったのを気にして、昨年暮から勤めに行こうとせず休んでいる」と言う。途端に収入の道をふさがれてしまい、止むなく奥さんが近所へアルバイトに行ってはいるが、「借金もあって生計が苦しい」と嘆いていると言う人がいたので、いろいろと立ち入った話をしてみた。家庭内はあまりにも複雑だ。

 しかし「仏法は身体なり、世法は影なり。身体曲がれば、影ななめなり」とのお教えもあるのだから、先づ日頃の信心から改良させようと、朝夕のお看経をどんなに忙しくてもキチンと頂くように、その口唱も、心が御宝前から離れていたり、身勝手なお願いだったらお計らいがない。お教化が出来ますようにと、ご弘通一筋に真剣に唱えなさいと折伏した。

 日記②

 一週間後、先日の奥さんに逢ったので、教えた通りしっかりやってますかと聞いたら、言われた通りの心掛けで口唱に気張らせて頂いたら、お陰様で主人が何も言わないのに働きに行きだし、またアルバイト先では一年越しの給料まで貰えるようになった。

その上、子供が素直に信心するようになったので、お教化にいってもお折伏がどんどん出来るようになったり、次から次へと素晴らしい事が起きて来て、全く不思議です。嬉しくなりました。生活に自信が沸いて来ました、と喜んでいる。

 やはり、教えに叶ったお折伏はどんどんしなくてはならないとつくづく感じた。「折伏は慈悲の最極」というみ教えが少し分かったようだ。

 (乗泉寺通信昭和44年4月号掲載)

 

Share on Facebook

自他の喜び

菩薩行とは、彼も喜び、我も喜ぶ自他の恭悦を目標とする修行です。自己の立場や利益ばかりにとらわれて、他の喜びに心を配れぬ人は、信心上は未熟者です。

 「自分の顔はこれ以上朗らかにはできない、ほっておいてくれたまえ」と周囲の人を不愉快にして平気でいる損な性分の人があります。「感謝の心を表明する」ことが、他に喜びを与える一つの要素ですが、「ありがとう」と怒ったような顔でいったのでは、相手は喜ばないでしょう。

ですから、他に喜びを与える修行ともなれば、顔かたちにも配慮がいります。また、聞く方もよい聞き手になることが喜びを与える道です。話の腰を折ったり、冷笑したり、ムッツリして聞いていたのでは、話し手はくさってしまいます。

日蓮聖人は親に対する日常の心得として「せめて、することなくば、日に三たび笑へとなり」といわれて、笑顔でも孝行せよと教示くださいました。喜びを与える修行は、こういう配慮から始まります。

 そこで、折伏の場合はどうなるか、「諌言耳に逆う」道理だから、にくまるるほどに折伏するのがよいのだとの考え方でいいでしょうか。それは、確かに折伏の一つの心構えとしては大事なことですが、いつでも怨嫉を激発するようなのがいいとは限りません。やはり、喜んで信伏させる努力が大事です。

したがって恩にきせたり、権勢づくだったり、おどしをきかせたりして、嫌気を起こさせるようなのは下の下と申さねばなりません。礼儀を心得、やさしい顔つきで、いたずらに反感を起こさせない心遣いが必要です。そして一日も早く御利益を感得させて、信心のありがたさをわからせねばなりません。

 もし目的とする御利益がある程度の苦しみを経なければ到達できない時は、ただちに喜びを与える訳にはまいりませんが、明日の幸せを得るためには、今日の苦痛に堪えねばならぬと、ねんごろに説けば了解できるはずですから、そういうときは希望をもたせ、苦痛に対処するよう力づけることが大事です。

 だいたい、幸福を与えて喜んでもらうということは、実際的には、金銭的に例をとれば、金銭を直接与えることではなく、金儲けの方法を教える場合が多いのです。ですから、ご奉公の経験を持ち、世間の苦労をした人ならば、菩薩心がありさえすれば、貧乏でも喜びを与えるご奉公は可能なのです。信行実践や御利益談を聞いたとき、スグ、他に伝えても喜びを与えられます。

教化育成も、要はどうしたら喜びを与えられるかという点がポイントで、その点を、土台に置いて努めれば成功疑いなしです。自分の努力で喜びが与えられれば、だれだって自分も嬉しくなります。喜びを与える苦労をすれば、自分に喜びを得る道も考えつきます。ですから、私どもは常に喜びを与えることに気張るべきです。

Share on Facebook

今年こそ

御教歌:あらためて ことしこそはと おもふらめ やすまずあゆめ 信行の道

(てこのかたま・扇全15巻141頁)

 新しい気持ちをいだいて、精一杯心をこめて御奉公にはげみましょう。たえず、これからどうするかという問題意識を楽しんで、前進また前進させていただくこと。人生は決して穏やかな日々ばかりではなく、波風の激しい時もありますけれど、それを乗り越えてゆく所に生きがいを感得することができます。

