御奉公日記

先日、田舎の教化子の処へ行ったらこんな話しを聞かせてくれた。娘の婿が、新御本尊を奉安のままふく面もせず、左手にヒョイと抱えて二階の柱へぶらさげたらその途端左腕が激痛と共に動かなくなってしまった。

 たまたまそこへ私が選びに行ったので良かったのだが、娘は夫の腕をさすりながらただオロオロするばかり。どうしたんだと聞いてみると、「下がせまくなったから二階へ移したのだ」と言う。「それは罰があたったのだから、直ぐにお看経しなさい。お供水をつけなさい」と言うと、婿が本気にせず照れくさがっている。

 それでも無理につけさせたら、いくらか良くなったらしく「俺はこれから静岡まで荷物を運ばなくちゃならないんだ」と、痛さを我慢しながら車で出掛けて行ったので、娘と二人でおわびのお看経を一生懸命させていただいたところ、一時間ほどして長距離電話があり「途中までくると、急に腕の痛みがとれてすっかり元通りになったから、安心してくれ」と言う。

 「それは今、お詫びのお看経をしたから御利益をいただいたんだ。これからはちゃんとお給仕しないとだめだぞ」と言った。それからは、娘が御宝前のお掃除はする、婿は朝夕よく手を合わせて御題目を口唱するの改良ぶりで、商売も順調で大変喜んでいるようだ。

そして、教化子は「あなたが信心の仕方をいろいろ教えてくれたお陰で、娘夫婦が信心を覚えるキッカケが出来たんだ」と私にお礼を言った。

 (昭和44年7月発行)

 

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