コップに水が半分入っていた時、“あと半分しかない”というのと、“まだ半分ある”というのとでは考え方が異なります。“しか”と“まだ”との相違ですが、“しか”というのはなかば諦め気分、それに対して“まだ”というのには積極的な前向きな意欲が感じられます。私達は年齢を重ねても、つねに空老から実老へ、苦老から楽老へと変えてゆかねばなりません。

 お互い御同前は、周囲を明るく灯し続けつゝ、自分の身をちぢめてゆく、いわばローソクの火に譬えられます。特に「陽に説け」と教えられておりますので、陰気で暗いというより、陽気で明るいということが肝心です。それには、口唱と御法門聴聞とかたり好きの三好きの御奉公に励んでください。

 ① まず、口唱が肝心。当宗は口唱の味を身で体得することです。朝夕勤行怠らず、特に朝の御看経を重視しましょう。朝参詣に励むこと。特に一日に一回はお寺の御宝前にお参りすることです。お寺での口唱は弘通が基本です。一年に一戸の教化が授かりますようにと、お祖師様のお袖におすがりするという思いのこもった口唱に励んでください。

自分の頭の上のはえはお祖師様に払っていただくことです。そうすればおのずから罪障消滅の御計らいがいただけます。お寺は弘通の道場ですから法を弘めるという下種折伏が口唱の根本にならなければなりません。

 ② 御法門聴聞に心がけましょう。善聴参詣で聞き上手になって、自分自身の身にあてはめて、信心の洗い直し見直しをし、信心の垢をおとし、信心の改良につとめましょう。

 ③ かたり好き。良い話を人に話すこと。御利益談を喜んで伝えること。これが信者の大事な御奉公です。信者が集まったら、信心の尊さ、御利益の喜びを話し合ってください。得てして「好事門を出でず。悪事千里を走る」と申して、根も葉もない噂話だけが一人歩きして、人から人に伝わりやすいですから気をつけましょう。

  「只、御題目の唱へずき、御法門のききずきになりて、御利生を人にもかたりずきになって、今度の一生は日蓮大士の御弟子旦那の御奉公をたのしみに、しとげ給え。」

(安楽教導抄・扇全5巻45頁)

 

Share on Facebook

御奉公日記

日記①

 「信者と名がつく家には、例え一軒でもコツコツ助行に廻って、その家に当てはまった適切な折伏をし、信心の仕方を親切に教えてあげる。こういう地道な御奉公が本当に功徳になる」と、ひろめ会に立ち寄った時耳にしたので、一日一軒でもと思い助行に出かけた。ある家で「2才の女の子がぼうこうの病気で絶えず苦痛を訴えるので、医者通いをしているが」という。信者として当然の朝夕のお看経すらさっぱりあがっていない事を聞いたので「新しい信者で、御尊体までまつってありながら、御本尊様が栄養失調で、あなたの家を守ってあげたくても元気が出ないんですよ」と、お看経の大事な事をすすめた。二・三日後、心配だったので再びお助行にいったら、何日医者通いしてもさっぱり効果がなかったのに、朝晩十分位の口唱で苦痛がなくなるなんてと言い、不思議な顔をしていた。

 日記②

 教化子の畳屋さんが、店付きの家をもちたいと思いながらも、持主が誰かにそそのかされたのか、やっと九分どおり話がついた好条件の家を急に売らないとつっぱねられて、ベソをかきながら愚痴を言って来たので「あなたは入信していたけれど、本心から信心する気がなかった。今から改良して御題目を例え三遍でも唱える気になりなさい」と折伏した。すると、翌日ニコニコ顔で「昨晩先方から電話が来て、是非買ってくれと、鬼が仏になった様な話にうれしくなって、報告に来た」という。お講も今月からたてたいという。適切な折伏は大切と痛感した。

 (乗泉寺通信昭和44年5月号掲載)

Share on Facebook

3月に入りました

3月に入りました。

暑さ寒さも彼岸までと申しますように、お彼岸に向かって少しずつ温かい日が増えて来たように思います。しかしながら、三寒四温とも申しますように、温かい日もあれば寒い日もありますので、体調には十分気をつけて、日常信行に励みましょう。

さて、3月10日は東京大空襲から70年目の節目の日です。10万人の死者が出たとも言われる大空襲は、乗泉寺ご信者の中にも、大勢の方が体験をされております。

乗泉寺の御導師も、昭和20年3月10日の大空襲を経験されたお一人で、田端佛立寺にお住まいであった御導師の御一家は、田端と上中里間にある貨物列車用のトンネルに避難をされ、命からがら空襲を逃れたとのことです。

そして、「二度とあのようなことが起きなければ良い」と言われておりました。

大勢の方が命を落とされた大空襲、70年を迎える節目の年に当たる本年は、3月10日に本堂でお焼香ができるよう準備をさせていただきます。

現在、東京近郊に住まわせていただいております私達も、空襲で犠牲になられた方々のために、ご回向の思いを強く持って、お参詣お焼香をさせていただきましょう。

Share on Facebook